↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒環の解析者 ~転生した俺は世界の理を解き明かす~  作者: 流津美
第一部 黒環の目覚め 第一章 覚醒

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/42

第1話 冷たい石床

初投稿作品です。楽しんでいただければ幸いです。

死ぬ。


そう理解したのは、恐怖を感じるより先だった。


前方で、大型トラックの車体が大きく傾いた。


高速道路。


片側三車線。


俺の車が走っているのは中央車線。


左前方を走っていた大型トラックが、何かを避けるように急激に右へ振れた。


後輪が浮き上がる。


巨体が傾く。


次の瞬間、その荷台が中央車線へ倒れ込んできた。


右側では乗用車が急ブレーキを踏んでいる。


左はガードレール。


後ろからも車が来ている。


速度は、おそらく九十キロ前後。


考える。


右。


無理だ。


すでに車がいる。


左。


ガードレールまでの距離が足りない。


ブレーキ。


間に合わない。


なら――。


そこまでだった。


対処法がない。


その事実だけが、妙に冷静に頭の中へ落ちてきた。


俺――久世玲司は、自分でも面倒だと思うくらい、物事を考える癖がある。


三十四歳。


中堅の物流会社で、業務改善と運用企画を担当している。


倉庫内の動線、輸送効率、人員配置、事故率。


現状を確認して、問題を分解して、原因を探し、改善案を作る。


そんな仕事を十年以上続けてきた。


仕事だけではない。


何かが起きれば、まず見る。


考える。


可能性を減らす。


それから動く。


だからなのか。


自分が死ぬと分かった瞬間ですら、頭の片隅では事故の状況を整理していた。


――大型車横転。


――前方逃げ場なし。


――右車線塞がり。


――制動距離不足。


結論。


回避不能。


「……マジかよ」


自分でも驚くほど、間の抜けた声が出た。


横倒しになったトラックの荷台が、視界いっぱいに迫る。


時間が引き延ばされたように感じた。


よく聞く話だ。


事故の瞬間、世界がゆっくり見える。


脳が極限状態になった結果なのかもしれない。


だから最初は、それも同じものだと思った。


ただ。


一つだけ、おかしなものが見えた。


白い線。


トラックの車体。


道路。


ガードレール。


周囲の車。


空。


そのすべてに重なるように、無数の細い白線が走っている。


物体の輪郭ではない。


光でもない。


道路標示でもない。


幾何学的でありながら、不規則。


網の目のようでもあり、巨大な何かの内部構造を透かして見ているようでもあった。


――なんだ、これ。


疑問が浮かんだ、その瞬間。


ぞくり、と全身に悪寒が走った。


誰かに見られている。


いや。


誰か、という表現では足りない。


人間の視線ではない。


もっと遠く。


もっと大きく。


こちらからは決して見ることのできない場所から――何かが俺を見ている。


そんな、根拠のない確信。


白い線の一本が、俺の視界の中心を横切った。


世界が白く染まる。


衝撃。


音。


痛み。


――そして。


すべてが消えた。


◇


冷たい。


最初に感じたのは、それだった。


次に、硬い。


頬に何かが触れている。


いや。


触れているというより、押しつけられている。


冷たく、硬く、わずかにざらついた何か。


意識が浮上する。


身体が重い。


頭も重い。


口の中がひどく乾いていた。


舌を動かすだけで、喉の奥が張りつく。


「……っ」


声を出そうとして咳き込んだ。


胸の奥が痛む。


息を吸う。


空気はある。


少し冷たい。


湿度は……分からない。


匂い。


土。


埃。


それと、石のような乾いた臭い。


俺はしばらく動かなかった。


動けなかった、という方が正しい。


何が起きた。


記憶を辿る。


高速道路。


大型トラック。


事故。


白い線。


何かに見られているような感覚。


そして――衝突。


「……生きてるのか?」


声がおかしい。


掠れているせいだけではない。


自分の声なのに、自分のものではないような違和感がある。


少し高い。


若い。


だが、今はそこを考える段階じゃない。


まず状況確認。


ゆっくり右手を動かした。


指は動く。


