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第六話

 今一歩にまで迫った借金の完済に浮き足立っていたのは確かだ。ここでヘマをしたのはオレのミス、誰のせいにもできない。数日前ミナカタの事務所にいた警察関係者は、詐欺事件解決のためと言ってオレに意見を求めた。危険な団体の取り締まりには見分け方が必要で、間違えて踏み込んだときにみんなただの変わり者ということがよくある。そういう連中が多いから悪人もそういう顔をしているわけで、向こうの方が一つ賢いなあという感じだ。正直に言うと全体が自分たちで思っているよりアホなのでさほど賢くなくてもだませてしまう、というアホらしい構図だ。これをワイドショーは「巧妙な手口」と称して自分たちのことを棚に上げる。こいつらも同じらしい。


 まあオレは一目でそういうのを見分けられる。正確には「本物」「偽物」「アホ」の特徴を知っているのでだいたいこう思っていればいい、とわかる。偽物とアホの違いは?と聞かれたので「偉そうな肩書きがあって実績がデータだけならまず偽物」と言っておいた。アホはただ集まっているだけなのでハッタリの出来が悪く、さすがにそれくらいは普通のヤツでもその気になれば見分けられる。礼を言って帰った警察関係者に、もう一つ教えないといけなかった。これは偽物とアホを見分ける手段なので、「本物」はどちらかに混同される。オレは本物なので警察に疑われている。腕がいいのに裏の仕事ばかりしてるから、とミナカタがたしなめてきたが、アホと一緒にされるだろう!と怒りたくなった。しかしこれは警察関係者に情報を与え忘れたオレのミス、他人のせいにはできない。怒りをかみ殺していらだつしかなかった。それもこれもあのバカ警官のせいだ。


 警察なんて連中はその気になったら何も調べずに疑ってくると以前経験した。だから怪しまれているうちは下手に仕事ができず、現場に行けない。現場以外の仕事はそもそもできないのでこちらの仕事がなく、本業のフリーライターの仕事しかない。本業で足りるなら副業をしているわけもなく、ジリ貧になっていく。ちくしょう!取り締まり強化月間は来週までだ、ミナカタ!メシをおごれ!と「悲しい気持ち」の電源を切って叫んでいると、ミナカタから提案があった。オフィシャルの仕事をしたらどうか、とのこと。


 もちろん国内の警察にはないシステムだが、国外と連携を取るときに超常的な能力の持ち主に意見を求める担当官がいる。現場が日本国内なら日本在住の魔導師が招聘され、霊能協会みたいな怪しい場所は通さない。依頼主はもっと強い組織とつながっている場合が多く、個人委託。ミナカタがツテをたどれば、仕事くらいはもらえるらしい。なぜそういう仕事を普段はしていないかというと、「いつもしてたら怖いじゃないか」と、超常現象の専門家とは思えない答えが返ってきた。しかし致し方ない、この業界は超常現象とはまったく関係ない連中が幅を利かせていて揉めると潰される。悪い噂を流されまくって困窮するという最悪の手段だ。オレたちは悪魔とは戦えるがこういうヤツらは手に負えない。ほっとくに限る。


 ツテをたどればそういう仕事を入れられるから試しに一度、とミナカタが話を進めかけた。待て、オレはそういうのはやったことがないから、段取りも線引きもわからない。そう言ったが、「経験者と一緒だから大丈夫」と言って勝手に進めてしまう。そしてダメ押し。

 

「アルマ君、君が困っていて僕が困ってないと思うかい?」


 ……通りで最近ヒマそうにしていた。みんな事情があるのだからわがままは言えない。みんなにある事情はこの場合共通の一つだ。みんな似たようなことに悩む。似ているどころか同じではないかと思うが、世の中そんなもんだ。



「……ゴギョウ、お前かよ」

「悪いか」


 現場にいたのは日本在住の霊能者の、そこそこ小マシなヤツ。ミナカタのツテにいる霊能者だから多少マシなのは知っていたが、以前喧嘩したので気まずい。どこだかの修験道場の跡取りは古流もいいところで、道場全体がくそ真面目なのでそのまんま身につけていて人によっては今でも物になることがある。これだけの歴史と人数と労力を注ぎ込んでオレとトントンのやつがたまにいるくらいの流派なんてコスパが悪すぎるだろうといつも思うが、好きでやってるヤツが多いので口は出さない。ゴギョウは「オレがいるのだから意味はあるだろう」と言うのだが、道場の歴史をさかのぼるとここ百年はまともな使い手がいなかった。世代によっては言えねえんだろうな。


 オレとゴギョウは地下鉄の構内に降りていった。もう運行が終わっているので誰もいない。今回ばかりはジンを連れてきてよかった!適当に賑やかせ!と思っていたら今回に限って不穏な空気を感じて黙っている。たまには役に立ってくれ。こら!引っ込むんじゃない!


