8音*.♪❀♪*゜ 朝ごはん♪
ダイニングへ向かうと、食欲を誘う香りが鼻先をくすぐる。お肉と野菜が馴染んだ、コンソメの豊かな香りだ。
具材を煮込む音と共に、温かい空気がキッチンから流れてくる。行ってみると鍋の中身を温め、かき混ぜるスイの姿があった。スイはマイナに気づき、微笑んだ。
「おはよう、マイナ」
「スイお兄様、おはよー」
黒いシャツに簡素なズボン。ラフな部屋着姿だが、スイが着るとなぜか輝いて見える。
「もう少し寝ていて大丈夫だよ。昨日、帰るの遅かったからね……。眠くない?」
「大丈夫、おめめバッチリ!」
マイナは、にこりと笑う。
むしろ、いつもよりスッキリしていて体も軽い。
夜中の2時に帰宅して、お風呂に入り就寝したのは3時頃。それなのに体調は良く、眠くもない。
(きっと、主様のおかげね。私達を帰す際に、魔法をかけてくれたみたいだし……)
星の海に落ちる際に見えた魔法の煌めきに納得し、マイナは心の中で頷いた。
心配するような視線を向けていたスイは、マイナの返答に安心し、ほっと息を吐く。
「そう……なら良かった。」
「お兄様は大丈夫?」
「僕は大丈夫だよ」
スイは、柔らかな微笑みを浮かべた。言葉通り、疲れている様子も睡眠不足な感じも、微塵も感じられない。
(お兄様は隠すのが上手だからなぁ……)
マイナは心配しながらも、スイの言葉を信じ、料理を手伝う事にした。
「朝ごはん、手伝うよ!」
「ありがとう」
ふわりと優しい笑顔をスイに向けると、手を洗って冷蔵庫の中を覗く。
ベーコンと卵を手に取り、調理台に置いた。そして、フライパンを火にかけ温めて、ベーコンを乗せる。
マイナは片手で卵を割ると、そのままベーコンの上に落とした。
焼き色がつき始める頃には、こうばしい香りが立ち込め、表面が赤色へと変わる。ベーコンから出た油が弾け、心地のいい音が聞こえてきた。
「さすが、手際がいいね。いい香りだ」
隣でポトフを作りながら見ていたスイがそう言うと、マイナは嬉しそうに微笑んだ。
「小さい時から料理、好きだったからね〜。さすがに、慣れたよ」
「ああ、そうだったね。基本的なことしか教えてなかったのに、いつの間にか簡単な料理から凝った料理まで1人で作ったのには、驚いたよ」
スイは、懐かしい思い出にクスリと笑うと、目を細めた。
「そういえば、お祖父様にオリジナルの料理を振る舞ったんだって?この間、料理長がレシピを教えて欲しいって言ってたよ。シェフ顔負けだ」
「本当?それは、嬉しいな!」
「料理長は、美味しいものに目がないからね。それと、ショウが手作りソーセージ食べたいって言ってたよ」
「了解!手作りソーセージね。……えっ!手作りソーセージ?……まさかの腸詰めから!?」
マイナは、一瞬固まる。スイが、ふっと小さく声を漏らしたのが聞こえた。
兄を見ると、肩が小刻みにふるえている。
「一昨日ユキの為に作ったフレンチが、よほど羨ましかったみたいだね。ロブスターのビスクにテリーヌ、コック・オ・ヴァン。デザートのバスクチーズケーキやタルト・タタン。どれも美味しかったよ。ユキもすごく喜んで、特にいろんな味が楽しめるカラフルなマカロンタワーに、はしゃいでたね」
「だね。あんなに喜んでくれて、作ったかいがあったよ。みんなにも好評だったし……今度は懐石料理にチャレンジしようかな〜。前にヒヅキお兄様が食べたそうにしていたから」
「いいね。僕も楽しみだな」
「でも、ヒヅキお兄様もスイお兄様も料理上手だから、いつでも自分で作れちゃうよね」
「僕は、調べて作ってるだけ。レシピ通りにね。あとは、それを元に考えて味付けしているだけだよ。計算して……でもヒヅキやマイナみたいに、感覚だけで作れるのは、最早才能だよね」
穏やかな時間が流れる中、あっという間に料理が完成する。
オーブントースターで焼き上げたパンの上に、ベーコンエッグを乗せて朝食のメインが出来上がった。
