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大宮ふとん店、本日もたぶん営業中  作者: スパイク


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誕生日も法事も全部祝うのか――“麗奈ちゃん号”ついに移動誕生日屋になる

 上尾の郊外を、今日も「麗奈ちゃん号」がのそのそ走っていた。


 側面には、昭和チックで妙にかわいい麗奈のイラスト。荷台には麗奈パン、麗奈ちゃんまくらカバー、船橋産の朝どれいちご、歯磨き粉に金たわし、時には包丁研ぎ道具まで積まれている。何屋なのかもう誰にも説明できないが、地域ではすっかり**「来るとちょっといいことがある車」**として定着していた。


 もともとFMさいたまで麗奈が冗談半分に「麗奈ちゃん号は幸運も運ぶ車なんですよ」と言ったのが始まりだったが、集落の人たちは本気でそう思い始めていた。パンはうまい。いちごは甘い。ついでに包丁は研いでくれる。荷物は預かる。宅配便も出せる。困りごとの相談までできる。もはや“幸運”という言葉でしかまとめられなかった。


 そんな中、ベーカリー中村の店主・中村修は、ある日、手帳を買った。


 べつに高級なものではない。百円ショップで買えそうな、よくある小さな手帳である。だが、その中身がまずかった。


「何それ」と、荷台をのぞき込んだ麗奈が聞く。

「常連さんメモ」

「何の」

「誕生日とか」


 麗奈は嫌な予感しかしなかった。


「何でそんなの書いてるんですか」

「いやあ、この前“来週誕生日なんだよ”って言われてさ。じゃあ覚えとこうかなって」

「その軽い善意が毎回でかいことになるんですよ」


 だが修は悪びれない。

 翌週、誕生日が近いおばあさんのパン袋に、小さなメモが入っていた。


“お誕生日おめでとうございます 修より”


 しかも、いちごが一粒おまけされていた。


 それを受け取ったおばあさんは、顔をくしゃくしゃにして喜んだ。


「まあ! 修さん、覚えててくれたの!」

「いやあ、手帳に書いてただけで」

「それでもうれしいよ」


 この“それでもうれしい”が、またいけなかった。


 次の週には別の常連が言った。


「修さん、うちのばあさん来月誕生日なんだよ」

「書いときます」

「うちの息子の結婚記念日もその頃でね」

「それも書いときます」


 さらにその次には、


「来週でうちの爺さん米寿になる」

「爺さん亡くなってから三回忌なんだよ」

「うちは金婚式なの」

「孫の初節句終わったばっかり」

「それ、終わってるじゃないですか」

「でも何かくれ」


 もう、記念日なのか報告なのか、ただの要求なのか分からなかった。


 修の手帳は急速に埋まっていった。


 誕生日。

 結婚記念日。

 金婚式。

 米寿。

 三回忌。

 退院祝い。

 孫の就職祝い。

 犬の一周忌まで書いてある。


「もう個人情報台帳じゃないですか」

 麗奈が呆れると、修は真面目な顔で言った。

「地域密着型記念日管理だね」

「便利な言葉で本当に全部片づけるな」


 こうして「麗奈ちゃん号」は、いつの間にか移動誕生日屋になった。


 修は手帳を見ながら、該当者にはパン袋にメッセージを忍ばせる。いちごを一粒多く入れることもある。たまに小さなリボンまでつく。集落の人たちはこれを異様に喜んだ。


「今日は何か入ってるかもしれないって楽しみでねえ」

「修さん、あんた気が利くねえ」

「いやあ、手帳が利いてるだけなんだけど」


 だが、この制度がうまくいきすぎたせいで、集落全体が妙な方向へ進み始める。


「今日は何の日だっけ?」

「水曜日だからノーマイカーデーかな?」

「月末の金曜日だからプレミアムフライデーだね」

「それ祝うの?」

「祝えないこともない」

「じゃあパン一個おまけかね」

「何でそうなるんだよ」


 さらに誰かが言った。


「今日は“みんなで感謝する日”ってことでいいんじゃない?」

「何に?」

「修さんに」

「いや、それはちょっと恥ずかしい」

「じゃあ“たわしの日”で」

「何でたわし」

「買ったから」

「理由が雑すぎる」


 気づけば、麗奈ちゃん号の周囲は常に何かしらの記念日で満ちていた。今日は誰かの誕生日、明日は誰かの三回忌、来週は金婚式、その次は謎の記念日。理由がなくても「なんとなくめでたい」で押し通そうとする。もう祝うこと自体が目的になっていた。


 その様子を見て、修は苦笑いしながらも、悪い気はしていなかった。


「いやあ、みんな元気だよね」

「そりゃ修さんが餌付けしてるようなもんですから」と麗奈。

「パンで?」

「記念日でです」


 だが、修にも少し分かっていた。

 誕生日だの金婚式だの三回忌だの、理由はいろいろでも、要は誰かが自分のことを覚えていてくれるのがうれしいのだ。集落の高齢者たちは、そんな小さな気づかいを案外大事にしていた。


 その夕方、集落のおばあさんが笑いながら言った。


「修さんが来るとね、何か今日も悪くないなって思うんだよ」


 修は少し照れて、荷台の整理をするふりをした。


「いやあ、それならよかった」


 その夜の寄合では、またしても話題が麗奈ちゃん号だった。


「今度は誕生日屋らしい」

「次は何だ、命名式か」

「そのうち“今日は特に何もない記念日”とか始めるぞ」


 笑いが起きる。

 足元でクロじいが短く鳴いた。


「にゃあ」


 麗奈の母が通訳する。


「“もはやパン屋ではないが、めでたい気分も運ぶ車にゃ”だって」


 修は深くうなずいた。


「それだなあ……」


 麗奈はため息をつきながら少し笑った。


「そのうち暦まで売り始めそうで怖いです」


 上尾の夜風の中、麗奈ちゃん号は明日の荷物と、誰かの小さな記念日を積み込んでいた。

 パンの袋の中に、たった一枚の手書きメモ。

 それだけで人はちょっと機嫌よく生きられる。

 そういうことを、修はまだうまく言葉にできない。

 だから代わりに、また手帳に書き込むのだった。


 “来週、佐藤さん米寿”

 と。

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