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クップルングの盗賊  作者: 楠木あいら
情報屋の修行
5/12

陽光と海


「かしらー」

 盗賊のアジト2階。

 とんとんと音をたてて上がってきたのは、クップルングの七不思議とも言われている『謎の三兄弟』の次男、長


身の男、細虫だった。

「れ?頭は?」

 2階には盗賊団のトップの少女が日向ぼっことして使っている、お気に二入りの椅子があったが、そこにはち


いさな人形しかいなかった。

 いや、着せ変え人形みたいにちいさな長男、丸虫だった。

「さあ?ま、大方、助針さんの所だろう」

「そう」

 細虫はくるりと回り、小さな兄に背を向けた。

「細虫、邪魔するなよ」

「邪魔?…兄さん。どういうことだよ」

「その理由、私も聞きたいわね」

 2階の窓から声と共に現れた猫…みたいな少女は、ここの女ボス紫羅であった。

「そういうことだよ。

 それより細虫。頭に用事あってきたんだろう」

 丸虫は透き通った薄い羽をぱたつかせると細虫の方に移動し、椅子を明け渡した。

「うちに届いたんだけど」

「手紙?でも、助針宛じゃない」

「頭に伝えておこうと思って」

「おはようございます~」

 都合のよいところで、階段を上がる物音のあとから、のんびりとした声が聞こえた。

「ひどいですよ~紫羅さん。途中で屋根に飛び乗るなんて。私、危うく、迷子になるところだったんですよ」

「ほう。仲良く出勤か」

「何よ、丸虫。この温室金魚をひっぱってこないと、昼まで寝ているし、スリにあって誘拐されちゃうじゃないのよ


「失礼なこと言わないでください。第一、お湯で金魚が住めるわけないじゃないですか」

 … … …

「…高級金魚鉢に住んでいた、お魚さん、お手紙が届いてるわよ」

「手紙?父さんからだ」

 助針は蝋で止めた封を開けて、中の文書を取り出した。

「ねえ、兄さん…」

「あれは、ろうそくをとかし、印鑑となる紋章やその者の証となる印を押して冷やしたものだ。蝋で止めた書は誰


も封を開けていないと言う証拠になる」

「ふうん。さすがは兄さん」

「ところで頭。助針さんを高級や温室なのはわかるが、なんで金魚なんだ?」

「助針って、魚系の一族なんだってさ」

「…って事は、助針の前で魚料理は食べられないし、魚の手料理はタブーだって事だ、頭よ」

「…なんで、私にふるわけ?」

「父さんは、今回のレポートに満足してくれたようです」

 3人の会話を来ていなかったらしく、手紙を読み終えた助針は、会話の感想をのべることなく、手紙の内容を


簡単に説明した。

 さんざんな目に巻き込まれているもの、ちゃんとレポートを書いて、しかも送っていたらしい。

「情報屋の修業ね」

「で、今度は…」

「今度はって…助針。クップルングはもう、用無しってこと?」

「用が無しなんて、とんでもない。大変、お世話になりましたよ」

「そう」

 紫羅は、自分の顔をおもしろそうに見つめる丸虫に気づき、つんとすましてから、助針を見上げた。

「まあ、頑張ってらっしゃい。でも、いーい、助針。親切に声をかけてくれる人についてっちゃだめよ。例え、お菓


子をくれてもね」

「子供じゃないんですから」

「どうだか。世の中、良い人ばかりじゃないんだからね。じゃ」

 紫羅は男たちから背を向けると、窓から退出した。


「猫が魚を逃すとは、なぁ」

 アジトの屋根にいる猫は、近づいてきた丸虫に一瞥した。