スイが作っていたポトフもいい具合に煮込まれ、スープに具材の味が溶けている筈だ。
マイナとスイは、テーブルに作った料理を並べていく。眠くならないように、人数分の紅茶を注いでいると、ドアが────ガチャリと開く。
入ってきたのはショウだった。グレーのシャツに、黒いパーカーを着ている。日課である、格闘技の朝練が終わったのだろう。濡れた髪から、汗を流すためにシャワーを浴びたのが分かる。
「おはよー、ショウお兄様」
「おう!おはよ」
「お疲れ様、ショウ。今日の朝ごはんは、マイナと僕で作ったよ」
スイがそう言った瞬間、ショウは嬉しそうにテーブルに駆け寄る。お尻に尻尾があったなら、猛スピードでブンブンと振っていることだろう。
「おーー!!!うまそー!!」
ショウがテーブルに着くと、ユキが2階から降りてくる。
「グッモーニ〜ン♪」
「おはよー、ユキお兄様!」
「おはよう、ユキ」
「おはよ!」
ユキの言葉にマイナとスイ、ショウが答える。
白いシャツに黒いカーディガンを羽織り、軽く髪を結んでいるユキは今日も麗しい。
ユキはマイナを視界に入れた瞬間、瞬時に目の前に現れ抱き締めた。癒されるように顔を緩めると、息を吐く。
「……かわいーの充電」
そして、マイナのほっぺに軽くキスをした。
その時、三つ子達が上から降りてきて、ヒヅキが怠そうに呟く。
「はよ〜」
「お…は…ょ…スースー……」
ユヅキは目を閉じたまま挨拶だけすると、立ったまま寝てしまう。それを見たヒヅキに叩き起こされているが、なかなか起きない。
そんなやり取りを横で繰り広げている二人に、ミヅキは苦笑する。そして、ダイニングテーブルに視線を移すと、明るく笑った。
「おはよ〜」
「おはよー、お兄様」
「おはよう」
「おう!はよー」
「おはよう。三人とも」
三つ子はテーブルへと向かう。その途中、抱きしめられているマイナに近づくと、ヒヅキは頭を撫でた。
優しい手つきだが、少し乱すように撫でる。外ではあまり見ることのない、いつもクールなヒヅキの口元は笑んでいた。
「……ぎゅっ」
「あっ!ちょっとユヅキっ!?」
うっすらと瞳を開けた、ユヅキはユキの腕からマイナを奪い取る。そして、ぬいぐるみを抱きしめるかのように、ぎゅっと抱きしめると、そのまま眠りについた。
「ユヅキお兄様……?」
「……スー……スー……」
マイナはユヅキに声を掛けるが、返ってくるのは言葉ではなく、小さな寝息だった。
「もー、ユヅキは……」
仕方なくため息を吐くと、ユキは少し困ったように微笑んだ。
「お兄様ったら」
マイナは、頬を緩める。
いつものように、抱きしめられている状態では身動きできず、どうしようか悩んでいると、ミヅキが優しくマイナの髪を撫でた。
「任せて」
「ミヅキお兄様」
ミヅキはそう言うと、空中に魔法陣を出現させる。陣の中へ右手を伸ばし、ゆっくり引くと……ヒヅキ愛用の長細い兎の抱き枕が現れた。
ミヅキはユヅキの腕を掴むと、マイナから剥がして、抱き枕を抱きしめさせる。そしてそのままテーブルの方へと連れて行った。
「今日は、スイお兄様と私で作ったの!」
「そうなの!?なら、冷める前に食べなくちゃ!」
「おっ……それなら、期待できそうだな」
「…………」
ユキとヒヅキは期待の眼差しで料理を見る。
珍しく、ユヅキも……フォークを右手に持っていた。
「わぁ、美味しそう!」
安堵した表情で、ミヅキは呟く。
休日以外の朝食を作るのは、ショウの担当だ。誰よりも、朝早くに起きるからである。朝練後に、みんなの朝食を作るのが、ショウの日課だった。
料理の腕は悪くなく、普通に作ればとても美味しい。だが、ショウはいつも『隠し味』と称して、何かを混ぜる。そして、味が残念な方向へと向かうのだ。見た目はすごく美味しそうなのに。
それぞれ椅子に座ると、手を合わせる。
「「「いただきます」」」
みんな揃って、朝食を食べ始めた。




