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共同証拠網と最初の告発者

 ベルク商会の一行が去った翌朝、ラッカ村の広場には、いつもより多くの人が集まっていた。


 悠真は、古い木箱を机代わりにして、地図を広げている。


 地図の上には、レムが見つけた運搬記録に記されていた村々の名前が書き込まれていた。


「まずは、この三つの村に協力を求めます」


 悠真が指したのは、ラッカ村の北にあるトルナ村、東の麦作村エンザ、そして山道の入口にあるカシュ村だった。


「この三村は、ベルク商会から物資を仕入れている。それに、運搬記録に不自然な請求が残っている」


 ザックが記録をめくりながら補足する。


「トルナ村には、実際には届いていない塩が二十袋。エンザ村には、収穫前に徴収された前払い金。カシュ村には、村長が知らない土地担保の記録がある」


「ラッカ村と同じだな」


 ガルドが腕を組んだ。


「同じ手口を、村ごとに繰り返している」


 バルド村長は、しばらく地図を見つめていた。


「だが、協力を頼めば、ベルク商会の報復を招く。どの村も、簡単には首を縦に振らんだろう」


「だからこそ、まずは武力ではなく証拠を届けます」


 悠真は三つの封筒を取り出した。


 中には、ラッカ村で確認された不正の一覧と、公開された帳簿の写しが入っている。


「ベルク商会を告発しろとは言いません。ただ、自分たちの契約を確認してほしいと伝える。判断するのは、それぞれの村です」


「俺が行く」


 ガルドがすぐに名乗り出た。


「村を空けることになるぞ」


 バルドが注意すると、ガルドは槍を握り直した。


「一つの村を守るだけでは、いずれ囲まれる。ならば、囲まれないようにする」


 悠真は頷いた。


「ガルドはカシュ村へ。山道の警備状況も確認してください」


「わかった」


「私はトルナ村へ向かいます」


 ザックが続けた。


「商人同士でなければ聞き出せない話もあるでしょう。エンザ村には、私が行きます」


「では、俺は?」


 レムが身を乗り出した。


「君には、ミナと一緒に村で情報をまとめてもらう。ラッカ村を空にするわけにはいかないから」


 レムは少し残念そうな顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。


「わかりました。戻ってきた人たちの話を、全部記録します」


「頼む」


 こうして、三組の調査隊が村を出発した。


 悠真がトルナ村へ着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 村の入口には、痩せた農夫たちが集まり、警戒するようにこちらを見ている。


