俺の飼い主
俺が生まれ育ったところは、一日中薄暗くて埃っぽい街の片隅だった。そこには俺みたいな奴が大勢いて、みんなで寄り添いながら生きていた。
ある日、見たことがない大きな人たちが何人もやって来た。大人たちや一部の子どもたちは逃げることができたものの、俺を含めた十数人はあっという間に捕まってしまった。
そうして連れて行かれたのが施設だった。施設の噂は聞いていた。捕まってそこに入れられたら二度と街には戻って来られない。物心ついたときからそう聞かされていたから怖い場所なんだと思っていた。でも、違っていた。
施設は街よりずっと綺麗な場所で、しかもおいしいご飯まで食べられる。風呂にも入ることができた。何度もやる検査は鬱陶しかったけど生きてきた場所よりずっとマシだった。俺はそこで何年も過ごすことになった。
「きみがリュウノスケ?」
初めてルルスに会ったとき、俺は真っ白で綺麗な顔にびっくりした。そして俺よりずっと大きな体に二度びっくりした。
その日からルルスは毎日俺に会いに来た。おもしろくなんてないはずなのに、俺の話をニコニコしながら聞いてくれた。会って二回目には「この人が俺の飼い主になってくれたらいいのに」なんて思った。
(あのときは、まさか本当に飼い主になるなんて思いもしなかった)
それまでにも俺に会いに来た人はいた。でも大抵は一回だけで、二回目があっても三回会いに来てくれる人はいなかった。ところがルルスは三回目も四回目も来た。そして七回目のとき、正式に飼い主になった。
(あのときもだったけど、ルルスってめちゃくちゃ心配性だよな)
だから俺を可愛がらなかった、なんて誰が想像できただろう。いまも「本当に怖くない?」なんて眉尻を下げながら俺の様子を窺っている。
「おまえを怖いなんて思ったことは一度もねぇよ」
「でも、可愛がるとなったら……」
でかい体を小さくしながらモジモジしている。その気になれば俺なんて簡単に放り投げられるくらい強いのに、ルルスは心配性で優しくて、それに繊細だった。俺はそんなルルスが大好きだ。
だからルルスに心配はかけたくない。そう思ってルルスには絶対に嘘をつかないと決めていた。
「俺は嘘は言わない。おまえのこと怖いなんて思わない。この家に来たとき約束したの忘れたのかよ?」
そう言うとルルスの白い肌が虹色に光った。感情で肌が光ることがあると聞いていたから、そういう姿を見ても怖いと思ったことはない。それよりも不安そうな顔でキョロキョロと目を動かしていることが気になった。叱られた子どもみたいな表情に、本当に俺より三十年以上も長く生きているのかよと笑いたくなる。
(たしかにルルスと俺は違う。だからって怖いなんて思ったことは一度もない)
俺は“地球種”と呼ばれる生き物だ。昔は地球という星の固有種だったらしいが、地球がぶっ壊れてからは十以上の銀河系に散らばって生き延びているらしい。しかもあちこちで爆発的に繁殖するから害虫みたいな扱いを受けていると聞いた。いわゆる嫌われものの種族ってやつだ。
そんな地球種の俺をルルスは好きだと言ってくれた。毎日たくさん話をして、何かするたびに褒めてくれる。大きな体で優しく抱きしめてもくれた。一緒に暮らすようになって、俺はルルスのことがますます好きになった。
キョロキョロしながらモジモジしていたルルスが俺を見た。そうかと思えばいつもより少しだけキリッとした顔になる。
「可愛がる前に、リュウノスケに話しておきたいことがある」
「なんだよ」
改まってそんなことを言われるとドキッとする。
「じつは僕、リュウノスケに隠していたことがあるんだ」
神妙な表情と声に嫌な想像が頭をよぎった。心臓が嫌な感じにドクドクする。
「怖がらせたくなくて黙ってたんだけど、でも隠したままじゃいけないと思って……」
「だからなんだよ」
「冷静に聞いてほしい……というか見てほしい。それで、怖がらないでほしいんだけど」
「いいからさっさと言えって」
「僕……じつは腕があと四本あるんだ。腕っていうか、見た目は触手なんだけど……」
「……は?」
強張っていた体から一気に力が抜けた。
(なんだ、そんなことか)
てっきり「リュウノスケ以外に保護したい地球種ができたんだ」なんてことを言われるのかと思って身構えてしまった。