 ジンは最近疲れているらしく、こないだ礼拝だかなんだかの儀式をした後パワーダウンしているらしい。あまり話に入らず、どこまでも役に立たない。文句を言いたいのはやまやまだが、疲れたときに呼び出されたら先方をぶん殴りたくなるというのは経験していたので、あまり怒れない。この仕事が終わったらしばらく休め。こんなことを言うオレは会社にいたらきっといい上司になれるが、出世はできないのであまり意味がない。


 今回の仕事は地下鉄の構内での探し物。この辺に逃げ込んだ犯人がいて、そいつはとっ捕まえたが事件現場で使われた銃が出てこない。それさえあれば現場の痕跡と型式が一致してすぐに立件なのだが、落としてなくして見つからない。警察がなんとか探し出そうとしたら、構内に怪しい人影がある。犯人は一貫して、そそのかされたんだ、悪魔のせいだ!と叫んでいて、全員ではいはいと流していたらウソ発見器が反応しない。だからオレたち、というかゴギョウが送り込まれる段取りだった。君より身元がはっきりしてるから頼まれやすいんだろうね、とミナカタが言っていた。今回は大目に見てやるが、金さえ借りていなければ怒るところだぞ。


 大葉山線から乗り継ぎで来る者が多い地下鉄新棚村線は、都心から少し離れているので縦と横に交差するくらいしか合流点がない。捜索範囲はかなり狭く、敵が逃げていないなら袋のネズミだ。「逃げてないのか?」と依頼元に聞いたら「たぶん」と言っていたらしい。無駄足踏むのも仕事のうち、がゴギョウの日常なのだからオレには絶対できない仕事だ。だから今回だってほとんどゴギョウに任せるつもりでいた。


 真ん中の交差点にあたる駅。ここで役割分担が発生して、お互いに認識は同じだった。逃げられては困るのでここで一人見張りを立て、一本ずつ路線を調べる。調べる者は先陣を切る反面、前さえ見ていればいい。残る者は四本の路線を全て見張るので、だまし討ちされやすい。オレが調べる役、ゴギョウが残る役。状況の認識が同じなのにこの役回りで意見が一致した。さあ来い叩き伏せてやる、クククク……とぶつぶつ言っているゴギョウは危ない役がしたいらしい。こいつは道場の跡取りなのでそこそこ厳しく育てられ修業に明け暮れた。年齢は二十歳いくかいかないかくらいの野郎なので、たまっているのだろう。オレ相手に暴れられたら困るのでとっとと線路を調べる。一人になっても大丈夫、オレは一流だ。あといざとなったらジンがいるし大丈夫だろう。


 ジンを連れて線路を行くが特に何もなく何かがいた形跡もない。ここはハズレで別の路線でだいたい決まりだ。ゴギョウは道場で何百年に一度の逸材なのに霊視はオレの方ができる。道場なんてそんなもんだ。ゴギョウの方ができるのは殴り合いくらい、もちろん魔導や霊能力は皆無のぶん殴り合い。それならゴギョウが強い。道場だしな。


 一応最後まで見ないと顧客に怒られるので終点まで歩く。大した距離ではなく片道一時間ってところか。何か気がついたら飛びかかる前にオレに言うようにとジンに指示を出すと、すぐやっつければいいじゃないかなんてタコなことを言う。地下鉄であるからには人身事故がそこそこ起こっていて、浮遊霊を下手に刺激したら悪霊化する。余計な仕事は増やさないように、と言っていたら後ろから物音が聞こえてきた。なんだ?と振り返ると、ゴギョウ。血相変えて全速力で走ってくる。その後ろには、電車。止まる気皆無の暴走特急、「地獄行き」と身も蓋もない行き先が書いてある。ぎゃー!と叫んでこちらも走り出し二人して逃げ出した。


 駅に着いたらホームに駆け上がった。迎撃するべく構えていると、電車が止まってドアが開いた。地獄なんてくだらねえハッタリにビビるか!と思っていたら車掌がショットガンを持ち出した。掛け値なしの地獄行き特急だ!とここはもう魔導も霊能も関係ないのでまたもダッシュで逃げた。ついてきたジンが、やっつければいいじゃないかとまたタコを言う。バカ!人間はな、ショットガンに弱いんだ!そう叫んでジンを一つ賢くなくして、改札前で対策を考えた。


 あの幽霊特急には相当数の乗客がいた。おそらく操られた浮遊霊、あの数になるとお互いに影響し合って強くなる。親玉を倒そうにも、こちらはショットガンに弱いので返り討ちにされかねない。一かバチが戦うか?といかにも道場なことを言うゴギョウには任せられず、オレが作戦を立てるハメになった。



 アルマに言われて、オレとゴギョウは駅の構内で待っていた。終点、新棚橋駅。ここが一番町から離れた端っこで、必ず止まるからここで迎え撃てって話。幽霊特急だからどこかに消えるんじゃないか?って聞いたけどそれはないらしい。なんでないかは、教えてくれなかった。オレにはいつもそんなもんだからわかるけど、ゴギョウも同じ扱い。アルマは誰にでもこうなんだな。


