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やられたらやり返す男の流儀

 その時、予定がずれこみ、どうしようかと悩むアルとヨシーダとルミナをよそに、レイモンは背を向けて出入口へと歩き始めた。


「どこへ?」


 すかさずアルが、顔を向けもせずに問いかける。


 レイモンはアルの呼びかけに歩を止めると振り返り、眉間をピクピクとさせながら、殺気の籠った笑みを浮かべた。


「どうやら俺たちはまだ動かなくていいみたいだ。ここはレイモンさんに任せよう」


「悪いな旦那……俺はもう我慢できねえよ。アルの旦那に対抗できる手段が見つかったから俺たちの縄張りを荒らす……それぁつまり、俺たちがなめられてるってことだろ……⁉」


「…………そう、なるのかな?」


 すると、アルは何かを思いついたのか手をポンッと叩く。


 実際、ハルバード家に命令されての襲撃の場合、なめられているとかは全く関係なかったが、アルはあえて口にはせず「糞雑魚なめくじって思われてますよレイモンさん」と耳打ちする。


 どうせやってもらうなら、徹底的にやってもらおうと判断したのだ。


「カチコミに行こうぜ……久しぶりに…………キレちまったよ…………」


 そして怒りのメーターが限界値を超えたのか、レイモンはふっ切れたような顔つきになる。


 そのまま一同はアルの個室を出て、玄関ホールへと向かう。


「レイモンさん、これを」


 途中、アルがヨシーダに視線で合図を送ると、ヨシーダはゲートを通してレイモンと側近たちに、釘の刺さったバットを渡した。


「なんだこりゃ? 魔晶石を埋め込んだ魔法のアイテムか?」


「いえ、釘バットっていう……異世界では喧嘩する時によく使われるオーソドックスな武器です」


「なんでそんなの作ったッスか⁉」


「本当はマシンガンとか作りたかったけど、この世界で作ったら色々と問題が大きそうだからグッと堪えてこれにした。……あ、火炎放射器も持って行ってください。燃やし返しましょう」


 いつの間に用意したのか、庭園には貸していたバイク一台だけではなく、十数台のバイクで埋め尽くされていた。レイモンが号令をかけるのを心待ちにしていたのか、既にファミリーのギャングたちが揃って待機している。


「殺るぞ」


 そしてその一言で、マフィアたちは猛獣が怒り狂ったかの如く叫び散らし、ある者は釘バットを片手に、ある者は火炎放射器を両手にバイクへと跨った。


「レイモンさん、できれば無関係な人間は巻き込まないでやって欲しいんだが……」


「当然だ。やられたらやり返すし、報いは受けさせる……が、無関係な連中を巻き込んでちゃ仁義が廃る。俺の流儀はプラスマイナス0だ……恨みを晴らしても恨みは売らねえ」


「流石、それでこそギャングスター」


 安心したのか、アルはレイモンの背中をポンッと押す。すると、レイモンは葉巻に火をつけてバイクへと跨った。


「行くぜおい!」


 そのまま、激しいエンジン音を鳴り響かせてギャングたちはアルハザード家の庭園を抜け出して走り出した。あまりの騒音に、アルハザード家周辺の建物内に居た娼婦たちが慌ただしく窓を開けて何事かと顔を出す。


「い、いったい……何事なのですか? 凄く物騒な連中が物騒な物を持って走り去ったのです」


「凄く……良からぬ感じがしましたね」


 そして入れ替わる形で、ファティマとシオンとニルファの三人が屋敷へと戻った。


「……ただいま」


「随分と遅かったじゃないか、お帰りお姫様」


 レイモンを見届けて満足気な顔のまま、アルはニルファの頭を撫でる。


 悪い気はしないのか、ニルファも心地よさそうにそれを受け入れた。


「それで……いったいどういう状況なのです? 異世界の文明が持ち出されていたように見えたのですが? 日常品ならともかく、火炎放射器を持ちださせるとはどういうことなのです⁉」


「おいおい、膨れるなよ。そんなに女神様も俺に頭を撫でて欲しかったのかい?」


「女神を馬鹿にしているのですか?」


 言葉通り頬を膨らませてファティマはアルを睨みつける。


「遊郭街の管理を任せているレイモンさんの家が、ハルバードさんのところのマフィアに焼かれたんッスよ。あと、遊郭街が好き放題に荒らされてるらしくって……その復讐に行ったッス」


 予想外の出来事だったのか、シオンとファティマは驚愕して顔を見合わせた。


「どうした二人共、そんなに驚いて?」


 その表情の変化を見逃さず、アルが問いかける。


「い、いえ別に……」


 心臓の鼓動を必死に抑えつけるように、シオンは下手くそな笑みを浮かべて誤魔化す。シオンの浮かべた表情にアルも「そうか」と笑みを浮かべると、それ以上追求せずに話を終えた。


 二人が驚いた表情を浮かべたのは、この襲撃が予定にない出来事だったからだ。


 アルを倒すために結託はしたが、今は準備が必要だから機を待とうと、下手に刺激することなくタイミングを見計らうようにダグラスに言い渡されていた。


 その計画を崩すかのような行動を起こしたのが、二人には信じられなかった。


「安心してくれ女神様。関係のない民間人には絶対に手を出さないように伝えてあるし、もしも民間人に被害が及べば、俺がレイモンさんを裁いて直接謝罪しにいくさ」


「よく言うのですよ……世界を滅ぼしたことがあるくせに」


「おいおい、それは異世界の話でこの世界ではないだろう? 前にも言ったが……この世界は滅ぼすつもりもないし、誰も傷つけるつもりはない」


 どこまで本気で言っているのかわからず、ファティマは表情を強張らせる。まるっきり嘘を言っているようにも見えず、何を考えているのかまるでわからないからだ。


 だからこそシオンは、余計に本当にこれでいいのかと迷ってしまう。


 少なくとも、今目の前にいるアルの姿は、シオンから見れば善人にしか思えなかったから。


「どこに行くのです?」


 直後、アルは屋敷ではなく外である遊学街へと向けて歩き始める。


「遊郭街で好き放題やられているみたいなんでね、レイモンさんたちはハルバードさんところのマフィアの下に行ったし、レイモンさんたちに代わって俺が問題を解決しようと思ってね」


「……殺すのですか?」


「殺し……まではしないさ。少し痛い目は見てもらうけどね」


「痛い目って…………力を振るうつもりなのですか?」


「おいおい、文句はないだろう? 俺の領地なんだ……領主である俺が解決するのは変なことじゃないはずだ。それに…………レイモンさんところはともかく、遊郭街は民間人も多くいるんだ……自分たちの都合で関係のない者を傷つけて、それで終わりってわけには……いかねえよな?」


 その時アルが浮かべた笑みが、背筋が凍りそうになるほどに冷たく、ファティマは身震いしてしまう。恐らくは、死んだ方がマシと思える地獄が待っているのだと思えたからだ。


 そして、より一層ファティマは危機を感じてしまう。


 逆に、シオンはこうまでして警戒しなければならない相手なのかと、アルの背中を見送りながら疑問に感じた。

次回更新は明日21時頃予定です

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