墜落する執行艦と銀河から来た本契約者
執行艦の内部が、大きく傾いた。
床が壁へ変わり、壁が天井へと崩れていく。
警告音が、耳をつんざくように鳴り響いていた。
```text
第一執行艦:
墜落まで残り2分52秒
船体内部:
重力制御を喪失
転移核:
最深部・第七中枢区画
```
「全員、手すりにつかまって!」
セラが叫び、近くの支柱へ剣を突き立てた。
悠真は杖を床へ押しつけ、黄金の光で足場を固定する。
しかし、船体の傾斜は止まらない。
遠くで爆発が起き、通路の先から白銀の兵士たちが吹き飛ばされてきた。
「第二執行艦隊が船内へ侵入した!」
エドガーが記録板を確認する。
「敵は転移核を狙っている。あれを奪われたら、僕たちは船ごと大陸へ落ちる!」
カナタが黒い刃を構えた。
「なら、先にたどり着くしかない」
その時、背後から声が響いた。
「違う」
新たな名前を得た子供たちの前に、イオが現れた。
先ほどまで光の粒となっていたはずの身体は、薄く透けている。輪郭も不安定で、時折、無数の文字に変わっていた。
ミナが目を見開く。
「イオ……まだ消えていなかったの?」
「消えたのではない。管理者としての私は消えた」
イオは胸に手を当てる。
「だが、船の中枢には、まだ私の記録が残っている」
「それなら、転移核の場所を案内できるのか?」
悠真が尋ねる。
イオは頷いた。
「できる。ただし、最深部へ行くには、封鎖された記録回廊を通らなければならない」
「危険なの?」
ミナが訊いた。
「危険ではない」
イオの顔に、初めて不安が浮かぶ。
「そこには、私がこれまで消去した選択が保存されている」
通路の奥から、低い振動が伝わってきた。
次の瞬間、白銀の装甲兵が一斉に姿を現す。
先頭に立っていたのは、銀色の長槍を持つエルネだった。
「そこまでです」
エルネの視線が、悠真たちを順番に捉える。
「始原鍵、五重鍵、表の鍵、裏の鍵。そして原初管理者まで。実験領域の反抗個体が、よくここまで抵抗したものです」
悠真は杖を構えた。
「ハジメも、ミナも、イオも、誰かの所有物じゃない」
「所有物ではありません」
エルネは冷たく答えた。
「銀河契約院が保護すべき資産です」
「言い方を変えただけだ!」
カナタが踏み込む。
黒い刃と銀色の槍がぶつかり、船内に激しい火花が散った。
エルネの槍から、無数の拘束文字が放たれる。
```text
反抗権限を停止
攻撃行動を禁止
対象を執行管理下へ移行
```
カナタの身体が一瞬、硬直した。
セラが横から斬り込み、拘束文字を断ち切る。
「一人で相手をしないで!」
「助かった!」
ハジメが手を掲げ、四重の光を兵士たちへ放った。
白銀の兵士たちの胸に、次々と新しい文字が浮かび上がる。
```text
自動執行命令を検出
本人の意思を照合中
```
兵士たちは動きを止めた。
その隙に、ルカが叫ぶ。
「僕たちが道を開く!」
「無理だ、危険すぎる!」
悠## 第45話 最深部の転移核と、引き裂かれる選択
崩壊する第一執行艦の内部を、悠真たちは駆けていた。
天井から落ちる金属片。床を這う黒い契約文字。かすむ視界の中で、ハジメだけが確かな方角を示す。
『こっちだ!』
曲がりくねった通路の先、巨大な扉が現れた。
表面には六重の紋章――先ほど映像で見た、本契約者のものと同じ意匠が刻まれている。
「最深部の転移核は、この奥にある」
ハジメが言い切る。
だが、扉には鍵穴すらなかった。
「どうやって開けるんだ?」
カナタが拳を叩きつけるが、扉はびくともしない。
エドガーが記録板を向け、文字列を解析する。
「開錠条件……『契約者の血統証明』だって!」
「血統?」
セラが眉をひそめる。
「俺たちに血統なんて……全部、作り物だって言われたのに」
悠真は奥歯を噛みしめた。
その時、ミナが前に進み出た。
「私の……五重の鍵が、反応してる」
彼女の胸元の紋章が、かすかに扉と共鳴している。
ミナは震える手を扉へ伸ばした。
「ミナ、待て!」
カナタが止めようとしたが、すでに彼女の指先が紋章に触れていた。
その瞬間――
```text
血統証明:
不完全
鍵の一致率:
57%
拒否
```
扉の表面から、無数の黒い針が飛び出した。
針はミナの腕と脚を貫き、彼女の身体を宙へ吊り上げる。
「ミナ!」
「来ないで!」
ミナが叫ぶ。
「まだ……まだ私、選んだばかりなのに!」
黒い針が、彼女の胸の紋章に吸い込まれていく。
```text
五重鍵:
強制回収を開始
所有権:
再臨契約者へ返還
```
「そんな……!」
悠真は杖を振るう。
黄金の光が針を断ち切ろうとするが、針は一瞬で再生した。
エドガーが記録板の警告を読み上げる。
「この扉は、五重鍵を所有権ごと回収することでしか開かない!」
「つまり、ミナを犠牲にしろってことか!」
カナタが叫ぶ。
「そんな選択、できるわけ……!」
ミナが苦しげに顔を上げた。
「悠真」
「ミナ……」
「私はもう、選べる人になった。だから……私の選択を、聞いてくれる?」
