明日奪われる村と夜明け前の証言
少年が差し出した紙を、悠真はもう一度確認した。
そこには、エンザ村の土地と収穫物をベルク商会が差し押さえるという通告が記されている。
執行予定日は、明日。
「君の名前は?」
「トビです。エンザ村の村長の息子です」
トビは息を整えながら答えた。
「父さんは、ベルク商会の人たちに捕まっています。村の大人たちは、明日の朝までに借金を払えなければ、畑も家も全部取り上げると言われました」
ミナが顔を曇らせる。
「エンザ村には、そんなに大きな借金があるのですか?」
「違います」
トビは強く首を振った。
「父さんが借りたのは銀貨三十枚です。でも、商会が言っている返済額は銀貨百二十枚。そんなに借りた覚えはありません」
悠真は、少年の持ってきた通告書に目を落とした。
そこには、元金、利息、延滞金、運搬費、担保管理費という項目が並んでいた。
しかし、具体的な計算式は書かれていない。
「エンザ村の帳簿や契約書は持ってきた?」
「これだけです」
トビは胸元から、折り畳まれた紙束を取り出した。
「父さんが、誰かに見せるために隠していました。商会の人に見つかったら、捨てられるからって」
悠真は紙束を受け取り、火皿の明かりにかざした。
古い契約書の写し。
返済記録。
穀物の受け渡し票。
そして、ベルク商会の担当者が記した手書きの計算表。
ザックが横から覗き込み、すぐに声を上げた。
「この返済記録、変だ」
「何が?」
「エンザ村は去年の秋に、麦を三十袋納めている。帳簿上は銀貨十八枚分の返済として処理されているが、下の欄を見ると、同じ麦が未納扱いになっている」
「二重計上……」
悠真は計算表を指でなぞった。
「返済した分を消さずに、未納として残している。その未納分に利息と延滞金を加えたのか」
「しかも、ここを見てください」
ザックが紙の端を示した。
「この担当者の印。ラッカ村の架空請求記録にも、同じ印があった」
悠真は目を細めた。
単なる担当者の計算ミスではない。
同じ印を使った記録が、複数の村で見つかっている。
ベルク商会には、村々の返済記録を書き換える専門の担当者がいる。
あるいは、それを指示する部署が存在する。
「エンザ村へ向かいます」
悠真が言った。
バルド村長が驚く。
「明日の執行だぞ。今からでは、夜通し歩いても間に合わんのではないか?」
「旧山道を使えば、朝までに着ける可能性があります」
レムが地図を広げた。
「ラッカ村から南へ抜ける細道があります。途中に崩れた橋がありますが、徒歩なら渡れます」
「だが、傭兵団が監視している」
ガルドが戻ってきた。
彼の服には泥が付着し、手には先ほど拾った金属片が握られている。
「カシュ村へ向かう途中、ベルク商会の倉庫番号が刻まれた紋章を見つけた。奴らは山道に見張りを置いている」
悠真は金属片を受け取った。
紋章の裏には、細かな番号が刻まれていた。
「傭兵団の巡回地点を管理する番号かもしれない」
「それだけではない」
ガルドは険しい表情で続けた。
「カシュ村は、すでに商会の監視下にある。村人たちは誰かに見られていると怯えていた。村長にも会えなかった」
「カシュ村の証拠は?」
「村の外で、若い女が一人、これを渡してきた」
ガルドは懐から小さな布袋を取り出した。
中には、三枚の契約書の断片が入っていた。
「村長に知られないよう、密かに保管していたらしい」
悠真は断片を並べた。
そこには、土地担保契約の一部が記されている。
契約者の名前はカシュ村の村長ではなく、ベルク商会の現地代理人だった。
「村長の同意なしに、村の土地を担保にしている……」
バルド村長が唸った。
「ラッカ村と同じだ」
「いえ」
悠真は契約書の右下にある記号を指した。
「同じというより、同じ契約書の雛形が使われています」