「あのねぇ、丸虫。ただ一度助けられただけで、恋に落ちる女じゃないよ。私は」 

「鏡を見たらどうだ、紫羅。顔が悲しそうになっているぞ」

 部下であり、親友でもある丸虫は『頭』と『紫羅』。名前を区別して呼んでくれている。

「丸虫の目が、そう見えてるだけよ」

「サクリファイスのお姫様の一途さを見習って素直にならどうだ?」

 丸虫は羽根をはず動かして、紫羅の拳から逃れた。


「……ったく」

 丸虫の姿はなく、紫羅は屋根の上で昼寝を続行するものの、寝返りをうつばかりで、まぶだか重くなる気配な


かった。

「……………」

 紫羅は屋根の端まで進むと、くるりと一回転して下にある窓、部屋の中へ入り込んだ。

「わっ」

 とたん、誰かがが声をあげ、あわてて避ける姿が目に入った。

「あれ、細虫」

「危ないじゃないですか、ぶつかったらどうするんですか」

「ぶつかる所にいるほうが悪いのよ」

「…機嫌が悪いですねぇ、頭」

「そういう細虫は嬉しそうね」

 紫羅はふうとため息をつき、椅子にどっかりと座った。

 屋内は、日を大量に浴びることはできないものの、心地よい海の風が紺色の髪をなびかせた。

 細虫の声がなければ、そのまま、昼寝を始めたかもしれない。

「頭は、どう思ってるの?助針さんのこと」

 ぴきっと青筋が浮かび上がった。

「細虫、あ~んたまで」

「あ、いや。俺は兄さんと違って、素直に聞いてみただけだよ」

 『何が、違うんだか』と思いながらも、紫羅は素直に答えた。

「あまりにも情けなくて、目が話せないだけよ。何にでも興味を持つ始めた子供と同じで」

「他は?」

「ないわよ。それだけよ。まったく」

 再度ため息をつき、こめかみに手を当てている紫羅は、細虫が見せる表情の変化に気づくことはなかった。。

「………」

 助針…あいつは…

 ほうってはおけない。あまりにも弱々しいから。

 何もかも無防備すぎて、見ていられない。

 なのに…

「…かしら……」

「…え?あ、悪い細虫。ちょっと、出かけてくるね」

 紫羅は、窓から外へ飛び出していった。


「…そりゃ、前回は、少し…見直したわよ」

 真顔になって独り言を言えるのは、人通りの少ない路地の奥を歩いてるからだろう。

『紫羅さんのために、戦います』

 体を震わせながらも、武器を向けていた助針の姿。

「…どうしてくれるのよ…余計な」

 紫羅は慌てて口を閉ざした。

 女と頭の勘が働いてくれたおかげで、気づかれることはなかった。

「…向こうの方に歩いていったのは」

「間違いないだろうな」

「ああ。隙のない動きをする美少女は、そう滅多にいるものじゃない。クップルングの女ボスだ」

 『あら、嫌な奴なのに、いいこと知ってくれるわね』

 頭のなかでそう発言してから、紫羅は素早く耳と気配と記憶をはりめぐらせた。

『あの声は、前回、壊滅したファーロの連中ね。大ボスは黒粘土に消されたけれども、幹部クラスはまだ残って


たか…』

 懐から、糸付き爪を取り出して、服の中に隠してある投げナイフを確認した。

『3人。いや、4、5人はいたわね。上のクラスだから腕は確かなもの。同時に相手しなければ、こっちの…』

「あれ?紫羅さん。こんな所で何してるんですか?」

 背後にあった建物から場違いな声と、この時ばかり大きな声で助針が現れた。

「あっちだ」

 かけ声と同時に聞こえてきた足音に、紫羅は助針の手を引っ張り走り出した。

「どうしたんですか?そんな恐い顔をして?