左手も。


脚。


問題ない。


首を動かす。


鈍い痛みはあるが、骨が折れているような感覚はない。


視界は――ほぼ真っ暗だった。


目を開けているのか、一瞬分からなくなるほど暗い。


それでも完全な闇ではない。


どこから来ているのか分からない、ごく弱い灰色の明かりがある。


目が慣れてくるにつれ、自分のすぐ前に床があることだけは分かった。


石。


たぶん。


俺は手のひらを床についた。


ひやりと冷たい。


表面は滑らかだが、完全な平面ではない。


そこで、違和感に気づいた。


手。


「……?」


暗闇の中で、自分の手を顔の前まで持ち上げる。


細い。


いや、俺の記憶にある手より明らかに細い。


指も長く見える。


手の甲にあったはずの小さな傷がない。


数年前、倉庫で金具に引っかけてできた跡だ。


ない。


「……どういうことだ」


上半身を起こそうとした。


腕に力を入れる。


その瞬間、視界が揺れた。


「っ……!」


身体から一気に血が抜けたような感覚。


反射的に床へ手をつく。


しばらくその姿勢のまま、呼吸を整えた。


弱っている。


かなり。


しかし、事故直後の人間の状態とも違う。


身体のどこにも、大事故に遭ったような損傷が感じられない。


大量出血もない。


激痛もない。


服の上から腹部、胸、脚を触る。


目立った傷はなさそうだ。


代わりに、別の違和感が増えた。


身体そのものが違う。


腕も、肩幅も、胸板も、脚も。


どれも記憶より細い。


腹も引っ込んでいる。


「……俺の身体じゃない?」


口にした途端、その言葉が妙に現実味を帯びた。


いや。


待て。


決めつけるな。


事故後に意識障害を起こしている可能性。


夢。


幻覚。


薬物。


病院。


だが――。


俺は周囲を見渡した。


病院には見えない。


道路上でもない。


救急車でもない。


床は石。


壁らしきものも石。


照明はない。


機械音もない。


人の声もしない。


スマートフォン。


反射的にポケットへ手を伸ばす。


ない。


財布もない。


鍵もない。


代わりに身体を覆っているのは、触ったことのない布だった。


薄手ではあるが、現代のシャツやスラックスとは明らかに違う。


「……誘拐?」


自分で言って、可能性を消す。


事故現場から人間一人を運び出し、着替えさせ、こんな場所へ放置する理由が分からない。


しかも身体まで変わった説明にはならない。


夢。


それが一番簡単だ。


ただ――。


冷たい床の感触。


乾いた喉。


息をするたびに感じる胸の痛み。


あまりにも具体的だった。


俺は右手を握った。


開く。


もう一度握る。


「痛覚は……ある」


左手の甲を爪で軽くつねる。


痛い。


夢でも痛みを感じることはある、と聞いたことはある。


つまり証明にはならない。


分からない。


情報が足りない。


そう考えた瞬間だった。


――情報。


頭の中で、何かが動いた。


「……?」


音ではない。


声でもない。


視界に文字が浮かんだわけでもない。


だが突然、自分の身体について、それまで知らなかった情報が頭へ流れ込んできた。


正確には――理解した。


理由もなく。


その情報は、意識の中で奇妙なほど整然と形を取った。


【解析結果】

対象:自己生体

生体状態:低活動状態

身体機能:約43%

重大損傷:確認されず

未知器官:1

解析確度:38%


「……は?」


思考が止まった。


何だ、今の。


知識ではない。


少なくとも俺自身が知っていた情報ではない。


俺は人体について専門教育を受けたことなどない。


医学知識も、一般人レベルだ。


なのに今、自分の身体がどの程度活動しているのかを「知った」。


しかも同時に、妙な感覚まである。


確実ではない。


情報に誤差がある。


それすら分かる。


「……解析?」


なぜその言葉が浮かんだのか、自分でも分からない。


だが、一番しっくりきた。


対象を観察し。


情報を拾い。


既知の知識と照合し。


推定する。


それなら、俺が今感じたものに近い。


自分自身を、もう一度意識する。


どうなっている。


知りたい。


そう明確に思った。


すると再び、情報が組み上がる。


【解析結果】

対象:自己生体

年齢:不明

種別:不明

健康状態:衰弱

身体機能:約43%


推定要因:

