最強の魔物
「とにかく、行くぞ。皆、準備はいいか?」
「いや全然良くないですよ! 明らかにここと向こうでは気温が違うでしょう⁉」
「そもそも準備する時間も与えられていないのです」
転移先の空間に片足を突っ込むアルに、シオンは慌て、ファティマは呆れる。
ファティマはまだ、寒さくらいは女神の力を駆使することでなんとかなるが、シオンはそういうわけにはいかないからだ。どう考えても学生服では薄着で、凍えるのが目に見えている。
「ほらほら~シオン君びびらずに行くッスよ~」
「ちょ、ちょっと待ってよルミナちゃん! さむ、絶対にさむ――」
アルが中に入ったのを見て、続いてルミナがシオンの背中を押して空間の先へと足を運ぶ。
「寒くない……?」
移動するや否や、多くの疑問が浮かび上がった。
明らかに気温が違うはずなのに、全く寒さを感じず、それどころかお屋敷内にいた時と何も変わらない。雪が降り積もっているのにも関わらず。
そして、転移先は吹雪いていた。1分でもそこに滞在すれば凍ってしまう勢いで。
しかし、シオンたちが立っていた場所は吹雪の影響を受けていなかった。目の前にそびえるユシール王国の王城にも負けず劣らずの氷の城を中心に、ドーム状の七色に光るバリアに阻まれて。
「このドーム状の光はいったい……? これが寒さを凌いでいるんですかね?」
「いや、城が雪に埋もれないようにするために城主が展開したバリアで、寒さを凌ぐ力はない」
「寒くないのは、ご主人のおかげッスよ」
何かをされた記憶もなく、シオンは戸惑う。
寒さを防ぐのがアルのスペシャルなのかと一瞬考えるが、それだと初めて会った時、キティードラゴンを倒した力に説明がつかず、首を傾げた。
「世界樹の力が遠くに感じることから……ここは、裏側ですね?」
「ご名答。さすが女神様だ」
世界樹からもっとも遠く、マナの薄い環境。マイナス80度を超える極寒の地に加え、世界樹からのマナが行き届かないこの環境で生き抜ける生物は少ない。
仮に生き抜いている生物がいるとすれば、体内に巨大なマナを保有している魔物くらいだ。寒さに耐性のある動物も、魔物によって食い尽くされている。
「アル先生……どうしてこんなところにお城が建っているのでしょうか……しかも氷?」
「そりゃもちろん、作った奴がいるからさ」
こんな地に建つ城を怪しむことなく、アルはすたすたと城へ向かって歩き始める。
「転移ができるということは……ヨシーダさんはここに来たことがあるってことですよね?」
「それ聞いちゃう? まだ学院の生徒の時、ここにいる魔物を討伐すれば卒業に必要な単位を全てくれるという張り出しを見て飛びついちゃったのYO。返りうちにあったけど」
「返りうちって……一体どんな魔物が住んでいるんですか? どうして王国はこんな果ての地に住まう魔物を討ち取ろうと考えたのでしょうか?」
「考えが足りないねぇ~シオンきゅん。魔物は主従契約ができるし、他の国にそんなのが取られちゃったらずーまいっしょ? 魔人族なんて、食べるだけで吸収しちゃうんだから」
それを聞いて納得したのか、シオンは「なるほど」と相槌をうつ。
あわよくば、人族がその魔物の力を手に入れようと考えたのだ。
「でも今は、そんな張り紙ないですよね? 噂も……聞かないですし」
「アルハザード家と一緒っていうか? まあ……誰にも倒せなかったのよ。ついでに言うなら倒される心配もないだろうし、誰にも利用されないだろうから放置ってわけ」
「倒せなくとも……魔人族であれば、食べるだけで力を奪えるのでは? 隙をついて肉をかじるくらいのこともできないほど強いということですか?」
その問いに、ヨシーダは指先を左右に振って「ノープロブレム」と返す。
