空から来た執行者と最初の命令
中央契約院の崩壊した塔頂から、悠真たちは夜空を見上げていた。
星々の間を縫うように、巨大な飛翔体が降下してくる。
それは船というより、空そのものに開いた傷口だった。
黒銀色の船体。
幾重にも重なった機械翼。
そして、船の中央に浮かぶ巨大な契約紋。
その紋章を見た瞬間、ハジメが息を呑んだ。
『あれは、僕の中にあった記録と同じだ』
「銀河契約院の紋章か?」
エドガーが尋ねる。
ハジメはゆっくりと頷いた。
『大陸契約網が作られるより前から、あの紋章は存在していた。僕の中に記録されていた契約の中で、唯一、接続先が空白になっていたものだ』
「つまり、あいつらが大陸契約網の本体なのね」
セラが剣を握り直す。
そのとき、飛翔体の船体から白い光が放たれた。
光は空中で一本の柱となり、崩壊した塔頂へ突き刺さる。
柱の中から、三人の人影が現れた。
先頭に立つのは、白銀の装甲をまとった女だった。
長い髪は金属の糸のように揺らめき、額には細い契約輪が浮かんでいる。
その後ろには、槍を持つ二人の兵士が立っていた。
女は五人を見下ろし、淡々と告げた。
「対象を確認。始原鍵、カガミ・ハジメ」
ハジメの身体が強張る。
「所属を名乗れ」
悠真が杖を構える。
女は悠真へ視線を移した。
「地上個体に発言権は与えられていません」
「ここは俺たちの大陸だ」
「大陸?」
女はわずかに首を傾けた。
「銀河契約院の管理記録では、当該区域は第七管理圏・辺境実験領域に分類されています」
エドガーの記録板が、突然ひとりでに起動した。
```text
領域照合:
第七管理圏・辺境実験領域
管理状態:
契約違反による隔離中
現地生命体:
自律権限なし
```
「実験領域……?」
エドガーが呟いた。
セラが女を睨む。
「私たちを、実験材料だと言いたいの?」
「正確には、契約網の維持に使用された生体群です」
女は感情なく答えた。
「大陸契約網の停止により、管理規約第九条が発動しました。始原鍵を回収し、違反領域の自律権限を再設定します」
カナタが一歩前へ出る。
「再設定っていうのは、また誰かに支配させるということか?」
「支配ではありません。秩序の復元です」
「同じことだ」
カナタの足元から、黒い光が広がった。
女の視線がカナタの紋章へ移る。
「表の鍵、裏の鍵。二つの分割鍵も確認」
悠真の背後に、黄金の光が集まる。
「俺たちはもう、誰の鍵でもない」
「その主張は認証されていません」
女が右手を掲げた。
「執行権限を行使します」
空中に無数の文字列が浮かぶ。
```text
地上個体の自律権限を停止
記録外存在の再登録を開始
始原鍵の所有権を銀河契約院へ移管
```
ハジメの胸に、消えたはずの四重紋章が再び浮かび上がった。
『いやだ……』
ハジメが胸を押さえる。
その身体から、白い糸のような光が伸び、飛翔体へ吸い込まれていく。
「ハジメ!」
悠真が手を伸ばした。
だが、間に合わない。
ハジメの身体が宙へ浮かび上がった。
『僕は、戻らない!』
「なら、自分で命令を拒め!」
悠真が叫ぶ。
『でも、拒否する方法が分からない!』
「俺たちが教える!」
悠真は杖を掲げた。
黄金の光が、ハジメへ伸びていく。
しかし、その光を銀色の槍が切り裂いた。
兵士の一人が瞬間移動のように目の前へ現れ、槍を振り下ろす。
セラが剣で受け止めた。
激しい金属音が響き、塔頂の床が大きく沈む。
「セラ!」
「大丈夫! でも、こいつ……速い!」
兵士の槍から、細い契約文字が流れ込んでくる。
```text
対抗行動を検知
敵性個体として登録
```
セラの腕に、白い紋章が刻まれた。
「くっ……!」
彼女の身体が、一瞬だけ硬直する。
エドガーが記録板を叩いた。
「その槍は武器じゃない! 接触した相手の行動権限を奪っている!」
「なら、触れさせなければいい!」
カナタが黒い光を放つ。
闇の刃が兵士を吹き飛ばし、崩れた塔壁へ叩きつける。
もう一人の兵士が、エドガーへ向かって跳んだ。
エドガーは逃げようとしたが、足元に白い円環が出現する。
「動けない!」
悠真が杖を振る。
黄金の光が円環を破壊した。
だが、その隙に女がハジメの前へ移動していた。
「始原鍵、帰還してください」
女の手が、ハジメの胸に触れる。
ハジメの四重紋章が激しく輝いた。
『いやだ!』
ハジメは女の腕をつかんだ。
「僕は、カガミ・ハジメだ!」
女の顔に、初めてわずかな変化が浮かぶ。
「自己定義を確認。しかし、登録情報との不一致を検出」
『登録情報が間違っているなら、直せばいい!』
ハジメの手から光が走った。
女の腕に刻まれた契約文字が、次々と崩れていく。
「始原鍵が、執行権限へ干渉している?」
女が距離を取った。
「あり得ません。あなたに自律的な書き換え権限は存在しない」
『僕は、もう始原鍵じゃない』
