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王都存続担保契約と断環会の最後通告

 王都全域に展開された《オープン・レジャー》の光は、夜の街を昼間のように照らしていた。


 各家庭の端末、商会の帳簿、村々の共同記録板。これまで財務局の奥深くに隠されていた債務の履歴が、今や市民一人ひとりの前に開かれている。


 誰が借り、誰が返し、誰が利息を水増ししたのか。


 十二年間にわたって覆い隠されていた数字が、王都の至る所で読み上げられていた。


「この債務、俺の親父が返したはずだぞ!」


「違う。返済記録が二重に登録されている」


「こっちは救荒融資じゃない。ベルク商会への補助金を、村の借金に付け替えていたんだ!」


 市民の怒号と驚きが、街路を揺らしていた。


 しかし、中央裁判所の地下深くでは、その喧騒とは別の警告音が鳴り続けていた。


```text

警告。


《王都存続担保契約》の執行準備を確認。


担保対象:王都行政権・司法権・中央記録機構

契約者:王都旧財務評議会

債権者:断環会

契約執行まで:9時間41分

```


 悠真は表示を睨みながら、認証台に手を置いた。


「王都そのものが、担保に入っている……」


 セラが黒い原簿の断片を確認し、低い声で答えた。


「契約が結ばれたのは、十二年前。救荒融資の混乱が始まった直後よ。王都の財務評議会は、国家機能を維持するために断環会から資金を借りた」


「そして、返済できなかった」


 エドガーが続けた。


「返済の代わりに、行政権と司法権を差し出した。王都は自分たちの所有物ではない。それなのに、当時の評議会は市民に知らせず、勝手に契約を結んだ」


 ザックが拳を握りしめる。


「そんな契約、無効に決まっている!」


「通常ならな」


 エドガーは淡々と答えた。


「だが、契約の末尾には十六村の代表者の署名がある。もちろん、署名の多くは偽造だ。しかし、原初契約の規定では、一定数以上の共同体が署名した契約は、仮に不正があっても一度は執行候補として認証される」


 悠真は目を細めた。


「偽造された署名まで有効になるのか?」


「有効になるのではない。『審査が終わるまで、執行を停止できない』という抜け道だ」


 セラが黒い原簿を閉じた。


「つまり、断環会は契約そのものの正当性を証明する必要がない。執行後に争えばいいと考えている」


「その間に、王都の行政と司法を奪う」


 ノアが剣の柄に手をかけた。


「それを許せば、断環会が王都の全てを支配することになる」


 その時、地下保管庫の壁面に黒い紋章が浮かび上がった。


 円環を断ち切るように刻まれた、三本の黒線。


 《断環認証》が起動したのだ。


『第一債権者、ユウマ・カガミに告げる』


 低く響く声に、悠真たちは一斉に振り向いた。


『貴殿は制度の再構築を宣言した。しかし、再構築された制度は、旧契約の債務を継承している』


「レオニス・ヴァルガ……」


 エドガーが名前を呟いた。


 黒い紋章の前に、映像が浮かび上がる。


 映っていたのは、黒い外套をまとった男だった。鋭い目つきと整えられた銀髪。法廷で見た時よりも、その姿ははるかに威圧的だった。


『王都はすでに、我々の担保である。貴殿が何を公開しようと、誰に権限を分散しようと、その事実は変わらない』


 悠真は黙って映像を見返した。


「王都は物じゃない。誰か一人が所有できるものではない」


『正論だな。だが、契約は正論で消えない』


 レオニスは一枚の黒い証書を掲げた。


『契約に定められた返済期限は、今夜。返済額は、王都全域の未解決債務一二八万四六〇三件を含む、総額二十三億七千万金貨』


 ザックが息を呑んだ。


「二十三億……? そんな金、王都中の財産を集めても――」


『返済不能と判断した場合、担保契約は自動的に執行される』


 映像の背後で、王都の地図が黒く染まり始めた。


『中央裁判所、王宮、財務局、各行政区の認証所。これら全てを断環会の管理下に置く。市民の記録端末も例外ではない』


 悠真の表情が変わった。


「オープン・レジャーまで奪うつもりか」


『奪う? 違うな。我々は、契約に基づいて回収するだけだ』


 レオニスは冷たい笑みを浮かべた。


『貴殿が市民へ配ったのは、自由ではない。返済義務を持つ一億件以上の記録だ。彼らは自らの債務を知った。ならば、その返済先も受け入れるべきだろう』


 セラが一歩前へ出た。


「その契約は、偽造署名と不正な利息によって成立している。原初契約に照らせば、審査が必要よ」


『審査をしている間にも、契約執行の時刻は迫る』


「だからこそ、執行を止める」


 悠真が認証台から手を離した。


「断環会の担保契約には、債務者の生存権を侵害してはならないという原初契約第一条が適用される。王都の行政権と司法権を一括で奪えば、市民の生存に必要な機能が停止する。契約違反だ」