 もしかして紫羅さん。裏ガイドブックに載っていた。あのお店に行くところだったんですか?」

「馬鹿。のんきにしゃべってないで。走る事に専念しなさいよ」

 助針の手を離した紫羅は一度振り返り、手にしていたナイフを放った。

 近づいてくる気配を感じたから投げて、案の定、間近にせまっいた一人がいて、そこから声があがった。

 どこに当たったのかすら見確かめる余裕もなく、紫羅はひたすら走った。

「ったく。助針のせいよ。残党を一人で片づけるつもりだったのに」

「面目ない。

 でも紫羅さん」

「何よ」

「行き止まりです」

 追手をまこうとひたすら走った結果、先には道がなかった。

 振り替えって他の道を探す前に、追手と鉢合わせになってしまう一本道。

「お約束通りの万事休す状態ね」

 ただ一つ違うとすれば、前方にある行き止まりは壁じゃなくて、海になっていること。

 トンバラズの港町。

 裏通りは大海の近くで、ボートとかが倉庫とかに行き来できるように狭いが船道がつくられていた。

 狭い舟道を進めば海に迎えるけれども…。

「…紫羅さん。海へ逃げましょ逃げましょうか、それとも戦いますか?」」

「幹部クラス5人相手に、しかも助針付きでいっぺんに戦うのは無理よ。連中がどれほどの腕をしているのか、


判断できないときは、なおさらのこと」

「じゃあ、海ですね」

「でも助針。どんなに速く泳いでも、連中の目をあざむくほど遠くにはいいけなわよ。ましてや海よ。いくらもぐっ


ても、浮いてきちゃうわよ」

 素早く海中に潜れたとしても息継ぎで海面に顔を出せば、狙い撃ちされるだろう。

「大丈夫です紫羅さん。私に任せてください。浮き上がることなく、海中を泳ぐげる種族ですから」

「え…本当」

「温室育ちの金魚でも、魚ですからね」

 この状況下、助針を信じるしかなかった。

 遠くの方から響いてくる足音と、追手らしき点がゆっくりと大きくなっていた。

「じゃあ紫羅さん。いいですか、決して暴れないでください。海中に慣れていないのならば、目を閉じていた方が


いいでしょう。

 向こうに止まっている船の近くまで行きます。全速力で泳ぎますが、もし苦しくなったら、叩くなりなんなりして、


私に知らせてください。ずぐに浮上します」

「…わかったわ」

「じゃ、いきますよ」

 背後にたっ行いた助針は左腕で紫羅を小脇に抱えた。

 まるで猫のヌイグルミを抱えてるような感じである。

「ちょっ…」

 紫羅が反発する暇もなく、助針は海に向かって飛び込み紫羅は慌てて目を閉じた。

 … … … … … … 

 何も見えない状態の紫羅は、冷たいの水の感触と共に押しつけられるような水の力を知った。

 潜ったばかりの体は下に向き、自由になっている手で鼻をつまんだ。もちろん、水が鼻に入らなくするため。

「………」

 体が横に向き、徐々に上へ向かっている…ような気がする。

 …そろそろ息が苦しい。

 紫羅は、紫羅なりに考えた最善の策、大量に吸った空気を少しずつ吐き出して、苦しい気分から逃れようとし


た。

「………」

 助針の力を信じられるので、自分の事は自分で解決したかったから。

 助針の腕と、背中から感じ取れとる助針という存在。

 …頼もしさを実感することができた……。

「ぷはぁっ」

 海面に出る気配を察知した私は、からっぽになった肺に空気を入れるため口を開けた。

 もし、まだ海中にいたならば、大量の海水を飲んで大変な事になっていただろうけども…女と頭の勘は間違う


ことなく、大量の空気を吸い込むことができた。

「紫羅さん、大丈夫でしたか?」

「少しでも遅かったら、アウトだったわよ…はー、苦しかった」

 自分の生命を確保できた紫羅は、辺りを見回した。

 2人の両側には大きな船があった。

 ありがたいことに人の気配や声はなく、船の上から咎められる心配はないようだ。

「追っ手、大丈夫かしら」

「一応、海中深く潜りましたから、ここにいる間は、見つからないでしょう」

「戻ったら、一掃しておかないとね…それよりも助針、いつまで小脇に抱えているのよ……って離されたら沈ん


じゃうでしょ」

 港町の盗賊なのだが、猫性質なのか、ほとんど泳げない女頭は、ぎゃーすかさわいだものの、大人しくするし


かなかった。

「…すみません。今すぐ上がりますから」

「…いや。まだ、ここにいた方がいいわ。もう少し、慎重にしとかないと」

「紫羅さんが、おっしゃるのならば。そうしましょう」

 口を閉ざした紫羅は、背中から感じとる助針の体温に気づいた。

「…どうしました?紫羅さん。顔が真っ赤ですよ」

「何でもないわよ…。それよりも助針。助針は、これから先、どうするの?」

「どうするって…父さんが一人前の情報屋として認めてくれるまで、指示された所のレポートを書くしかないでし


ょう。多分、世界中を回るんでしょうね」

「そう。

 …ねえ、助針。あなたの父さんは、今回のように自分の名前を書いてある手紙を渡して、安全な所をレポート


