王都法廷と第一債権者の宣誓
王都中央裁判所の大扉が、重い音を立てて開いた。
左右には白銀の鎧をまとった王都衛兵が並び、その奥には財務局、ベルク商会、そして各地の大貴族たちが居並んでいる。
傍聴席には、十六村から派遣された代表者たちの姿もあった。彼らは皆、緊張した面持ちで悠真を見つめている。
法廷の中央に立つ悠真の両手には、黒い拘束具が嵌められていた。
それはただの手枷ではない。
契約魔法によって、装着者の財産、権利、そして発言記録を一時的に国家へ接続する《王都証言環》だった。
「被告、ユウマ・カガミ」
高壇上の裁判官が、冷たい声で告げる。
「貴殿は、国家承認制度である《広域債権統合網》の管理者権限を無断で解除し、十六村および周辺地域における債務記録を大規模に改変した。その結果、王都財務局、ベルク商会、ならびに複数の融資機関に甚大な損害を与えた」
法廷内がざわめいた。
「さらに、原初契約の公開によって国家契約を失効させ、返済義務を一方的に無効化した疑いもある」
裁判官が木槌を鳴らす。
「以上により、貴殿を国家契約反逆罪、債権網破壊罪、ならびに公的資産損壊罪により審理する」
悠真は黙って裁判官を見返した。
その隣では、セラが証人席に立っている。
彼女の手には、原初契約の複製書が握られていた。
ノアは傍聴席の最後列に座り、腕を組んだまま法廷全体を観察している。彼の視線は、裁判官よりもむしろ財務局の役人たちに向けられていた。
「異議があります」
声を上げたのは、アルベルト・グラウゼだった。
財務総監は、法廷脇に設けられた国家側の席から悠然と立ち上がる。豪奢な黒衣の胸元には、王都財務局の金章が輝いていた。
「被告は自ら制度の設計者であることを認めている。つまり、制度上の損害に対する最終責任は、当然ながら彼に帰属する」
「グラウゼ総監」
セラが鋭く言った。
「原初契約には、管理者が債務者の生存権を侵害してはならないと明記されています。あなた方が行った債務の恒久化こそ、契約違反ではありませんか」
「古い契約書の一文を、国家制度全体に適用するつもりかね?」
「古いかどうかは問題ではありません」
セラは複製書を開いた。
「十六村の代表者全員が署名し、制度設計者本人が立会人として記録されている。これは制度の根幹を定めた最上位契約です」
グラウゼの目が細くなった。
「しかし、その原本はすでに公開され、保管庫の管理者権限も失われている。正当性を証明する手段はない」
その瞬間、悠真の視界に淡い光が浮かび上がった。
```text
《原初契約閲覧》が反応しました。
対象:王都中央裁判所・契約認証台
照合可能な記録:3件
・原初契約
・財務局接続規約
・第一債権者登録条項
警告:
国家側提出資料に、契約階層の意図的な欠落を確認
```
悠真は法廷中央に据えられた認証台を見た。
そこには、王都の公的契約を読み取るための青い水晶板が埋め込まれている。
「裁判長」
悠真が口を開いた。
「その認証台を使って、原初契約の全文を照合してください」
「被告に発言を許可した覚えはない」
「許可が必要なのは、私の発言ではなく、契約そのものです」
悠真は拘束された手を掲げた。
「私はすでに第一債権者として登録されています。ならば、この法廷の契約認証台は、私を制度の当事者として認識するはずです」
法廷内にどよめきが走る。
裁判官はグラウゼを一瞥した。
「総監、問題はないのか?」
「当然ありません。被告が何を企もうと、認証台が読み取るのは国家が保有する正式記録だけです」
「では、試してください」
悠真は認証台へ歩み寄った。
衛兵が止めようとしたが、裁判官が手で制した。
悠真が水晶板に触れた瞬間、青い光が法廷いっぱいに広がる。
```text
第一債権者認証を開始。
登録名義:ユウマ・カガミ
登録日時:十二年前・冬至
登録権限:制度設計者・最終承認者
契約階層を表示します。