ラッカ村、トルナ村、カシュ村。
そして、エンザ村。
すべての記録に、共通する記号がある。
四つの村を一つの債権番号でまとめた、特殊な管理印。
システムが反応し、悠真の視界に新たな情報が浮かび上がった。
```text
共通債権番号を確認しました。
対象地域:北部交易圏
登録村数:12
担保化済み資産:
・土地
・収穫物
・共同備蓄
・河川使用権
・山道通行権
警告:
複数村の債務が統合されています。
個別返済では契約全体を解除できません。
```
悠真は息を呑んだ。
「十二の村……」
ベルク商会が狙っているのは、個々の村の借金ではない。
村々を一つの巨大な債権にまとめ、土地だけでなく、河川や街道まで支配しようとしている。
もしエンザ村の差し押さえが実行されれば、北部交易圏の重要な農地と物流路が商会の管理下に入る。
ヴォルタとの新しい取引も、いずれ妨害されるだろう。
「エンザ村を救うだけでは不十分です」
悠真は地図を見つめた。
「差し押さえの根拠になっている共通債権そのものを止める必要がある」
ザックが不安そうに尋ねる。
「そんなことが可能なのか?」
「債権を構成している返済記録に、偽造や二重計上があるなら可能です。少なくとも、執行の一時停止を求める根拠にはなる」
「だが、明日の朝には執行が始まる」
ミナが言った。
悠真はエンザ村から来た少年を見た。
「トビ。君は、村に戻れるか?」
「戻ります。父さんを助けたい」
「なら、君には重要な役割がある」
悠真は紙束から、返済記録の一枚を取り出した。
「この記録に記された麦の納入を、実際に見た人を探してほしい。荷車を動かした人、倉庫で数えた人、受け取った人。証言は一人ではなく、できるだけ多く必要です」
「わかりました」
「それから、村人たちに伝えてください。明日の執行に抵抗するため、武器を取る必要はない。家や倉庫の前に、契約書の写しと返済記録を並べておくように」
「そんなことをして、商会が怒ったら……」
「怒らせるのが目的ではありません」
悠真は静かに答えた。
「証拠を隠さず、全員の前に出す。商会が力で押し通そうとすれば、その行為自体が記録されます」
ガルドが頷いた。
「俺とレムがトビを送る」
「私も行きます」
ミナが手を挙げた。
「エンザ村の返済記録を整理し、村人たちに説明します。数字を知らないままでは、また同じことが起こる」
悠真は一瞬考えた。
夜道は危険だ。
しかし、エンザ村の証拠を整理し、村人たちの前で示せる者が必要だった。
「わかりました。ミナ、同行してください」
バルド村長が口を開く。
「では、ラッカ村はどうする? 本店の監査役が明後日には来る」
「ザックに任せます」
悠真はザックを見た。
「トルナ村の証拠と、ラッカ村の記録を照合して、共通債権番号に関する資料を作ってください」
「俺が?」
「あなたは商人です。商会の帳簿が、どう作られているかを知っている」
ザックはしばらく黙っていた。
かつてはベルク商会の取引先として、村人たちから利益を得ていた男だ。
だが今は、自らの帳簿を公開し、商会の不正を暴こうとしている。
「……わかった。俺がやる」
ザックは帳簿を抱え直した。
「今度こそ、全部出す。俺が隠していた取引も含めてな」
夜半過ぎ、悠真、ガルド、ミナ、レム、トビの五人は、エンザ村へ向けて出発した。
ラッカ村の門を出る前、悠真は一度だけ振り返った。
共同備蓄所の明かりが、暗闇の中で小さく揺れている。
その明かりを守るために、彼らは夜道を進んだ。
旧山道に入ってしばらくすると、ガルドが手を上げた。
全員が足を止める。
前方の木々の隙間に、かすかな灯りが見えた。
松明だ。
ひとつ、ふたつ。
やがて、道を塞ぐように五人の男たちが姿を現した。
胸元には、山道の傭兵団の紋章。