ハジメは震えながらも、はっきりと言った。
『僕は、ハジメだ』
その瞬間、飛翔体の巨大な契約紋に亀裂が走った。
船体全体が大きく揺れる。
```text
接続障害
対象の自己定義が外部管理権限と衝突
強制再登録まで
残り30秒
```
女が空を見上げる。
「全執行権限を解放します」
飛翔体の翼が一斉に開いた。
その内部から、無数の白銀の兵士が姿を現す。
空を埋め尽くすほどの数だった。
セラが息を呑む。
「冗談でしょ……」
エドガーが表示された数字を読み上げる。
「推定二百体以上。しかも、すべてが契約執行用の人工個体だ」
カナタが悠真を見る。
「この人数で戦うのか?」
「戦うしかない」
悠真は崩壊した塔頂を見回した。
足元には、大陸契約網の停止によって露出した古い装置がある。
かつて中央契約院が、地上全域へ契約を送っていた中継核。
まだ完全には壊れていない。
「エドガー。あの中継核は使えるか?」
「使える。でも、何をするつもり?」
「大陸中へ、俺たちの声を届ける」
悠真は杖を中継核へ突き立てた。
「銀河契約院は、俺たちを自律権限のない実験体だと言った」
黄金の光が大陸各地へ走っていく。
「なら、証明する。俺たちは自分で選べる」
遠くの街に、悠真の声が響き渡った。
『大陸に生きるすべての人へ』
眠っていた人々が空を見上げる。
『空から来た契約者は、俺たちを再び管理しようとしている』
各地の広場に、光の映像が浮かび上がった。
『従うか、拒むか。その選択を、誰かに決めさせるな』
女が悠真を睨む。
「大陸全域への違法通信を確認。直ちに遮断します」
「遮断できるなら、やってみろ!」
悠真の声に、各地から無数の光が集まり始めた。
王都の人々。
かつて契約院に名前を奪われた者たち。
記憶を取り戻した家族。
誰もが自分の意思で、光へ手を伸ばしていた。
```text
地上個体からの応答を検知
選択数:
増加中
自律権限:
再計算
```
エドガーが画面を見て叫ぶ。
「大陸中の人々が、接続に応答している!」
「何を選んでいるの?」
セラが尋ねる。
エドガーは震える指で表示を読み上げた。
```text
銀河契約院による管理を拒否する
```
一つ。
十。
百。
やがて、数え切れないほどの光が大陸全土から立ち上った。
白銀の飛翔体が大きく揺れる。
「辺境領域の自律権限など、認められるはずがない!」
女が叫ぶ。
「選択は管理者が行うものです!」
悠真は彼女を睨みつけた。
「違う」
杖の先に、黄金と黒の光が重なった。
「選択は、そこに生きている人間がするものだ!」
大陸全土の光が一つに集まり、巨大な壁となって空へ立ち上がる。
降下していた執行艦が、その壁に激突した。
爆発の代わりに、無数の契約文字が空へ飛び散る。
```text
管理接続:
拒否
強制再登録:
失敗
執行艦:
降下経路を喪失
```
ハジメの身体を拘束していた白い光も、消滅した。
彼は力を失い、落下する。
「ハジメ!」
悠真が駆け出すより早く、カナタがその身体を受け止めた。
ハジメはカナタの腕の中で目を開く。
『僕たちは……勝ったの?』
「まだだ」
悠真が空を見上げる。
執行艦は撤退せず、崩壊した翼を広げ直していた。
その船体の中央に、女の姿が巨大な映像として浮かび上がる。
「地上領域の反抗を確認しました」
彼女の声が、大陸全土へ響く。
「銀河契約院は、当該領域を正式に敵性管理圏へ指定します」
船体の奥で、さらに巨大な紋章が開いた。
「次の執行対象は、大陸全体です」
空に新たな警告が表示される。
```text
第一執行艦:
攻撃形態へ移行
大陸全域への制裁照射まで
残り10分
```
セラが剣を構えた。
「今度は、大陸全部を狙うつもり?」
エドガーが周囲を見回す。
「防御壁は一度きりだ。次の攻撃には耐えられない」
カナタがハジメを立たせる。
「なら、あの船を落とすしかない」
ハジメが空を見上げた。
『あの船の中に、僕の原初記録がある』
「取り戻せるのか?」
『分からない。でも、あれを壊せば、銀河契約院との接続も切れるはずだ』
悠真は杖を握り直す。
「なら、乗り込む」
五人の前に、崩れた塔の残骸が光り始めた。
それは、かつて月面遺跡へ接続するために作られた古代の転移門だった。
エドガーが目を見開く。
「この転移門なら、執行艦の内部へ侵入できる」
セラが笑う。
「空の敵の中へ飛び込むってわけね」
カナタが悠真を見る。
「帰ってこられると思うか?」
「帰るさ」
悠真はハジメの肩に手を置いた。
「五人でな」
転移門が開く。
向こう側には、無数の白い光と、巨大な銀河契約院の内部構造が広がっていた。
女の声が、最後の警告を告げる。
```text
大陸全域への制裁照射まで
残り9分
```
悠真たちは、光の向こうへ踏み込んだ。
背後で、大陸の空が赤く染まり始める。