```
空中に、巨大な文字列が浮かび上がった。
一番上に表示されたのは、《原初契約》。
その下に、十六村の共同契約。
さらに下に、救荒融資、商会仲介契約、王都財務局接続規約が続いていく。
グラウゼの表情から、初めて余裕が消えた。
「停止しろ!」
財務局の役人が叫ぶ。
しかし、水晶板は止まらなかった。
```text
契約階層の矛盾を検出。
財務局接続規約:
・原初契約への従属を確認
・債務者の生存権を侵害する条項を無効化
・民間融資への偽装を禁止
判定:
王都財務局による制度上書きは、原初契約違反
```
傍聴席から息を呑む声が漏れた。
ザックが立ち上がる。
「聞いたか! 財務局の規約そのものが、原初契約に従属している!」
別の村代表が叫んだ。
「なら、俺たちの村を担保にした記録は全部無効じゃないか!」
「静粛に!」
裁判官が木槌を叩く。
だが、もう法廷の空気を抑えることはできなかった。
悠真は表示された記録を見つめながら、ひとつの違和感に気づいた。
契約階層の最下層。
そこには、今まで見たことのない項目が存在していた。
```text
未公開補足契約
名称:《設計者継承条項》
登録者:ユウマ・カガミ
実行条件:原初契約が国家により侵害された場合
効果:第一債権者に全管理権限を移行
```
悠真の背筋に、冷たいものが走った。
「……管理権限を移行?」
セラも空中の表示を見上げ、顔を青ざめさせている。
「そんな条項、原本にはありません」
「違う」
悠真は首を振った。
「原本にないんじゃない。原本のさらに下に隠されていたんだ」
グラウゼが叫ぶ。
「その表示は偽造だ! 被告が認証台を汚染している!」
すると、法廷の扉が激しく開かれた。
白鷺局の兵士たちが一斉に侵入し、裁判官の周囲を取り囲む。
先頭に立っていたのは、ノアだった。
「動くな」
ノアが低く告げる。
「この法廷は、すでに国家契約の有効性を審理する場ではない。証拠を消すための封鎖作戦に切り替わった」
グラウゼが怒鳴る。
「ノア! 貴様は誰の命令で動いている!」
「契約の命令だ」
ノアは一枚の黒い札を掲げた。
「《断環会》は、原初契約に基づく独立執行権を行使する。王都財務局による証拠接収、証人拘束、記録削除をすべて停止する」
「そんな権限が存在するはずがない!」
「存在するかどうかは、今から確認すればいい」
ノアが黒札を認証台へ投げた。
黒札は空中で砕け、無数の文字となって広がった。
```text
緊急条項を確認。
発動者:第一債権者ユウマ・カガミ
補助執行者:セラ・エルディア
外部立会人:環状連盟
執行権限:王都全域の契約記録を一時凍結
```
その表示と同時に、王都中の鐘が鳴り響いた。
商会の金庫。
財務局の記録庫。
貴族たちの担保契約。
すべての契約魔法が、一斉に停止していく。
グラウゼは呆然と立ち尽くした。
「馬鹿な……王都全域を凍結するなど、そんな権限を残していたのか……」
悠真は、空中に浮かぶ最後の文言を見つめた。
```text
第一債権者へ告知。
制度を壊すのではない。
制度を誰のために使うか、選択せよ。
最終判断まで、残り24時間。
```
セラが小さく呟く。
「十二年前のあなたは、ここまで予測していたのね」
「いや……」
悠真は首を横に振った。
「予測していたなら、記憶を封じる必要なんてなかった」
その時、法廷の奥から聞き覚えのある声が響いた。
「そうだ。お前は予測したのではない」
黒い外套の男が、誰にも気づかれぬまま立っていた。
「一度、すべてを見たのだ」
男はフードを外す。
その顔を見た瞬間、セラの表情が凍りついた。
「……あなたは、死んだはずでは?」
男は悠真を見つめ、静かに笑った。
「初めまして、ユウマ・カガミ」
「私は十二年前、お前が最後に登録した債権者だ」
法廷に、再び沈黙が落ちた。
「そして、お前の記憶を封じた本人でもある」