・長時間の低活動

・水分不足

・栄養不足

・その他要因――情報不足


未知器官:1

詳細:解析不能

解析確度:42%


「……冗談だろ」


思わず笑いそうになった。


だが喉が痛くて、乾いた息しか出なかった。


身体機能四十三パーセント。


奇妙なほど具体的だ。


だからこそ信用できない。


どこからその数字が出た。


正常値とは何だ。


比較対象は。


そもそも自分の身体についてなのに、年齢も種別も分からないとはどういうことだ。


万能ではない。


少なくとも、何でも答えが出る能力ではないらしい。


能力。


その言葉を使うこと自体、頭がおかしくなったようで抵抗がある。


だが、他に説明する言葉がなかった。


俺は床へ視線を落とした。


さっき触った石。


これも分かるのか。


そう考えて、床を意識する。


数秒。


何も起きない。


「……?」


手を置く。


冷たい感触を確かめる。


表面を見る。


指で撫でる。


すると。


再び情報がまとまり始めた。


【解析結果】

対象:床面構造物

分類:無機物

主成分:判別不十分

材質:石材に類似

人工加工の可能性:高

表面摩耗:少

継ぎ目:確認できず

年代:不明

用途:不明

製造法:不明

解析確度:34%


俺はしばらく床を見つめた。


「見ただけじゃ駄目なのか……?」


さっきより少し理解できた。


知らないものから、何もないところへ答えが生まれるわけじゃない。


見る。


触る。


観察する。


情報を増やす。


その分だけ結果が細かくなる。


俺が普段仕事でやっていたことと、根本は同じだ。


違うのは、普通なら測定器や資料が必要な情報まで、頭の中で勝手に処理されていること。


「……なんだ、それ」


便利。


そう考えるより、気味が悪かった。


事故。


身体の変化。


知らない場所。


そして説明のつかない現象。


状況を整理する必要がある。


俺は床に座ったまま、目を閉じた。


久世玲司。


三十四歳。


日本人。


物流会社勤務。


最後の記憶は、高速道路での事故。


あれだけの衝突だった。


生存率は高くない。


少なくとも、無傷で済む可能性はない。


なのに現在。


身体に重大な損傷なし。


場所不明。


身体形状が記憶と異なる。


服装も違う。


正体不明の現象が使える。


仮説を並べる。


1. 事故後、意識不明になり、何らかの理由で別施設へ運ばれた。

身体の差異を説明できない。


2. すべて夢。

否定する証拠はない。ただし、現状では役に立たない。


3. 死後世界。

検証不能。


4. 別の身体へ意識だけ移った。

根拠不足。


5. 俺の常識では説明できない何かが起きた。

範囲が広すぎて、仮説としてほとんど意味をなさない。


「結局、分からん」


思わず呟いた。


分からない。


なら、考え続けても意味がない。


情報を集める。


まずそれだ。


俺はもう一度立ち上がろうとした。


今度は急がない。


片膝を立てる。


床へ手をつく。


ゆっくり腰を上げる。


脚に力を入れる。


震える。


それでも立てた。


「……よし」


視界が一瞬暗くなる。


壁へ手を伸ばした。


指先が硬い面に触れる。


冷たい。


壁。


床と似た材質。


身体を預ける。


自分の身長感覚も違う。


低くなったというより、重心が妙だ。


腕の長さ。


脚の長さ。


身体の軽さ。


若い。


たぶん。


鏡があれば確認できるが、当然そんなものはない。


俺は壁を触りながら周囲を見た。


少しずつ暗さに目が慣れてきている。


部屋。


おそらくそうだ。


完全な長方形ではない。


幅は七、八メートル程度か。


奥行きも同じくらい。


天井は高い。


壁面に窓はない。


家具もない。


床には細かな破片が散らばっている。


入口らしき開口部が一つ。


その向こうに通路が続いている。


奇妙なのは壁だった。


石造りに見える。


だが石を積み上げたような目地がない。


一枚の巨大な岩をくり抜いたようにも見えるが、それにしては表面が均一すぎる。


