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エルフの魔物

「中は広いッスね~、こんなに広いのに誰もいないのが不思議なくらいッス」


「ならお前が住めばいいじゃねえか、うるさいのがアルハザード家から減って俺は嬉しいけど?」


「ご主人、ロップイをここに捨てていかないッスか?」


 城内は殺風景だった。インテリアなど一つもなく、ただそこに、氷で模られただけの誰もいない空間が広がっていた。


 特筆するべきは、こんなにも広く、魔物も大量に外を徘徊しているにも関わらず、何もいないことだろう。


 恐らくは、外で徘徊している魔物たちも、この城内が城主のテリトリーであることを本能でわかっているのだ。そして、その城主が弱り、喰らえる瞬間をひたすらに狙って待っている。


「不気味なほど静かですね……」


 巨大な力を持った怪物に包まれているような異様な感覚に、シオンは不安な顔を浮かべる。


「ウェェェエエエエエエイ! 氷の城! ニヒルな俺!」


「そうか? めちゃくちゃうるさいと思うけど」


「いや、それはヨシーダ先生が騒がしいだけで……!」


 シオンの言葉通り城内は身体が空気を切り分ける音すら聞こえるほど静かだった。誰もいないのか、足音すら聞こえない。聞こえるのはアルたちから発せられる騒がしい音のみ。


「こんなに騒いでいるのに何もしてこないということは……誰かが来ること拒んでいるわけではなさそうなのです」


「でもファティマ先生……そもそも誰もいないという可能性もあるんじゃ?」


「それはないのです。確実にいます。私は女神ですから生命の反応は感じ取れるのです」


「女神って……それは冗談でしょう?」


「…………仮に冗談だったとしても、誰もいないならこの城を覆っていたバリアの説明がつかないのですよ」


 誰かがいるのは間違いない。それはシオンも理解していたのか「ですよね」と素直に認めて押し黙る。あまりに怖くて、誰もいないことをただ望んでしまっただけだったから。


「女神様、どこにいる?」


「最上階なのです。真上から気配を感じます」


 城主の居場所を確認すると、アルは躊躇いなく階段を上り始める。


 臆すことなく先へと進むアルに「やっぱり……行くんですね」と、怖いのか涙目になりながらシオンが後に続き、残りの三人も平然とした顔で後に続く。


「うわぁぁぁあ⁉」


 そして、二階に辿り着くや否や、シオンは腰を抜かしてしまった。


 息を潜め、気配を殺して誰かが来るのをずっと待っていたのか、外にもいた狼の姿をした魔物が飛び掛かってきたからだ。


「なるほど、城主に目的がある奴を喰らおうとする、ズル賢い魔物もいるんだな」


 当然ながら、その魔物はアルの目の前で突然、気力を失ったかのように倒れ込む。


 恐る恐るシオンが魔物の状態を窺うと、やはり魔物は何かの力を受けて気絶していた。


 やはり何かをした素振りがなく、シオンは困惑する。


「シオン君、怯えすぎッス……ご主人がいるから安心していいんスよ?」


「そうは言われても……!」


 戦場で出会わせば、死を覚悟する強さの魔物を前にして、怖がるなというのが無理だった。


「しかし、やっぱり城主は何もするつもりもないんだな」


 魔物が放置されていることから、それが窺えた。


 アルは「手間が省けて助かるね」と、笑みを浮かべる。


「魔物が襲ってくるのは手間ではないのですか?」


「常に攻撃を受け続けるより遥かにマシさ女神様。避ける手間が省けるだろう?」


 どちらにしろ、危険はないと、アルはさらに上へと繋がる階段を上がり始める。


 その後、何度か気配を殺して潜んでいた魔物が襲いかかってきたが、城主が直接手をかけてくるとは一度もなく、淡々と階段を上り続ける時間が続く。


 そして、そのまま何事もなく、一同は最上階、城主が待つ広間の大扉の前へと辿り着いた。


「この先に……いるんですね」


 開けるまでもなく、何かがいる気配をシオンも感じ取り、息を飲む。


「なんだか、ボスがいそうな感じの扉ッスね! 漫画だと定番ッス」


「漫画? ルミナちゃんは何の話をして……ってちょっと!」


 胸に手を当てて心の準備をしていたシオンを待つことなく、アルは何食わぬ顔で扉を開ける。


 扉は不思議と軽く、たとえ小さな子供で入れるくらいに、少し力を加えただけで簡単に開いた。


 そして、扉の奥の広間の光景が一同の視界に入る。


「やあ、お姫様」


 アルは、ハットを深く被りこんで目を隠すと、笑みを浮かべた。


 それに続いて、城主のことを知らない、シオンとファティマとルミナが少し驚いた顔を見せる。


 広間の奥、氷で作られた玉座に鎮座していた城主が、想像を絶する化け物でもなく、魔物でもなく、貫禄のある王様らしきおじさんでもなく、ただの、人の姿をした少女だったからだ。


「また……お客様」


 ファティマに負けず劣らず美しい水色の長髪をした少女は、感情のない無機質な顔で呟く。


 子供らしくフリルの多い白いドレスに包んだ少女が座る姿は、まるで精巧な作りの人形を見ているかのようだった。


「言葉を話すお客様……久しぶり」


「嬉しいかい?」


「うん……嬉しい」


 少女から発せられる異様な空気に飲まれることなく、アルは淡々と会話を行う。


 その様にシオンは「いや、何をフランクに話しているんですか⁉」と狼狽えた。


「てっきり魔物かと思ってたッスが……女の子だったんスね! か、かわいいッス!」


 ルミナは手を重ねると、目の前の少女の愛らしさに悶え始める。


「エルフ……なのかな? 耳が尖っているけど」


 シオンも、とんでもない化け物が待ち構えていると思っていたがために少し拍子抜けで、興味津々に少女の顔を見つめた。


 血色のよい白い肌、エメラルドに輝く瞳、尖った耳はエルフそのもの。


 だが、見れば見るほどに、どうしてエルフの少女がこんな場所にいるのかが疑問になった。


「いいや? あれは魔物だぞ?」


 だがアルは、エルフと決めつけるシオンにハッキリとそう告げた。


「魔物……って、どう見てもあれはエルフの少女じゃないですか!」


「あれは魔物さ。エルフから生まれた、エルフの血を受け継いだ……な」


「エルフから生まれたって……だからそれはつまりエルフでしょう?」


「彼女は、空気中のマナを取り込むことができない」


 その事実に、シオンは驚愕する。空気中のマナを取り込めない、それはつまり、奪わなければ生きることができない事実に繋がったからだ。


「この世界では、空気中のマナを取り込むことができず、他者からマナを奪うことしかできない存在は全て、魔物として定義される……ここにいるロップイのようにな」

次回更新は明日13時予定です

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