させている。それって人が指図して、敷いたレールを走るだけじゃない?レールの上だけ走るなんて、いつまで


たっても一人前ににはなれないわよ」

「…痛い言葉ですね。でも、正しい言葉です」

「ならば助針…」

「………」

 助針はそれよりも早く首を横に降った。

「紫羅さんの言う通り、レールの上を安全に入ることは修業したとは言えません。でも、今の私はあまりにもレベ


ルが低すぎます。まだレールの上すら、満足に走れる状態ではありません。

 今の状態で無理にやれば脱線して動けなくなる自分の弱さを痛いほど知っています」

「………」

「そんな状態であっても、いいえ、それだからこそ。私は強くなりたいです。父さんや兄上たちのように」

「……。助針ならば、できるわよ。…頑張ってね」

 応援する紫羅の声はどこか弱くなっていた。

 助針がどこかに行ってしまう事を知り、紫羅は自分に元気がなくなっていく感覚に気づいた。

 元気がなくなる自分…すなわち助針を意識している事に…紫羅は切ないほど気づかされていた。

「紫羅さん?」

 紫羅は後頭部を助針の胸の辺りに沈めた。

 助針の鼓動が耳に届く。

「助針…。

 絶対、ここに。どんなに遠くまで行っても、ここに遊びにくるのよ。いいわね…」

 力のない命令。でも、助針はうなづいてくれた。



「かしら~」

「……」

「しらっ」

「え、わ。何だ丸虫。驚かさないでよ。屋根から落ちたらどうするのよ」

 クップルングのアジトではなく、大通りにある別の建物の屋根に紫羅の姿があった。

 仲間の声に女頭の表情に戻ったが、行きかう人たちを見下ろしていた紫羅の目はぼうっとしていた。

「頭。残党の処理終わったよ。思ったより手応えはなかったな。でか虫一人でカタがついたんだし」

「そう。ご苦労さん。これで一件落着ね」

 安堵のため息をつく紫羅に対し丸虫は大げさなため息であった。

「助針さんの後をついてったらどうだ?」

「何それ。もしかして、私にお節介やいたのは、ボスの座につこうという魂胆があったからなわけ?」

「違うよ。紫羅以上にクップルングのトップになれる者はいない。だけど、今の紫羅じゃ、それが無理になってい


る」

「…まあ、厳しいお言葉ですこと」

「中途半端なままじゃ、魚は本当に手からすりぬけるぞ。紫羅の事だ、何も伝えていないんだろう」

「……………」

 …あれだけじゃ、助針には伝わっていないでしょうね。

 何も言えない私に、丸虫は小さな腕と人差指を向けた。

 その先には、盗賊団を後にした助針の後ろ姿があった。

「ん?」

 助針が進む方向から、一目で怪しげな男が二人、助針の前で止まった。

 怪しげな男たちは、手を揉み腰の低そうな態度で、しきりに後方にある馬車を指さしていた。

「……前に進んだということは、あの馬鹿、馬車に載るつもり」

 開いた口が閉じるよりも早く、紫羅は2階建ての屋根上から飛び降り、見事な着地もさることながら、4本足で


走ってるのではないかと疑う速度で駆け抜けた。

 一行が紫羅の存在に気づいたときにはもう地を蹴り上げて1人のあご下に当て、もう1人を戦意喪失武器を


使って、動きを封じた。

「し、紫羅さん」

「ったくもう、何やってるのよ。知らない、しかも怪しすぎる奴には気をつけろって、あれほど言ったでしょ」

「でも紫羅さん…」

「何よ」

「この従業員さんたちは、サクリファイス館の送迎馬車を担当している方々で、親切に送ってくれるところだった


んです」

「…ったく、とんでもないガキだ」

「あら…」

 よろよろと起き上がった人たちを見て、うなづくしてかなった。

「一歩間違えたら、どういうことになるか…わかっているんだろうな、盗賊のトップさんよ」

 その人たちは、紫羅の顔を知っている顔見知りの人たちでもあったから。

「…。悪い事しちゃったわね」

「すまないな、お二方。うちのボスがへまやっちゃって」

 女頭の後を追って飛んできた丸虫が、怪しいげな男たちに謝罪した。丸虫の姿に男達が驚く様子もなく、こち


らも顔見知りのようだ。

「…って、丸虫。どういう事よ、これは」

「こういう事だ。次のレポート先はサクリファイスだったんだよ」

「な、何よそれ、そんなに近くなの?」

「え、紫羅さん知っているんですか?」

「知っているも何も…」

 私は一度、丸虫を見た…。

「…ふん。そうね。あんたみたいな子が、あの屋敷に入ったら、出てこれないかもしれないから…私がボディガ


ードになってあげるわ」

「え、いいんですか?でも、ここは?」

「大丈夫よ。目と鼻の先だし。それに、あそこには、もう一人の親友がいるからね。久々に会いたいし」

「そうですか。では、紫羅さんのお言葉に甘えさせていただきます」

 というわけで、私は助針と一緒に乗り込んだ。

 今度こそは…。


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