(だから俺を可愛がってくれないのかと思ってたけど、違ったのか)
「なんだ」とつぶやくと、ルルスが「リュウノスケ?」と不安そうな顔で見る。
「なんでもねぇよ」
「本当に?」
黒目が小さくなったり大きくなったりしている。初めて黒目の大きさが変わるのを見たときはギョッとした。でも、すぐに慣れた。だってルルスの目だ。驚きはしたけど怖いとは思わない。大きくなったときに夜空のように光るのが綺麗だなとずっと思っていたくらいだ。
「マジでなんでもねぇって」
どうせならもっと早く言ってほしかった。それならこんなに不安になったりしなかったのにと、悩んでいたことが馬鹿らしくなってくる。
(ルルスに腕が六本あるくらい、どうってことない)
そもそも手足が何本もある奴なんて小さいときから見慣れている。巨大な蛇の体になる奴も、額や背中に角が生えている奴も見たことがあった。むしろ俺たちのような体をしている種族のほうが珍しいくらいだ。
ルルスはそんな俺たちに近い姿をしている。体は大きいものの手足は二本ずつで頭は一つ、目が二つに鼻と口も一つずつだし耳も髪の毛もある。顔はとんでもないくらい整っていて、これまで何度も見惚れることがあった。そこに腕が四本加わったくらい、どうってことはない。
「リュウノスケが怖がるんじゃないかと思って、ずっと言えなかった。でも、可愛がるときは隠したままではいられないだろうし……腕が六本なんて、地球種から見たら気味が悪いでしょ? だからどうしても言い出せなくて……って、なんで笑ってるの?」
大きな体を屈め、不安そうな顔で話しているルルスを見ているうちに段々とおかしくなってきた。笑ったら悪いと思って我慢していたけど、頬がひくついているのが自分でもわかる。それなのにルルスが眉を下げたまま「大丈夫?」なんて心配そうな顔をするから、ついに吹き出してしまった。
「ぷっ、ぷはっ、ははははっ。悪ぃ、そんなこと、いまさらって、はははっ。何気にしてんだって思ったら、おかしくて、あははははっ」
「怖がられなかったのはよかったけど、どうしてそんなに笑うんだろう」
「だって、ここはそういう奴らばかりが住んでるだろ? 俺みたいな見た目のほうが変わってるってのに、そんなこと気にしてたのかって思ったらさ」
目尻を拭いながら「ルルス」と名前を呼んだ。「心配するなって」と言いながら両手で頬を包み込む。
「腕が六本だろうが十本だろうが、おまえはおまえだろ? 俺は見た目でルルスを好きになったんじゃねぇよ。あっ、もちろんかっこいい顔とか渋い声とか好きだけど、おまえだから好きになったんだって」
「そ、そっか」
「だから、そんなこと気にしないで俺を可愛がれよ」
そう言って頬にチュッとキスをしてから抱きしめた。触れた大きな背中がモゴモゴと動いている。もしかして、これが残り四本の腕なんだろうか。そんなことを思いながらうねる背中を撫でていると、ルルスが「フーッ」と大きく息を吐いた。
「ルルス?」
「怖がられていないたとわかってホッとした。ついでに、いまのキスでもう我慢は無理だって痛感した」
「だから我慢なんかする必要ないって言ってんだろ?」
「そうやって僕を煽って大変な思いをするのはリュウノスケだからね?」
「おう、受けて立つよ」
見上げながらニヤリと笑うと、惚れ惚れするような男前の顔をしたルルスに「リュウノスケ、好きだよ」と唇にキスをされた。
(あ、目が……)
一瞬見えたルルスの目はいつもと違っていて全部が真っ黒になっていた。たしかに俺の目とは全然違う。でも怖くはない。
「俺、ルルスのこと本当に好きだから」
キスの合間にそう囁いたら、手に当たっていた背中のモゴモゴしたものがビクンと大きく震えた。それがルルスの気持ちを表しているような気がして、「ほかの手も好きになれると思う」と囁いた。
・ ・
そんなわけで、俺はやっと飼い主ルルスに可愛がってもらえるようになった。同時にルルスの体についていろいろ教えてもらっている最中だ。
(見た目もだけど、俺たちとはマジで違うんだなぁ)
四本の触手のうち一本は生殖機能を持っているらしく、股間についている地球種そっくりな形のものはただの飾りらしい。しかも最近できた触手だと聞いた。
「触手って急に増えたりするものなのか?」
股間の触手を見ながらそう聞いたけど、なぜかルルスは「これはいろいろあって」とゴニョゴニョするばかりで詳しくは教えてくれない。