「ラッカ村の者か」


 年配の男が尋ねた。


「はい。私は悠真といいます。ベルク商会との契約について、確認したいことがあります」


 その瞬間、村人たちの表情が硬くなった。


「帰ってくれ。うちは商会と揉めるつもりはない」


「揉めろとは言っていません。契約を確認するだけです」


「確認したところで、借金が消えるわけではない!」


 男の声に、周囲の村人たちが黙り込む。


 悠真は、怒鳴り返さなかった。


「消えるかどうかは、確認してから判断すべきです。ラッカ村でも、存在しない運搬費や、契約に書かれていない利息が請求されていました」


 悠真は封筒から帳簿の写しを取り出した。


「もしトルナ村にも同じ問題があるなら、確認しないまま支払う方が危険です」


 年配の男は紙を受け取り、しばらく目を通した。


 その手が、わずかに震えた。


「……塩の運搬費」


「何か心当たりがありますか?」


「去年、塩は予定より少ない量しか届かなかった。それなのに、請求書には二十袋分と書かれていた」


 男は、背後の倉庫を振り返った。


「だが、村の帳簿には、確かに二十袋と記録されている」


「実際に届いた量を覚えている人は?」


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて、一人の女性が手を挙げた。


「私が数えました。届いたのは十二袋です」


 周囲がざわめく。


「なぜ今まで黙っていた?」


「言っても、誰も信じてくれなかった。商会の帳簿の方が正しいと言われたから」


 悠真は女性の証言を記録した。


「この証言は、正式な帳簿と照合する必要があります。もし事実なら、八袋分が架空請求されたことになる」


 すると、別の村人が駆け込んできた。


「村長! 倉庫の奥から、去年の荷札が見つかった!」


 手渡された荷札には、確かに「塩十二袋」と記されていた。


 村の帳簿にある二十袋という数字とは一致しない。


 年配の男は、深く息を吐いた。


「……わしはトルナ村の村長、オルドだ。ラッカ村の話を聞かせてくれ」


 その夜、トルナ村の集会所で、契約書と帳簿の確認が始まった。


 調べるほどに、同じような不自然な記録が見つかっていく。


 架空の運搬費。


 説明のない更新料。


 返済済みのはずの借金に加算された延滞金。


 そして、村長が知らないうちに作成された土地担保契約の写し。


 オルド村長は、すべての資料を前にして呟いた。


「これが本当なら、うちは何年も余分に金を払わされていたことになる」


「トルナ村だけではありません」


 悠真はラッカ村の資料を並べた。


「ベルク商会は、村ごとに同じ手口を使っている可能性があります」


「ならば、我々も証拠を出そう」


 オルド村長は決意したように顔を上げた。


「ただし、条件がある」


「何でしょう?」


「ラッカ村だけが矢面に立つのは認められん。三つ以上の村が揃うなら、トルナ村も共同交渉に加わる」


「もちろんです」


 悠真が答えた直後、視界に青白い表示が浮かび上がった。


```text

クエスト『共同証拠網を構築せよ』


進捗更新:

・被害を受けた村:1/3

・契約記録の収集:開始

・共同交渉への参加表明:1村


新たな情報を獲得しました。


ベルク商会の帳簿には、

複数村にまたがる「共通債権番号」が存在します。

```


 悠真は表示された番号を見て、眉をひそめた。


「共通債権番号……?」


 ザックがいれば、すぐに意味を推測できただろう。


 しかし、トルナ村の帳簿にも、ラッカ村の記録と同じ番号が記されていた。


 個人の借金ではない。


 村ごとの契約でもない。


 複数の村から徴収した債務を、ひとつの大きな債権としてまとめて管理している。


 つまり、ベルク商会は村々の債務を一括して売買、あるいは担保として利用している可能性があった。


「この番号を、商会本店が管理しているとしたら……」


 悠真は言葉を失った。


 問題の中心は、クロウではない。


 彼の背後にある本店の帳簿そのものだ。


 その頃、カシュ村へ向かったガルドは、山道の途中で足を止めていた。


 道の脇に、見覚えのある金属片が落ちている。


 山道の傭兵団の紋章。


 だが今回は、それだけではなかった。


 金属片の裏側には、ベルク商会の倉庫番号が刻まれていた。


 ガルドは険しい顔で、山の向こうを見つめた。


「商会と傭兵団が、直接つながっている……?」


 その夜、ラッカ村に戻ったミナのもとへ、二つの知らせが届いた。


 一つは、トルナ村が共同交渉への参加を決めたこと。


 もう一つは、ベルク商会本店からの正式な通達だった。


```text

ベルク商会本店より通告


ラッカ村に対する監査を実施する。


監査責任者:

本店監査役 セドリック・ヴァーン


到着予定:明後日


監査対象:

・村所有資産

・全住民の債務

・共同備蓄

・外部商人との取引記録

```


 悠真は通達を読み終えると、静かに拳を握った。


 監査役は、単なる帳簿係ではない。


 村の資産を調べ、共同備蓄まで差し押さえる権限を持つ者だ。


 しかも、到着は明後日。


 それまでに、あと二つの村から証拠と参加表明を得なければならない。


 バルド村長が尋ねた。


「間に合うのか?」


 悠真は地図を見つめた。


「間に合わせます」


 だが、その声が響いた直後、村の北門から警鐘が鳴り響いた。


 ガルドが戻ったのかと思い、全員が門へ駆けつける。


 そこに立っていたのは、見知らぬ少年だった。


 少年は泥だらけの服で息を切らし、震える手で一枚の紙を差し出した。


「助けてください……」


 紙には、村の名前と、土地を奪われる日付が書かれていた。


「僕の村も、ベルク商会に……」


 悠真は紙を受け取った。


 そこに記されていた村の名は、エンザ村だった。


 そして、その執行予定日は――明日だった。

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