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大宮ふとん店、本日もたぶん営業中  作者: スパイク


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パンの横で傘を直すな――“麗奈ちゃん号”ついに移動“ちょっとだけ修理”屋になる

上尾の住宅街を今日ものそのそ走る「麗奈ちゃん号」は、もはや何屋か誰にも説明できなかった。


 主力商品は、ただのウグイスパンなのに名前だけ立派な麗奈パン、なぜか固定ファンのついた麗奈ちゃんまくらカバー、そして評判のいい船橋産朝どれいちご。そこへ歯磨き粉、金たわし、宅配便の小包、クリーニングのワイシャツまで積み込むのだから、パン屋と呼ぶにはだいぶ勇気がいる。


 しかし、店主の中村修はあまり気にしていなかった。


「地域密着型ってそういうことでしょ」


 その便利な言葉で、だいたい何でも片づける男だった。


 そもそも修は、妙に手先が器用だった。大宮ふとん店で「FAXがつながらない」と騒ぎになった時も、業者を呼ぶ前に配線を見て、埃を払い、設定をいじり、最後は何となく直してしまった前科がある。本人いわく「昔から細かいのは嫌いじゃない」らしいが、その程度で済ませるには実績が多すぎた。


 その器用さが、ある日、また余計な方向に開花した。


 郊外の集落でいつものように販売していた時のこと。常連のおばあさんが、杖をつきながら困った顔で言った。


「修さん、これ見てよ。杖の先のゴムが取れかけてるの」


 修はしゃがみ込み、杖先を見た。たしかにゴムがすり減り、ぐらぐらしている。


「ああ、危ないねえ。ちょっと待って」


 麗奈パンの箱の横をごそごそやると、なぜか工具箱が出てきた。

 パン屋の移動販売車に工具箱がある時点で何かがおかしい。


「何でそんなの積んでるんですか」

 と、その場にいない麗奈なら確実に言ったはずだが、その日は修しかいない。誰も止めない。


 修は予備で持っていた杖先ゴムを取り出し、手際よく交換した。数分で終わった。


「はい、これで大丈夫」


 おばあさんはその場で杖をつき直し、目を丸くした。


「あらまあ、しっかりした!」

「滑りにくいから気をつけてね」

「修さん、あんたパン屋よね?」

「気持ちとしてはね」


 この“気持ちとしては”が、また新たな扉を開いた。


 翌週には別のおじいさんが言った。


「包丁、ちょっと切れなくなってるんだけど」


 修は一瞬だけ天を仰いだが、持ち前の人の良さが勝った。


「……簡単なのでよければ」


 そうして荷台には、小さな砥石まで積まれることになった。パンの横に砥石。いちごの箱の隣で包丁が研がれる。どう考えても衛生指導が飛んできそうな絵面だったが、なぜかその場の全員が妙に納得していた。


「おお、切れる切れる!」

「修さん、職人みたいだねえ」

「いや、パン屋なんだけどなあ」


 しかし、もう止まらない。


 その次は、鍋の取っ手のぐらつき。

 その次は、傘の骨のゆがみ。

 さらには、買ったばかりのまくらカバーのファスナーの噛み合わせまで見てくれと言われた。


 修は小さなドライバー、ペンチ、予備のねじ、接着剤、簡易針金まで積み始めた。麗奈ちゃん号の荷台はますます混沌を極めていく。パン、いちご、まくらカバー、金たわし、宅配便、ワイシャツ、そして修理道具。もはや移動販売車ではなく、生活全般応急処置車だった。


「修さん、うちの傘もいける?」

「どれどれ」

「鍋のふたのつまみも取れちゃって」

「それは部品見ないと何とも」

「この鋏、ねじが緩いのよ」

「ちょっと待って、順番にね」


 修はいつの間にか、パンを売るより人の生活用品をちょこちょこ直している時間のほうが長くなっていた。


 それでも高齢者たちはうれしそうだった。


「昔はこういう人、いたのよねえ」


 そう言ったのは、いつもいちごを二パック買うおばあさんだった。


「鍋のふたが壊れたとか、傘の骨が曲がったとか、杖の先が減ったとか、そういうのを直して回る人がね」

「へえ」と修。

「今は何でも買い替えちゃうけど、昔は直して使ったんだよ。修さん見てると、ちょっと懐かしいねえ」


 その言葉に、修は少しだけ照れた。


「いやあ、大したことしてないですよ。ちょっと締めたり、替えたり、削ったりしてるだけで」


「その“ちょっと”が助かるんだよ」


 その日の帰り道、修は一人で少し考えた。

 利益には、もちろんあまりならない。

 むしろ手間ばかり増えている。

 パン屋としてはどうなんだという気もする。

 だが、杖をつき直したおばあさんの顔や、包丁を試し切りして喜んだおじいさんの顔を思い出すと、悪くない気もした。


 夜、大宮ふとん店の前でその話をすると、麗奈は案の定、頭を抱えた。


「もう本当に何屋なんですか」


「パン屋だよ」

「パンの横で包丁研いでる時点で無理があります」

「でも喜ばれたよ」

「そりゃそうでしょうけど」


 麗奈はため息をつき、それから少しだけ笑った。


「まあ……役に立ってるなら、いいんじゃないですか」

「そう思う?」

「ただし、家電修理とか始めたら止めますからね」

「そこはたぶん無理だな」

「“たぶん”って言うのが嫌なんですよ」


 その夜の寄合でも、この話題で持ちきりになった。


「ついに修理屋まで始めたらしい」

「次は何だ、畳の張り替えか」

「それはさすがに無理だろ」

「でも修さんなら、ちょっとだけやりそうなんだよなあ」


 笑いが起きる。

 その足元で、クロじいが短く鳴いた。


「にゃあ」


 麗奈の母が通訳する。


「“もはやパン屋ではないが、ちょっとだけ直してくれる車として完成しつつあるにゃ”だって」


 修はしみじみうなずいた。


「それだなあ……」


 何を売っているのか、もう誰にもよく分からない。

 だが、来ると助かる。

 ちょっと困った時に、ちょっとだけ何とかしてくれる。

 そんな妙な安心を積み込みながら、麗奈ちゃん号は今日ものそのそ上尾を走っていた。


 パンの横に、砥石とペンチを積みながら。

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