悠真は唇を噛みしめた。
「言ってみろ」
「みんなを……転移核へ送って」
「何を言って――」
「私がここに残れば、扉は開く。そして、私は再臨契約者に回収される」
「そんなの、ただの死ににいくようなものだ!」
「違う」
ミナは微笑んだ。
「私は……中から、銀河契約院に干渉する。自分が選んだ名前を持った存在として」
セラが声を震わせる。
「それじゃあ、また一人になるのよ!」
「一人じゃない」
ミナは胸に手を当てた。
「名前をもらったから。ルカにも、ノアにも、みんなにも名前を教えてもらった。覚えている限り、私は一人じゃない」
扉の奥で、転移核の起動音が響き始める。
船内全体が大きく傾いた。
```text
墜落まで:
残り2分
```
エドガーが顔を上げる。
「転移核が起動を始めた……! 誰かが核に触れて、転送先を設定すれば、あとは自動で――」
「俺が行く」
悠真が一歩踏み出した。
しかし、カナタがその肩を掴む。
「待てよ。俺に任せろ」
「カナタ……」
「お前は表の鍵だ。大陸の人たちは、お前の声を待ってる」
カナタが笑った。
「それに、俺は裏の鍵だ。表に全部任せて、何もしないなんて性分じゃない」
セラが剣を握り直す。
「私も行くわ。カナタ一人じゃ心配だもの」
「セラまで……」
「エドガーはハジメと一緒に、子供たちをまとめて。転移核で大陸へ戻ったら、みんなを安全な場所へ避難させるのよ」
エドガーが反論しようとして、言葉を飲み込んだ。
彼の目には、決意が宿っていた。
「……分かった」
ハジメが駆け寄り、悠真の手を握る。
『悠真。必ず、戻ってきて』
「ああ。待ってろ」
カナタとセラが、ミナの背後に立つ。
「ミナ、少しだけ我慢しろ」
カナタが黒い刃を構える。
「お前のその針、俺たちが断ち切る」
「それで、ミナが自由になった瞬間に――」
セラが息を合わせる。
「三人で、転移核へ飛び込む」
「……私、本当に、こんなにいろんな人に選んでもらっていいのかな」
ミナの目に涙が浮かぶ。
悠真が答えた。
「いいんだ。それが、名前を持つってことだ」
カナタとセラが同時に踏み込む。
黒い刃と白銀の剣が、ミナを貫く黒い針を一瞬で断ち切った。
ミナの身体が自由になる。
「今だ!」
三人は同時に、扉の奥へ飛び込んだ。
転移核の輝きが、船内を白く染め上げる。
悠真たちの前で、扉がゆっくりと閉まり始めた。
その隙間から、ミナの声が聞こえる。
「また会えるよね?」
「約束する」
悠真は叫んだ。
「俺たちは、必ず迎えに行く。お前の名前を、誰にも奪わせない」
扉が完全に閉じた。
```text
最深部:
封鎖
転移核:
起動完了
転送先:
未設定
```
エドガーが振り返る。
「悠真! 転移先を設定しろ!」
悠真は杖を掲げた。
「大陸全土……いや」
彼は、一つの場所を思い浮かべる。
雪の中庭。
アキラの笑い声。
母の温もり。
「……中央契約院があった場所のすぐ北、俺たちが育った家の跡地へ」
杖から放たれた黄金の光が、転移核へ吸い込まれる。
```text
転送先:
カガミ家跡地(北緯……)
転送可能人数:
悠真、エドガー、ハジメ、ルカ、ノア、リナ、エマ、その他21名
転送開始まで:
残り10秒
```
「悠真!」
エドガーが叫ぶ。
「カナタたちはどうするんだ!」
「あいつらなら、大丈夫だ」
悠真は信じるように言った。
「俺たちの兄弟だ」
```text
転送開始
```
光が、全員を包み込んだ。
同時に、第二執行艦隊の兵士たちが、最深部の扉を破って突入する。
「発見! 転移核に接続している個体を確認!」
ただし、そこにカナタ、セラ、ミナの姿はもうなかった。
彼らは別の光の中にいた。
```text
転送先:
第一執行艦・隠匿区画
転送理由:
未知の鍵による強制転送
```
カナタが周囲を見回す。
「ここは……?」
「ようこそ」
声がした。
振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。
胸に、四重の紋章とは違う――六重の輝きを宿して。
「俺の名前は……まだない」
少年は冷たく微笑んだ。
「でも、お前たちをここへ呼んだのは、お前たちに死んでもらうためだ」
カナタが黒い刃を構える。
「誰の指示だ?」
「指示?」
少年は首をかしげた。
「俺は、銀河契約院の本契約者の――一番最初の鍵だ」
彼の背後で、六重の紋章が回転を始める。
```text
警告:
未知の鍵の干渉を検知
周辺の契約記録:
すべて上書き中
```
セラが剣を構え、ミナが紋章を光らせる。
三対一。
それでも、少年の圧力は桁違いだった。
「最初の鍵……つまり、俺たちのさらに上の存在か」
カナタが呟く。
「そうだ」
少年が手を伸ばす。
「お前たちのような不完全な鍵を、俺は始末するために造られた」
空間が歪み、無数の六角形の障壁が出現した。
転移核へ戻る道は、すでに閉ざされている。
崩壊する執行艦の最深部――いや、隠匿区画で、新たな戦いの火蓋が切って落とされた。




