第五話
霊能管理職教会、会報。先だって一度入会してもうやめたのにまだ送ってくる。送らなくていいと言っても連絡先を押さえられているので同じこと、オレは入会の用紙を空欄で出したのにそのとき名前を出したミナカタに送りつけてきて、それが転送される。そんなにオレを囲っておきたいか、と思えばそういうわけではない。ミナカタだって国際便を毎回受け取るのは気が引けて、本人に送ってくれと言っているが「本人の連絡先はわからないので」の一点張りでミナカタに送りつける。どうやらオレを口実にミナカタに送りたいらしい。数ある怪しいダイレクトメールの中でもとりわけどうかしている送り元なので、さすがのオレも悪いことをしたと思っている。ただ、そんなこと口に出せば「普段は思っていないのか」と言われると困るので、もう言わないでいる。
会報の一番最後のページには、数回前から「日本在住 アルマ」の名前が追加され、同業者には驚いたヤツもいるようだ。もちろん「灰色のアルマも堕ちたものだ!」というニュアンスで、エゴサーチなんてするんじゃなかったと反省している。オレはその手の同業者のネットワークに疎いので知らなかったが、やはり怪しい団体だと思われいるらしい。思われているというか妥当な評価なので文句も言えない。早くこの隅っこの「この人は退会しました」の中に書かれたいものだが、それはそれで妙なことになりそうだ。なんせ載ってるヤツは万引きで捕まったとかそんなんだ。一緒にされてたまるか、オレは万引きするくらいならミナカタにたかってやる。
ため息をついて受け取ると郵便屋を呼び止め、ちょっと待ってろ、茶でも出すとボロアパートに招く。仕事中なので、と断った郵便屋だが、引き留めた。
「こんな目の前にいて帰られたら評判が落ちる。余計にな」
普通の人間がいくらでもいるのに魔導師のところに来たのだからワケありだろう、話を聞いてやる、と中に通す。郵便屋は靴を脱ぐ頃には黒い体毛とぎょろ目の悪魔に変わっていた。
※
「つまり、この会報は偽物なんだな?」
「いえ、それは本物です」
いきなりオレの希望は潰えて蹴り出したくなった。嘘でもいいからウソだと言ってほしかった、とメンヘラ恋人みたいなことを言いたかったが飲み込んで話を聞く。途中で郵便屋からパチって持ってきたので会報自体は本物、ことを荒立てずにすむならそれですまそうとしたらしい。別に悪魔が穏健派なわけではなく、「敵わなかったら危ないし」というヘタレ思考の低級悪魔は今宿題に追われている。低級もいいところなので領土の保持が自転車操業、なんでも先代の言い分をちゃんと聞いていなかったのでいきなり必要になった魂とか寿命とかその手のものが全然足りない。人間相手にかき集めて間に合う量ではまったくない。だから一回の稼ぎが多くないといけなくて、意図的に霊性を高めた魔導師は簡単に多くのエネルギーを捻出できる。そういうの狙っていたらしい。
「だから、ここで断られたら次の人に行きます」
迷惑なようでこの程度の悪魔はあふれかえるほどいる。いちいち殴るほど暇人でもないし、なんだかんだ悪魔なので不用意に敵対すると向こうから何かしてくる口実を与える。こいつは最下級だから、他の連中にはともかくオレならどうということはない。でもいくらなんでも悪魔同士のネットワークに入っているだろうから、「私の配下がやられた!仕返しだ!」なんて因縁をつけてくる強めの悪魔がいたら、人間なんて屁でもない。相手にもよるが、まあだいたい他の人間も魔導師も、屁か臭う屁くらいしか違わない。人間と違って実力があるから出世するのだ、いい世の中だなあ。
倒したくはないが逃がすわけにも行かず、ここで終わらせるのがいいだろうと何が必要か聞いてみる。聞いてみて渡せるものなら考えよう、指輪の中で昼寝こいてる精霊族なんてどうだ?とけしかけたが違う文化圏なので換金しづらいらしい。女ならまだなんとかなると言うが、悪ガキは男だ。じゃあいらない、と言うのでとりあえず言い値を聞く。魂だ寿命だと言われたら考えないといけない。魂は売れない、オレにも生き方がある。寿命だってダメだ、オレが何のためにこの生活で年金払ってると思ってるんだ。60越えたら役所に踏み込んででもふんだくる計画なのに。その辺何がいるのかと思ったら、案外なんでもいいとか。そういうベタなのは、インパクトが強いから噂になって有名になるが、もっといらないものでもなんとかなる。悪魔はオレの部屋をしげしげと眺めて、提案した。
「プライドはいるか?」
