第12話 魔力量3の魔女の魔法特訓ですよ!
翌朝、早い時間から約束通りフェイリアと共に学園の裏庭にやってきた。初日ということもあり、フェイリアのやる気も非常に高い。期間も10日とさほど長くないのも大きいはず。
「おはようございます、ルミナさん。大丈夫ですか?」
一方、私の方は基本的に夜型。早朝の練習は正直言ってしんどい。先ほどから眠くて何度か欠伸を噛み殺していた。
「ふぁあああ。大丈夫、私は見てるだけだしね。足りない分は授業中に補うから」
「もう、いけません。授業はちゃんと受けませんと!」
生真面目なフェイリアには申し訳ないけど、受ける価値のある授業は一つもない。入る前は、優秀な魔術師を大勢輩出しているという触れ込みに期待していた。
その実態は魔力量の大きい学生を選んで、ひたすら魔法を撃たせるという非常に非効率なもの。そこ上にいけるのは、魔法系脳筋か運極振りの学生くらいだろう。
あらためて学園の酷さを認識して肩をすくめると、フェイリアはしかたないとばかりにため息を吐いた。
「まあ、いいですわ。さっそく始めていきましょう。まずは何をすればよいのですか?」
「まずは、魔力を抑える練習だね」
「抑える?」
「そうそう、フェイリアさんの場合、魔力の出力が高すぎて暴走しているだけなんだ」
最初の方向性を伝えたところで、さっそく練習に入る。水球を手のひらの上に出し、必死で抑えようとしているのはわかるが、瞬く間に人の頭くらいの大きさになり、それでもなお膨張していた。
「自分の腕に蛇口があって、それを捻るような感じで抑えていくんです。このくらいの大きさで維持できるようになったら、次のステップに進みましょう」
そう言いながら右手の親指と人差し指で輪っかを作る。フェイリアにとって、それはあまりにも小さい。少しだけ絶望的な表情を見せたけれど、すぐに気を取り直して練習を続けていた。
「いいですね、さすがです。放課後は次のステップに行きましょう」
これまでの試行錯誤の結果なのか、練習開始して2時間弱、始業開始10分前には、魔力の出力を完全にコントロールできるようになっていた。
「これができるだけで、この学園の授業3年分より上ですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。もっとも、私に言わせれば基礎中の基礎ですが」
基礎すら3年間でまったく触れないのだから、授業の存在意義すら疑わしい。
授業を終えて放課後、次に挑戦するのは形態変化。これと次の性質変化はいわば魔法の基礎。思っていた通り、詠唱の助けを借りることで、あっさりと達成していた。
「それじゃあ、明日からは詠唱なしでできるようにしましょう」
「えっ!」
「詠唱はイメージの補助に過ぎません。イメージがちゃんとできれば詠唱など不要です」
「それはそうですけど……」
フェイリアは不安そうな表情を浮かべる。何しろ、この学園での魔法は基本的に詠唱ありき。いちいち気に掛けていないだけで、先日の魔法実技でも全員が詠唱していた。
「その先に行くには、無詠唱での魔法行使が必須なんです。ということで、頑張ってできるようになりましょう」
初日にして性質変化までできたのは嬉しい誤算だった。一方で、無詠唱での魔法行使には難儀していた。
「一度、詠唱して魔法を出して――今度は無詠唱で同じように出してください」
「そ、そんなことを言われても……」
詠唱と無詠唱を交互に行うことで感覚を慣れさせる。しかし、予想以上に詠唱での魔法行使が癖になっていたようで、無詠唱だと一気に不安定になってしまう。
成果が見えない中、根気よく続けるのは意外としんどいもの。だけど、フェイリアは折れることなく、何度も練習を続けていた。
「で、できました!」
4日目の朝、ようやくフェイリアが無詠唱でも同じように魔法が使えるようになった。時間はかかった、けれども、想定よりはだいぶ早い。
「才能――ではないかな。あきらめずに地道な練習を続けた努力の結果だね」
喜ぶフェイリアの姿が眩しくて思わず目を細めてしまう。しかし、喜んでいたのも束の間。フェイリアが笑顔で駆け寄ってきた。
「それで、次は何をすればいいんですか?」
「そうだね――」
一度は達成した嬉しさを実感しつつ、思考を切り替えて次のステップへ進む。効率的ではあるが、なかなかできるものではない。どうしようかと思いながら時計を見ると、残り時間が30分を切っていた。