「体内に保有するマナと魔力の量が膨大すぎて、食べて吸収しようとすると死んじゃうのよ」
「魔人族が……ですか?」
「そ、破裂して死んじゃうんよ。間違っても食べちゃ駄目よぉ~? シオンきゅん?」
「た、食べないですよ!」
ヨシーダの話を聞いて、シオンの疑問はさらに深まった。
そんな恐ろしい化け物の下へ行こうとしているのに、ルミナも、ヨシーダも、ファティマも、弱小魔物であるロップイも、誰一人臆した様子がなく、まるでピクニック気分だったからだ。
頭上のロップイはリラックスした様子で煙草を吹かし、ルミナに至っては雪玉を転がして雪だるまを作ろうとしている始末。
何よりも一番不可解なのが、そんな魔物を相手に、主従契約を結ばせようとしていることについてだった。
「本当に……大丈夫なんですか? 僕に勝てるとは思えないんですけど」
それ故に、不安になってシオンは先導するアルに聞いてしまう。
「大丈夫じゃなかったら来ないだろう? 大丈夫、ルミナとヨシーダみたいにリラックスしな」
「いや、あの二人は自由すぎでは?」
気付けばルミナとヨシーダは雪合戦を始めていた。ヨシーダは楽しそうに雪玉を回避し、ルミナは殺すつもりで「日頃の恨みッス!」と雪玉を投げている。
そんなあまりの緊張感のない空気に、シオンは顔を引きつらせた。
「いったい……どんな魔物なんですか?」
「会えばわかるさ。もう目と鼻の先だしな」
「そうですけど……ってウワ⁉」
歩きながら話している途中、シオンは身体をびくつかせて立ち止まってしまう。
城の城門付近に、大量の狼のような見た目をした巨大な魔物が大量にうろついていたからだ。
総数はわからなかったが、それでも通らなければならない城への入り口周辺には、その巨大な魔物が十四体はうろついている。
「ヨシーダ、殺すなよ。女神様がうるさいから」
「ウィ」
明らかに、身体から発せられる禍々しさから、大きな魔力とマナを体内に保有した危険な魔物であるのがわかった。魔物たちは、シオンの裏返った声に反応してこちらの姿に気付くと、大きな牙をむけて唸り声をあげ始める。
「ど、どうするんですかアル先生?」
「どうするも何も、行くしかないだろう?」
だが、アルは立ち止まらずにスタスタと城の入り口へと向かって歩き始めた。魔物から殺気を向けられて瞬時に武器を取り出したヨシーダも、アルに「殺すな」と言われて戦うつもりがなくなったのか、早々にルミナとの雪合戦に戻っている。
「はわ…………はわわわわ!」
「おいおい女神様みたいな怯え方するなよ。面白いだろう」
「わ、私はこんな怯え方しないのです! 不服なのです! 名誉棄損なのです!」
そして、魔物たちの眼と鼻の先にまで近付くと、シオンは涙目になってアルのコートを掴みながら肩を震わせた。並みの人間であれば、死を覚悟する巨大な力を持った魔物が目の前にいるのに、恐怖を押し殺せというのがそもそも無理な話なのだ。
「……あれ?」
だが、途中でシオンは気付く。ここまで近付いて何もしてこないことから疑問に感じていたが――近付いた魔物たちの全てが、眼を開き、牙を向けたまま、気を失っていることに。
「なん……で?」
この力には見覚えがあった。恐らくは、キティードラゴンを倒したのと同じ。
そして、そうなるのが当然のように、アルは氷の城の中へと足を踏み入れた。
何をしたのか、わからなかった。
何かをした様子も、なかった。
「ま、待ってください」
あまりにも不可解な力の底知れなさに恐怖し、シオンは驚愕で目を見開く。
シオンが、アルハザード家がどうして近付くのも禁忌とされたのかの理由を目の当たりにした瞬間だった。
次回更新は12/17 13時予定です