装飾もない。


柱もない。


文字もない。


少なくとも、この部屋には。


「地下……か?」


窓がない。


空気の動きもほとんど感じない。


外光も入っていない。


それでも完全に真っ暗ではない。


どこからか、ほんのわずかな明かりがある。


俺は天井を見上げた。


何も見えない。


光源不明。


解析。


そう意識してみる。


駄目だ。


距離。


暗さ。


情報不足。


分からない。


やはり便利な検索エンジンではない。


俺は壁に背を預けたまま、自分の身体へ意識を向けた。


問題は、さっき出た未知器官。


場所は胸の奥。


心臓と同じなのか違うのか、それすら判断できない。


そこへ意識を集中させる。


解析。


しばらくすると、ぼんやりとした情報が返ってきた。


【解析結果】

対象:未知器官

構造:解析不能

機能:不明

内部活動:極低

推定状態:休眠

解析確度:21%


それ以上は何も分からない。


「休眠……?」


器官が休眠する。


人体の話として聞いたことがない。


少なくとも、俺の知っている人体にこんな器官はない。


……いや。


そもそも、この身体が本当に俺のものなのか。


そこで、ふと頭へ手を伸ばした。


髪。


指に触れる。


短くはない。


俺が事故前にしていた髪型とは明らかに違う。


毛量も多い。


「本格的に別人じゃないか……」


顔も確認したい。


だが、水も鏡もない。


水。


その言葉を思い浮かべた瞬間、喉が強烈に自己主張した。


痛い。


さっきから気づいていたが、かなりまずい。


解析が正しいなら水分不足。


身体機能四十三パーセント。


どこまで信用していいかは分からない。


しかし、実際に喉は乾いている。


空腹もある。


優先順位を決める。


1. 水の確保

2. 安全の確保

3. 現在地と出口の確認


食料も必要だが、水より優先順位は下。


そして――。


「武器がないな」


この場所に俺以外の生物がいない保証はない。


むしろ、こんな正体不明の場所で安全を前提にする方が危険だ。


床を見回す。


何か使えるもの。


細長い破片が一つ落ちていた。


拾う。


三十センチほど。


黒っぽい。


軽い。


石に見えたが、触った感触は少し違う。


解析。


【解析結果】

対象:黒色破片

分類:無機物

組成:不明

推定:破損した構造材の一部

硬度:一般的な石材以上と推定

本来用途:不明

解析確度:27%


使えなくはない。


武器としては心許ないが、素手よりマシだ。


先端は鋭くない。


殴る。


突く。


その程度。


俺は右手に破片を持ち、何度か軽く振った。


身体が想像より速く動いた。


「……?」


もう一度。


振る。


筋力は落ちている。


身体も衰弱している。


なのに、動きそのものが妙に滑らかだった。


俺が記憶している自分の身体とは感覚が違う。


軽い。


反応が速い。


三十四歳の運動不足気味の会社員の身体ではない。


だからといって、強いわけではない。


二、三度振っただけで息が上がる。


「今考えても仕方ないか」


異常が多すぎる。


一つずつだ。


俺は入口へ向かった。


歩幅を小さくする。


十歩。


十五歩。


壁に手を添えながら進む。


床はわずかに傾斜している。


通路へ近づくにつれて、部屋の奥より空気が少し冷たくなった。


入口の前で止まる。


通路は左右ではなく、真っすぐ先へ伸びていた。


幅は三メートルほど。


天井は部屋より低い。


それでも、俺の身長の二倍以上はある。


遠くは見えない。


闇。


完全な黒。


「明かりが欲しいな……」


火。


ライター。


スマホ。


懐中電灯。


何もない。


火を起こす手段も、今のところない。


なら、目が慣れるのを待つしかない。


壁。


床。


音。


空気。


利用できる情報は拾う。


俺は目を閉じた。


視覚を切る。


耳を澄ませる。


何もない。


……いや。


ごく小さな音。


水?