「詳しい説明は放課後にしよう。でも、一つだけ言っておくと、次のステップは全て無詠唱でやらなきゃいけない。だから、放課後までは無詠唱の練習をしておいた方がいいかな」
「わかりました。がんばります!」
そう言って、ふたたび練習に戻っていった。努力する姿勢は素晴らしい。しかし、時にはそれが仇となることもある。
「次のステップは多重操作だね。左右に一つずつ、異なる形状と性質を持つ魔法を作ってもらいます」
「ど、同時にですか? そんなことが……」
フェイリアが不安げな表情になる。学園の魔法教育では不可能とされている技術だろう。使える魔力をありったけ使って、詠唱で形状と性質を変換して撃つだけ。それじゃあ、多重操作はできない。
「最初に教えた魔力量の制御と無詠唱。これを組み合わせるように、魔力を半分にして、それぞれの手に無詠唱でイメージするといいよ」
「そ、そんなことを言われましても……」
それでも、魔力量を減らして二つの魔力を別々に出すまでは、あっさりとできるようになった。しかし、それを変化させるところが上手くいかない。まったく変化しないわけじゃないけど、中途半端。形状変化と性質変化にかける意識も半分になっているような感じだった。
「右手でマルを描きながら、左手で三角を描くような感じなんだけどね」
「そんな簡単に言いますけど、とても難しいことですわ!」
さすがのフェイリアも悪戦苦闘していた。片方だけ詠唱にしたり、片方を作ってからもう片方を作るようにしたり、色々と工夫はしていたけど、効果は今ひとつ。考え方としては悪くはないけど、いずれも難易度が逆に上がるようなもの。
「今日はここまでにしましょうか」
「そ、そうですわね。それにしても、一気に難しくなった気がしますわ」
「ここまで順調だったのは、これまでの努力があればこそ。そのうちできるようになるでしょ」
そのうちできる、という言葉にフェイリアの顔が曇る。おそらくは公爵令嬢という立場ゆえの焦りだろう。しかし、多重操作は焦ってできるようになるものでもない。
「大丈夫。まだ半分以上あるんだし、焦る必要はないかな」
「そうでしょうか?」
「そうそう。あ、そうだ。明日の放課後は練習をお休みして甘いものを食べに行こう」
「……っ! わ、わかりました」
翌日の放課後、出口が見えない状況のまま、フェイリアと私はマカロンを食べつつ紅茶を楽しみに喫茶店へと向かう。フェイリアも努めて明るく振舞ってはいたが、時折、思い出してはため息を漏らしていた。
「マカロンって、種類がたくさんあるからいいよね。味だけじゃなくて見た目もカラフルで楽しい」
「そうですわね。たくさんの色のマカロンを想像するだけで胸が躍りますわ」
フェイリアの言葉を聞いて、待ってましたとばかりに声を上げた。淑女にあるまじき勢いで椅子から立ち上がり、向かいに座っているフェイリアに顔を近づける。
「そう、それですよ!」
「えっ?!」
突然、ぐいぐい来るような動きをしたせいで、逆に先ほどまで前のめり気味だったフェイリアの方が引いていた。
「マカロンって色がたくさんありますけど、イメージする時には同時にイメージできますよね?」
「それが何か……」
「右手と左手に違うマカロンを持っているイメージをすればいいんです」
「でも、マカロンは魔法とは違いますけど」
「そうですね。でも、詠唱が言葉とイメージを結び付けているように、味や香りにもイメージを結び付けられるんです」
ようやくフェイリアも私の言っていることを理解したようで、目を丸くして驚いていた。
「それじゃあ、イメージと結びつくようにマカロンをたくさん食べないとですね」
「そうそう。なので、今日はお腹いっぱいマカロンを食べる方向で!」
「ふふふ。あまり食べすぎると夕食が食べられなくなりますよ」
「大丈夫。お菓子は別腹だからね!」
その後、二人で店のマカロンを全種類制覇した。そして、お腹いっぱいまで食べたせいで、夕食が食べられなくなる――なんてことはなく、余裕で平らげてしまい、フェイリアを驚かせたのはまた別の話。
「で、できましたわ!」
翌日の放課後、マカロンイメージ法を採用したフェイリアはいとも簡単に多重操作ができるようになってしまった。難点はマカロンの種類に限界があることだろう。
だが、そこは公爵家。新しい味のマカロン開発に物凄い金額を投資したらしい。近い将来、コーンポタージュ味とかオムレツ味といった正気とは思えないマカロンを作り、是非にと試食させられて後悔することになるとは、予想だにしていなかった。