ぶん殴って蹴り出したが向こうも困るらしくドアをがんがん叩いている。悪気はなかったんだ!と申し開きしたら逆効果だともわからんか。うるせえのでもう一度入れる。どうやら協力してもらえる当てがないらしく、何が何でも食らいつく気らしい。二、三回殴れば帰るとは思うが、先のような理由で途中で死なれると困る。ストーカー被害で警察に突き出したいが、警察とこいつでは泥仕合だからまたどこに飛び火するやら。こっちはもう諦めモードだ。
低級悪魔が、協力してくれ、対価ははずむ、と景気のいいことを言って取り入ろうとするので、ようやく気がついた。対価だ。協力したらオレには何がある?まあ今までの傾向から行って無理だろうと思っていたのだが、予想外に期待していた返答が来た。
「巨万の富なんてどうだ?」
巨万の富だと?お前が与えるのが?と思わず聞き返す。魔界の領土には金鉱があって、まあ魔界では価値がないのでせいぜい装飾品にするしかないが人間界に来ると不思議なほど売れる。こっちで売れても為替取引所がないので魔界では意味がない。だからこっちで使うしかないし、人間の貨幣は結構たくさんある、らしい。なら、オレの借金39万を帳消しにできるのか?と聞くと「人間の巨万の富というのはそういう意味なのか?」と聞き返された。億とかそういう桁のつもりで言っていたのだが、と言われて俄然やる気が出た。いらないプライドはあっただろうか。まあ悪魔曰く霊能者とか魔導師からもらえるならすごいものでなくてもなんとかなるらしい。何が使えるか聞いてみた。
運気。最初より半分くらいついてない状態になるが、人間の運気は結構バラつくので誤差範囲に入る場合が多い。こちらは真剣に考えていたが「まあ運気はダメだろう」と向こうが流した。本人の意見を聞かないのだろうか。
感情。怒ったり悲しんだり、反応が鈍くなる。コントロールが効きづらいので激情型になるヤツもいて、周りからは変なヤツだと思われる。オレはすでに変なヤツと思われているのでどうということはないが、嬉しい楽しいという感情も鈍る。現代日本は金がないと娯楽は公共の電波くらいしかないのに、それがどうでもよくなると昼から酒を飲むようになるかもしれない。昼から酒を飲む友人はいないので、アル中で倒れたら死んでしまう。いったん保留。
人とのつながり。昔の知り合いが何人かオレを思い出さなくなる。ろくな知り合いがいないのでこれならいけるだろうかと電話番号を見せ、こいつはどうだと聞いてみたら嫌な顔をされた。一回かけてみろ、と言われてこちらも嫌々電話をかけると「おかけになった電話は、現在、使用されておりません……」これは誰とのつながりだと聞かれると答えられないので忘れてもらうことにした。
次の家に行っていいか?なんて聞かれたのでこっちが引き留めて、交渉手段を変える。仲介してやる。似たような魔導師に心当たりがある。なんせこの業界は広い割には偽物だらけなので本物は目立つ。本物同士は一目瞭然なのでさすがに何人か知っていて、めちゃくちゃ調べれば連絡できる。そこそこ腕の立つヤツの中から何人かピックアップしていると、「それだけでは大した対価を払えない」とぬかしやがる。なんでも悪魔同士で取り決めがあって、どうでもいい相手に対価を払いすぎるとなめられるのでしないようにしよう、ということらしい。ルールの網を抜けようにも「みんな気をつけてね!」という漠然とした決め事なので逆に何にでも引っかかり、気をつけないといけないとか。オレの借金39万が返せないと意味がないだろう!と当たったら「100万くらいは余裕だけど」と言い出した。60万以上釣りが来るじゃないか!何が問題なんだ。鼻歌を歌って知り合いを探すオレを、悪魔が気の毒そうに見つめていた。
ゴギョウ ハコベ。日本在住で修験の類いからいろいろ収めたらしい。昔の技術体系なので逆に精度が高く、雰囲気でやっていたら何をしているか拾いようがあった。あとはオレと同じで自学独習、家柄的にはいいので一応五行家を名乗っている。一度同席して老け顔なので敬語で話していたらなんと年下、途中でケンカになりかけた。けんかっ早いので感情の半分くらいもらったらちょうどいいだろう、家柄的にも大物に見えるようになる。実際は何も思わないだけだがそんなもんだろう。そう思ったら悪魔が「お前とケンカになるのにオレの話を聞いてくれるか?」と心配して、頓挫した。