 幽霊特急が止まって、お客が降りてきた。後ろには車掌がいて、ショットガン片手にお客を追い出している。アルマは合図するって言ってたけど、どこかに行ったっきりだからどうしようか、と思ってたら、車掌に誰かが挨拶していた。駅長、っぽい格好のヤツ。そいつは、車掌のショットガンを受け取った。

 

「お疲れ。よく集まったな」

「殺すより拾った方が早かった」


 ここに入り込んだのは幸運だった、って車掌が言っていた。下手に殺して回るよりここにいた方がいい、迎えを感謝する、って。何のことかわからないけど、駅長はショットガンを車掌に向けた。

 

「ちょっとツメが甘いかな」


 車掌は驚いていた。オレも。深くかぶった帽子を取るとそれはアルマ、駅長室で待っていたヤツをやっつけて入れ替わったらしい。ゴギョウがなるほどと言っていた。出て行きたいならいつまでも地下鉄にはいない、ここにいる理由がある。ここにいて集めるものは浮遊霊くらいしかない。ここで一度止まって引き返して浮遊霊を探すなら、終点で折り返すときに中継する者がいるだろう、って何言ってるんだろう。ま、オレは考えなくていいや。


 親玉の悪魔の腕をねじり上げて一丁上がり、これで終わりだ、と思ったら周りのお客は悪魔の仲間だ。悪霊になってるから容赦なくて、かかってくる。そしたらアルマが、オレとゴギョウを呼んだ。この状態なら戦ってみんな倒せばいい、頼むぞ!って叫んだ後は、ゴギョウがみんなやっつけた、らしい。



 ジンをけしかけた後、ビビった。あの程度の悪魔に力をもらっても大して強くはあるまいと思ったのに、連鎖が連鎖を呼ぶ負のスパイラルは悪霊をかなりの強度にしていた。しかも相当数いるので、マジにならないと危うい。ジンなんて疲れがたまってヘロヘロで、かなり早い段階で袋だたきになっていた。てめえ、仕事にならないときは有給取って休みやがれ!オレは上司の鑑だ!などと言っている場合ではない。そんな状態なのでオレもマジにならないと危うく、でも悪魔を捕まえていて動けない。だから今回だけはゴギョウがいて助かった。

 

「だはははは!うらうらうらうら!」


 ゴギョウはめちゃめちゃ気持ちよさそうに暴れていた。普段我慢しているからこれくらいしか楽しいことがないのだろう、結構殴られても凶悪に笑って殴り返す。これからは喧嘩になる前に話し合おう。仕事はとりあえず終わり、事務所でミナカタに報告した。


「ジンの弱体化が予想より激しかった。本人も気がついていなかったみたいだが、精霊族のバイオリズムを把握しておかないと……」

「アルマ君」


 ……わかったよ。反省してるって。なにせそんな状態でゴギョウと浮遊霊が拳でわかり合ったので終点新棚橋駅にはかなりの損害が出た。ポルターガイスト的に壊れた備品、ゴギョウが突っ込んで壊れた備え付けの椅子、ゴギョウが相手をぶん投げて割れた鏡。こんな派手に壊さないだろうと思っていたので見積もりが甘く、鉄道会社からものすごい賠償額を突きつけられた。8万にまで減っていた借金は膨れ上がって……となるかと思いきや。


「今回の件を聞きつけて、仕事を頼みたいという依頼主がいるんだ。追って詳細が届くみたいだから、断らないでほしいんだけど……」


 それを飲んでくれれば8万どころじゃない借金は流してくれるというので、もちろん!といつになく頼もしく答えることができた。賠償額はどうなるかというと「ゴギョウ君に振るから大丈夫だよ」と言われた。さすがに壊したのがあいつなのでこちらには来ない。ミナカタにも多少の負い目ができるからいったん肩代わりしてくれた連中を無碍にはできないが、基本は向こうが片付ける。よし、無問題!と思ったのだが。


「こっちはいいとして、彼は大丈夫なのかい?」


 ジンは本人がどれだけ弱っているか分かっていなかったので結構なダメージを食らった。今回はさすがに悪いと思い回復するまで休んでろ、というと、途中で起きれないけど、と言い残して休眠、今はミナカタの事務所で火の玉になって浮かんでいる。早ければ半年というところか。「ここでならないでくれ」というのがミナカタの本気の言い分で、この状態から動かせず来客対応できないと困っている。だから事務所を使わない仕事はできるだけ引き受ける必要がある。悲観することはない、ほれ、回復したらセクシー美女に変わってるかもしれないぞ!と少年漫画みたいなハッタリを言うが、いくら精霊族でも性別は変わらないから本当にハッタリだ。本人に文句を言おうにももうそれも言うことができず、オレだってそれ以上何も言えなかった。そんじゃ、連絡待ってるぜ!と逃げるように帰った。ミナカタが頭を抱えていたように見えたが、たぶん気のせいだ。


 これで借金がなくなって万々歳、早めに書いておいた確定申告はミナカタに押しつけたから期間が来たら出すだろう。後は何かあったとしてどうってことはない。このときオレはな、そう思っていたんだよ。


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