「ラッカ村の者だな」
先頭の男が剣に手を掛けた。
「その少年を置いていけ。エンザ村の問題に、外の者が口を出すな」
トビが震える。
ガルドが一歩前に出た。
「通すつもりはないらしいな」
男たちが武器を抜く。
しかし、悠真は剣ではなく、一枚の紙を取り出した。
「あなたたちは、ベルク商会から正式な通行許可を受けて、ここにいるのですか?」
傭兵たちの動きが止まった。
「何を言っている?」
「この山道は、誰の所有ですか? あなたたちが村人の通行を止める法的な根拠は?」
悠真は紙を掲げた。
それは、ヴォルタの商館長から受け取った取引証明書だった。
「この道を封鎖するなら、誰の命令で、どの権限に基づいて行ったのかを記録します。港街ヴォルタの商館が、その記録を正式に受け取ることになります」
傭兵たちは顔を見合わせた。
武力行使の命令書がない場合、彼らが単なる私兵として道を封鎖していることになる。
さらに、ヴォルタの商館に知られれば、ベルク商会との関係が明るみに出る。
「脅しのつもりか?」
「記録するだけです」
悠真は答えた。
「あなたたちが道を塞いだこと。エンザ村の少年を連れ戻そうとしたこと。そして、ベルク商会の指示を受けていたこと。そのすべてを」
先頭の男は剣の柄を握りしめた。
だが、すぐには抜かなかった。
その隙に、ガルドが道の脇を指した。
「右側が空いている」
レムが先に走り、ミナとトビが続く。
ガルドが最後尾に残り、傭兵たちを牽制した。
悠真は彼らの視線を受けながら、ゆっくりと後退する。
傭兵たちは追ってこなかった。
山道を抜けた後、トビが振り返る。
「どうして戦わなかったんですか?」
「戦えば、相手の得意な場所で戦うことになるからです」
悠真は答えた。
「彼らは武器を持っている。でも、命令書も、正当な権限もない。なら、こちらは記録と証言で動きを縛る」
夜明け前、エンザ村の灯りが見えた。
村の入口には、すでにベルク商会の荷車が三台並んでいる。
武装した男たちが、村人を倉庫の前に集めていた。
その中心には、黒い外套をまとった男が立っている。
「ベルク商会の執行担当です」
トビが震える声で言った。
「父さんも、あそこにいます」
エンザ村の村長は、両手を縛られて地面に座らされていた。
黒い外套の男が、村人たちに向かって声を張り上げる。
「日の出と同時に、契約に基づく差し押さえを開始する! 抵抗する者は、商会への妨害行為とみなす!」
悠真は村の入口で足を止めた。
朝まで、残された時間はわずかだった。
しかし、彼の視界には新たな表示が浮かび上がっていた。
```text
緊急クエスト発生
『夜明けの差し押さえを止めよ』
達成条件:
・エンザ村の執行根拠を無効化する
・村長を含む証人3名以上を確保する
・共通債権番号の不正を立証する
失敗条件:
・エンザ村の土地または共同倉庫が差し押さえられる
・証拠資料が破棄される
制限時間:日の出まで
```
悠真は、村の人々とベルク商会の執行担当を見渡した。
ここで失敗すれば、エンザ村だけでなく、残る八つの村も同じ運命を辿る。
「ミナ、証拠の整理をお願いします」
「はい」
「ガルドは村長を。レムとトビは、返済を証言できる人を探して」
「悠真さんは?」
ミナが尋ねた。
悠真は、ベルク商会の執行担当へ向かって歩き出した。
「彼らに、差し押さえの根拠を説明してもらいます」
空の端が、わずかに白み始めていた。
エンザ村の夜明けは、すぐそこまで迫っていた。
名前:トビ
年齢:12歳
種族:人族
職業:エンザ村・村長の息子/見習い記録係
レベル:4
体力:D
筋力:E
敏捷:B
魔力:E
知力:C+
交渉力:D
商才:C
戦闘力:E
固有スキル:《記憶記録》
称号:《夜明けを告げる証言者》
所持金:銅貨18枚