 レオニスの目が細くなった。


『その第一条を公開したのは、貴殿自身だろう。ならば、なぜ今まで断環会が執行できると思う?』


「契約の対象が、王都そのものだからだ」


 悠真は地下保管庫に刻まれた古い文字列を見つめた。


「王都は共同体じゃない。王都に住む人間の集合体だ。行政権も司法権も、土地に付属する財産ではなく、市民が一時的に委任している権限にすぎない」


 エドガーが息を呑んだ。


「まさか……」


「担保にされたのは王都ではない。王都を所有できると思い込んだ、旧評議会の権限だけだ」


 悠真は認証台へ再び手を伸ばした。


「権限を市民へ返す。担保に入っていたものが、すでに存在しないなら――」


 画面に新たな表示が浮かび上がる。


```text

契約対象の再照合を開始。


担保対象:《王都行政権》《王都司法権》


現在の保有者:旧王都財務評議会

現在の認証状態:失効


共同署名制度への移行:完了


判定:

担保対象の所有権を確認できません。

```


 黒い紋章が激しく明滅した。


『小細工を……!』


 初めて、レオニスの声に怒りが混じった。


「小細工じゃない。制度の再構築だ」


『ならば、貴殿の新制度そのものを債務として扱うまでだ』


 レオニスが黒い証書を破る。


 紙片が地面へ落ちる前に、無数の黒い線へと変わった。それらは地下保管庫の壁を走り、王都各所へ伸びていく。


```text

断環会・強制回収手順を開始。


対象:共同署名制度

回収方法:署名者個人への債務転嫁

対象人数:16村代表者 48名

```


 ザックの端末が赤く染まった。


「俺たちの署名を、個人保証に切り替えたのか!」


「共同体の契約を壊して、代表者を一人ずつ潰すつもりね」


 セラが叫ぶ。


 直後、王都各区から悲鳴が上がった。


 十六村の代表者たちが持つ端末に、同じ通知が表示されたのだ。


```text

個人保証債務を登録しました。


保証人:共同署名者

請求開始まで:30分

```


 悠真は拳を握った。


 断環会は、制度の中心を直接攻撃するのではなく、それを支える人間たちを債務者へ変えようとしていた。


 レオニスの映像が再び現れる。


『第一債権者よ。貴殿が望んだ分散とは、責任の分散でもある。仲間を救いたければ、王都存続担保契約を正式に引き受けろ』


 映像の下に、二つの選択肢が表示された。


```text

選択肢A:

王都存続担保契約を第一債権者が単独継承する。


選択肢B:

共同署名者48名へ個人債務を分配する。

```


 ノアが首を振った。


「選ぶな。どちらも罠だ」


 エドガーも険しい顔をしている。


「Aを選べば、お前一人に二十三億金貨の債務が集まる。Bなら、共同署名制度そのものが破壊される」


 悠真は二つの選択肢を見つめた。


 かつての自分なら、全てを消去していたかもしれない。


 制度を壊し、権限を捨て、記憶さえ封じた。


 だが今は違う。


 彼の背後には、記録を守るために立ち上がった十六村の人々がいる。


 悠真は認証台に手を置き、第三の命令を入力した。


```text

選択肢を拒否。


契約主体の再審査を要求。


理由:

債務者への一方的な個人転嫁は、

共同体契約および原初契約第一条に違反する。

```


 保管庫全体が大きく揺れた。


『審査権限は、我々が保有している』


「違う」


 悠真は顔を上げた。


「審査権限を、誰か一人が保有すること自体が、旧制度の過ちだった」


 彼の指先から金色の光が広がる。


「この契約を審査するのは、王都の市民全員だ」


 新たな表示が、王都全域の端末へ同時に送信された。


```text

緊急共同審査を開始します。


議題:

《王都存続担保契約》の有効性


投票資格:

王都および十六村の全居住者


投票時間:30分

必要条件:有権者の過半数による承認

```


 レオニスの映像が大きく乱れた。


『市民投票だと? 契約を素人の判断に委ねるつもりか!』


「契約の利益を受けるのも、損害を受けるのも市民だ」


 悠真は静かに言った。


「なら、最後に決める権利も市民にある」


 王都のあちこちで、端末の前に人々が集まり始めた。


 商人、農民、職人、兵士、貴族、孤児院の子供たち。


 誰もが初めて、自分自身の意思で国家契約に触れていた。


 その時、地下保管庫の奥から、聞き慣れない警告音が響いた。


```text

未知の署名を検出。


投票網へ不正アクセスを確認。


侵入者:白鷺局・残存部隊

```


 悠真は目を見開いた。


「まだ終わっていない……」


 セラが短剣を抜く。


「断環会だけじゃない。グラウゼの残党も、投票を潰しに来る」


 エドガーが黒い原簿を抱え直した。


「時間は?」


 端末に残り時間が表示される。


```text

共同審査終了まで:29分52秒

保管庫封鎖まで:17分

```


 悠真は仲間たちを見渡した。


「セラ、保管庫を守ってくれ。エドガーは原初契約との照合を。ザックは十六村へ連絡して、投票を妨害する記録を全て保存しろ」


「お前は?」


 ノアが尋ねる。


 悠真は、王都の中心部へ続く階段を見上げた。


「投票網の中に入る。白鷺局の侵入者を止める」


 そして、静かに拳を握った。


「今度は、誰にも記録を奪わせない」


 王都存続をめぐる市民投票が始まった。


 残り時間は、二十九分。


 その裏側で、断環会と白鷺局による最後の妨害工作が動き出した。

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