スズナ・スズシロ姉妹。中国系。双子の姉妹で特色の違う二人は、各々に体術と霊力のエキスパート。付き合いが悪く他の魔導師と手を組みたがらないのはお国柄かと思いきや、国内でもそこそこ問題視されていて要するにこいつらが堅物なのだ。つながりとか大事にしないだろう、頼んでみろと進めたら「つながりが少ないから売らないんじゃないか?」と言う。こいつに言いくるめられたのが悔しいが、オレは自分にないもののことがわからない。ほれ、他の人間は魔導も霊能も持ってないからそういうのわからないだろう。そんな感じだ。
セリ ナズナ。日系英国人、ハーフの男。一度極秘で王室関連の仕事をして気に入られ御用達になるというこの業界でも羨望を集める男だが、目立ちたがりのナルシストは勲章をもらったと言いふらし極秘のはずがすぐに露見した。王室の担当官が大目玉を食らってそれ以来仕事がない。オレとは別種のアホもいるものだと感心するが、運がいいという意味ではこいつだろう。どうせ無駄にするのでもらってもいいのではないか、と思ったが、対価は何を求めそうだ?と聞かれると絵に描いたようなナルシストなので何も思いつかない。ダメ元で頼む時間がないらしいからやめてほしいという。まあ確かにこいつはやめてほしいかもしれない。
そろそろ知り合いのストックがない。ただでも少ないのに腕利きの魔導師霊能者の類いとなるとさらに少なく、心当たり自体がない。低級悪魔は、なんとかいらないものをわけてくれ、というのだが冷蔵庫の残りの漬物を出したらさすがに怒った。でもやれるものはこれしかない、思い切ったんだからわかってくれ。
嫌になってきたのでこっちはどうでもよくなっているが、引き留めたせいか向こうは執心し始めた。どうでもいいものが手に入ったら言う、と万策尽きて突っ返すが離れない。別にいても困らないし本当にやるものがないので放っておこうと思ったが、電話が鳴った。出版社だ。はいはいと返事をして出かける段取りをする。来なくていいと言っているのに低級悪魔は駅までついてきた。まったく、いつまでいるのかと思っていたら、駅のホームで警報が鳴った。
何事かと思えば誰かが警報ボタンを押して倒れている。今そこで倒れているのでいたずらではあるまい、何かと思えば姿が浮かび上がる。隠形を解いて誰にでも見えるようになったのはでっかい爬虫類のような四足獣。ああ、臨死体験者が見る生死の世界の狭間に、たまにいるらしいんだよな。混じってくるヤツ。カメレオンのように姿を消したり現したり確かに見えづらいが、一般の範囲でも霊視能力の高いヤツがよく見たらわかるだろう。見つかったので開き直って周りの連中をみんな食っちまおうってか。自販機を弾き飛ばして迫ってくる怪物に、駅のホームはパニックになった。まあこういうヤツだから、見たことないなら慌てるんだろうな。そんなことを思っていたらこっちに来た。食われると仕事に行けないので、手に力を込める。今さら姿を消してもわかっていれば見えてるも同然なのでしっかり誘い込み一発お見舞い、すぐにやっつけた。倒れた四足獣を見て、駅のホームにいた連中は歓声を上げた。すごい!やった!あなたは何者?……なんだ、これは。ちゃんと役に立つとこんな反応があるのか。いやあ名乗るほどの者では、などというと逆に怪しいのでどうしたものかと思っていたら、悪魔が耳元でささやいた。
「これ、いらないよな」
※
霊能管理職教会、会報。巻末にオレの名前が載っているのを見て辟易する。目の前には郵便屋、あからさま悪魔。お前、巻き戻したな、と聞くとやはりそうらしい。いらないものが手に入ったらやると言っていて、濡れ手に粟。オレの手に入れた「名声」はこいつの契約下にあり、持っていくという。受け取りの書面に目を通し「今回受け取ったものから個人を特定することはありません」という一文を確認した。たくさん書いて紛れ込ませればなんとでもなるのに「たくさん書くとわからなくなる」といういかにも低級悪魔な理由でシンプルな契約書になったという。39万の借金は帳消しになっているらしいが、総額はいくらもらえるのかと聞くとちゃんと決めていなかったから今のうちなら応相談らしい。交渉しようとすると携帯が鳴った。出版社から、さっき行くと言ったのにどこにいるんだ!と怒られた。こっちは戻ってないのかよ!条件反射的に対応していたら、悪魔は悪魔で急ぎなのでどっかに行ってしまった。引き留めようにも出版社相手の対応中で、はい!すみません!電車が止まってて!と記憶がごちゃごちゃなので信用がなくなった。なくすんだからこれをやったらよかった。おかげで今月の仕事がかなりの量流れて、生活費が足りない。ミナカタから8万借りた。だいぶ少なくなったのに、いつか終わるという気がしないのはなんでだろう。