(まぁ、たしかに初めて見たらギョッとするかもしれないけどさ)
でも、全部ルルスの体だ。気持ち悪いとか怖いとか思ったりはしない。逆に自分とは違う体に興味が湧いた。そういえばルルスも俺たちに興味が湧いて地球種の勉強をしたと言っていた。
俺は自分が住んでいるこの星のことを何も知らない。そういうことを教えてくれる場所も人もいなかった。というより星のことなんて考えたこともなかった。毎日生きていくのに精一杯でそれどころじゃなかった。
でも、ルルスと暮らすようになっていろんなことが気になるようになった。ルルスの体を見て、もっといろんなことを知りたいと思うようになった。
(……俺も勉強しようかな)
そうすればルルスのことがもっとわかるはず。勉強して、ルルスのことをもっと知りたい。
(ルルスの目は真っ黒だけど体は真っ白だ。触手も真っ白だった。見た目は地球種に似てるけど細かいところは違ってるみたいだし)
一番気になるのはやっぱり触手だ。二本の手と違って全体的につるっとしていて、腕というより磨いた石みたいにスベスベしている。それなのにちゃんと柔らかい。しかもモチッとしていて、ちょっとだけおいしそうだな、なんて思ってしまった。
(でも、結局どの触手が生殖用かは教えてくれなかった)
生殖用と聞くと自分の股間についているものが頭に浮かぶ。いままで使ったことはないものの自分でいじったことはある。ルルスもそういうことをしているのかと思うとなんだか興奮してきた。
(触手を抱きしめながら寝るのめちゃくちゃ気持ちいいけど、あの中のどれかは俺の股間のと同じなんだよな……)
そう思ったら急に恥ずかしくなってきた。とんでもないことをしているような気がして、ベッドの上でうつ伏せになったまま「うわー」と手足をバタバタさせる。
「リュウノスケ、ご飯できたよ」
ドアからひょいっと現れたルルスに「ぅわっ」と飛び跳ねた。「どうかした?」と心配そうな顔に慌てて「な、なんでもない」と答える。
「それならいいんだけど」
ニコッと笑ったルルスは相変わらず綺麗だ。前から綺麗な顔だとは思っていたけど、毎日触手で全身を撫でられるようになってから、ますますそう思うようになった。それにルルスを見るだけで顔が熱くなる。顔どころか胸や腹まで熱くなることもあった。
「もしかしてお腹空きすぎて起き上がれない? 抱っこして運んであげようか?」
「いい、大丈夫。……あのさ、もしかしなくても俺のこと貧弱だと思ってないか?」
「えっ?」
「俺が弱く見えるから心配してんのかと思って」
「そんなことないよ。地球種の中では体つきもしっかりしているし、骨も筋肉も理想的だと思う」
ベッドのそばに立ったルルスを見る。思い切り見上げないと綺麗な顔が見えない。
「そうは言っても、ルルスと比べるとなぁ」
まるで大人と子どもみたいだ。
「僕はいまのままのリュウノスケで十分可愛いと思うけどな」
綺麗なルルスの顔がほんの少し赤くなっている。それがすごく綺麗で思わず見惚れてしまった。
「リュウノスケ?」
「えっ? あっ、そ、そっか」
「やっぱりどこか具合が悪いんじゃ……」
「だから違うって」
見惚れていたのを誤魔化すようにニカッと笑い、ベッドから下りた。すぐにルルスの手が腰に回る。背中を支えるように触手の一本がニュッと伸びてくるのが見えた。
「さぁ、ご飯を食べよう。今朝はリュウノスケの好きなチキン南蛮のサンドイッチと、一晩つけた蜂蜜レモンで作ったソーダ割りもあるからね」
「おっ、うまそう。っていうか朝から豪華だな」
「リュウノスケにはたくさん食べてもらわないとね」
「俺もう成長期じゃねぇからな?」
「わかってるよ。でも、いまからしっかり食べたほうがいい。体力つけないと僕の可愛がりに耐えられないだろうから」
「ん? 何か言ったか?」
声が小さくて最後のほうが聞き取れなかった。聞き返したものの「なんでもないよ」と笑うルルスはやっぱり綺麗だ。
(飼い主がルルスでよかった)
優しくて繊細で、俺のことをいつも大事にしてくれるルルス。俺もルルスのことを大事にしたいと思っている。背中に触れている触手がモゾモゾと動くのをくすぐったく思いながら、ルルスと一緒にリビングダイニングへと向かった。