違う。


一定ではない。


風でもない。


もっと乾いた音。


俺は目を開いた。


通路を見る。


聞こえなくなった。


気のせいか。


疲労。


脱水。


意識が正常ではない可能性もある。


数秒。


十秒。


二十秒。


――カリ。


聞こえた。


俺は動きを止めた。


右手の破片を握る。


カリ。


カリ。


硬いもの同士を擦り合わせるような音。


遠い。


だが、確実にある。


最初より少し大きくなった気がする。


生き物。


その可能性を考えた瞬間、身体の内側で例の感覚が動いた。


解析。


対象は見えない。


得られるのは音だけ。


それでも、断片的な推定が組み上がる。


【解析結果】

対象:未確認音源

状態:移動中と推定

進行方向:現在位置方向

推定距離:約20〜30m

生物由来の可能性:あり

大きさ:不明

種別:不明

危険性:解析不能

解析確度:31%


「……距離まで分かるのか?」


声が小さく漏れた。


音の大きさ。


反響。


間隔。


そこから推定した?


どうやって。


いや。


今考えるな。


重要なのはそこじゃない。


何かがいる。


しかも、こちらへ近づいている可能性が高い。


カリ。


さっきよりはっきり聞こえた。


カリ。


カリ。


一定ではない。


脚音にも聞こえる。


だが、二足歩行の間隔ではない。


数が多いような――。


俺は一歩後退した。


通路を凝視する。


何も見えない。


逃げるべきか。


元いた部屋には出口がない。


少なくとも確認できた範囲では。


袋小路になる可能性が高い。


なら通路へ進む?


接近してくる何かと鉢合わせる。


最悪だ。


ここでも優先順位を組み直す。


1. 音源の位置と進行方向を把握する

2. 退路を確保する

3. 接触を可能な限り避ける

4. 回避不能の場合のみ迎撃する


隠れる場所。


部屋の入口。


壁際。


瓦礫。


少ない。


今の状態で戦闘を選ぶのは論外だ。


相手が何かも分からない。


こちらは衰弱状態。


武器は棒代わりの破片一本。


勝てるという前提を置く理由がない。


まず観察。


その上で、可能ならやり過ごす。


俺は入口から数歩下がり、壁際へ身体を寄せた。


右手の破片を両手で握る。


喉が渇いている。


脚が震えている。


心臓――いや。


胸の奥が、妙に熱い。


恐怖。


当然ある。


むしろ、ない方がおかしい。


事故で死んだはずなのに、訳の分からない場所で目覚めた。


身体は自分のものではないかもしれない。


頭の中では意味不明な解析が始まる。


そして今度は、暗闇の向こうから正体不明の何かが近づいてくる。


意味が分からない。


分からないことだらけだ。


それでも。


「……分からないなら、分かるところまで調べるしかないか」


誰に言うでもなく呟いた。


昔から、それしかできない。


仕事でも同じだった。


トラブルが起きる。


原因が分からない。


現場は混乱する。


誰かが憶測で話す。


俺は数字を見る。


現場を見る。


一つずつ条件を消す。


答えが最初から見えていたことなど、ほとんどない。


今回も同じ。


……規模が違いすぎるが。


カリ。


音が止まった。


俺も息を止める。


静寂。


一秒。


二秒。


三秒。


来ない。


解析。


反応しない。


情報が足りない。


五秒。


十秒。


そして。


――カツ。


さっきまでとは違う、硬質な音。


ずっと近い。


俺の手に力が入る。


暗闇の奥。


何も見えない。


だが。


そこに何かがいる。


もう一度、耳を澄ませる。


解析。


【解析結果】

対象:未確認音源

前回推定位置より接近

移動継続の可能性:高

詳細:解析不能

危険性:不明

解析確度:26%


何一つ安心材料はない。


俺はゆっくりと息を吐いた。


冷たい石床で目を覚ましてから、どれほど経ったのか。


十分か。


一時間か。


時間感覚すら曖昧だ。


一つだけ確かなことがある。


事故の後。


俺はまだ、何も理解していない。


自分がどこにいるのか。


なぜ生きているのか。


この身体が何なのか。


そして。


暗闇の向こうから近づいてくるものが、何なのか。


カリ。


再び音がした。


今度は。


はっきりと、こちらへ向かって。


俺は黒い破片を構えた。


そして暗闇から、一瞬も目を離さなかった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

次話から、玲司は目覚めた場所の探索を始めます。

続きも読んでいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。