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いざ、雪の戦場へ

「ま、世界のことは一旦置いといて、そろそろ行こうか? 折角アルハザード家にまで足を運ばれたんだ。何事もお客様を優先しないとな」


 直後、アルは指をパチンと鳴らす。すると、先程までバイクに跨って楽しそうに走り回っていたルミナは急に方向転換し、屋敷の中へとバイク毎戻る。


「どうぞ、シオン様。上着をお預かりいたします。よろしければこちらで荷物もお預かり致しますが……どうしますか?」


 気付けば、ルミナと一緒に子供のようにはしゃいでいたヨシーダも、いつの間にかシオンの背後に立っていた。


「ちょ……やめてくださいヨシーダ先生! 僕は生徒ですよ⁉」


「生徒以前に、我がアルハザード家当主のお客様です。無礼を働くわけには参りません」


 唐突の変貌ぶりにシオンは戸惑いながらも、屋敷内に入る。するとそこには、いつの間に着替えを済ませたのか、メイド姿のルミナが凛とした姿勢で立ち尽くしていた。


「ようこそおいでくださいましたシオン様、ご不都合があれば、なんなりと申してください」


「し……シオン様って、君じゃなくて?」


「そのようなご無礼は働けません。シオン様はご主人様の大切なお客様ですので」


 そして、ルミナにまで他人行儀な扱いをされ、シオンは引きつった顔を浮かべる。


 一応は友人のつもりでいたため、ルミナにそういう態度をとられるのは少しショックだった。


「おい、シオン少年が困ってるだろ。そういう切り替えは相手を見てやれ」


「あ、そッスか? シオン君いらっしゃいッス~」


「ウェーイ! シオン少年ウェーイ! とりあえず上着脱いじゃう?」


「なんなんだこの人たち」


 アルの一声でコロコロと態度を急変させる姿に、それだけアルに対する忠誠心が深いのだろうとシオンは解釈する。とはいえ、別人を見ているみたいでなんともいえない気持ち悪さがあった。


「というか、私の時はそんな風に接しなかったではないですか!」


「ファティマ様の時は、突然のご来客だったし、ご主人から「丁重にお迎えしろ」なんて言われてなかったッスから……申し訳ないッス」


 特別扱いを受けているシオンが羨ましいのか、ファティマは少しだけ頬を膨らませる。


「本当に女神様なのかあんた……?」


 そんな少し子供っぽい姿を、ロップイは呆れた顔で見届けた。


「さて、早速だが……シオン少年は戦場に行くときはどんな服装をしているんだ?」


「服装ですか? 一応この学生服を着用しています。学生服は強度も高く、上に鎧を被せればある程度の衝撃は吸収してくれますから」


「へえ、学生服って便利なんだな。なら着替える必要もないな」


「着替える必要って……そもそもこれから何をするつもりなんですか? 僕をこの屋敷に呼んだのはどうしてです?」


「今日の朝にも学院で言っただろう? 試験を乗り越えるために、主従契約をしに行くのさ」


「今からですか? もうすぐ……陽も落ちますよ?」


「時間なんて関係ないさ、早いとこ主従契約を結んだ方が、気持ちにも余裕ができるだろう?」


 時間は問題としていないのか、アルはハットをつまんで上げると、シオンにウインクする。


 自分のために時間を気にせず動いてくれるのはありがたかったが、シオンは内心不安でいっぱいだった。魔物と主従契約を結ぶには、基本的に己が力で倒さなければならず、夜目の効く魔物と夜に戦うのは、シオンにとって不利でしかないからだ。


「どうして僕にここまでしてくれるんですか? 正直……意味がわからないです。僕は最初、あなたに対して警戒心剥き出しで……失礼な行動をとってしまったのに」


「さっきも言ったが面白そうだからというのがニ番目の理由。ルミナの知人だからというのが三番目の理由。ロップイが懐いているというのが四番目の理由だ」


「一番目の理由は……?」


「君がアルハザード家に来てくれた。これが一番の理由だな」


「そんな理由で?」


「充分な理由さ。良い噂の流れていない我が家にお越しいただいたんだ。帰ることもできたのに、君はそうしなかった」


「でも、ルミナちゃんに見張らせていましたよね?」


「見張らせただけさ、強引に連れてはこなかっただろう?」


 言葉通り、ルミナは見張っていただけなのを思い出し、シオンはハッと気づいた顔つきになる。


「それに元々、世界樹の聖域でばったり出くわした少年が、まさかのウチのメイドの知り合いだって言うんで、ちゃんと話をしたいとは思っていたのさ」


「なんのためにですか?」


「今後色々と人手が必要になってくるんでね、一緒に馬鹿やってくれる仲間を探しているのさ」


 どうして人手を必要としているのか、その理由をシオンはなんとなく、先程話してくれたこの世界の危機に繋がっているのだろうと察し、神妙な面持ちを浮かべた。仮に本当にそれが理由で人手を欲しているのであれば、その理由に対しての信憑性も上がるからだ。


「まあ、詳しい話は終わってからにしよう。そろそろ出発と行こうか」


 シオンのアルに対する疑問はまだ尽きなかったが、とりあえずは事を済ましてからにしようとアルは玄関ホールの奥へと歩き始める。


「え、どこに行くんですか? 出発するんじゃ……?」


 出かけると言った傍から屋敷の奥へと進もうとするアルにシオンはすかさず問いかける。


 直後、その疑問は払拭された。アルが進んだ道の空間が突如歪み、切り抜かれたかのように佇む別の空間に繋がるゲートが現れたたからだ。


 ゲートの先は、明らかにこことは違う、雪に覆われた景色が広がっていた。


 ゲートの先の空間はまだ陽が昇り始めたばかりなのか、雪が薄暗い光で照らされており、ユシール王国から遠く離れた場所なのが窺える。


「これは……【空間転移】?」


 アルが使った力に、シオンは驚愕する。


「これが……アル先生のスペシャルなんですか? 空間転移なんて、レア中のレアですよ⁉」


「いや、これは俺の力じゃなくてヨシーダのスペシャルだ。タイミングが良すぎて俺の力っぽく見えたが、こんなのが使えるなら世界樹の聖域で帰り道に困ってない」


「最高に盛り上がったでしょ?」


「紛らわしいんですけど」


 楽しそうに「ウェーイ! イリュージョン!」と気の抜ける台詞を吐くヨシーダだったが、それでもシオンにとっては驚きだった。言葉通り、【空間転移】のスペシャルは、千年に一度、現れるか否かと言われるほどに希少なスペシャルだからだ。


 過去に、三人ほどしかその力を持ったものがいないとされているほどに。


「その力があれば、王家直属の騎士団にだって簡単になれる力ですよ⁉」


「いや、ヨシーダのスペシャルは【空間転移】じゃないぞ? 正式には【具現化】だ」


「なんですか……【具現化】って、聞いたことがありません」


「言葉通り、イメージした力を具現化する力だ。熱くない炎も、熱い炎もイメージ次第で作ることができるのさ。こうやって、他の空間に繋がるゲートも作ることもな。イメージで作るゲートだから、実際に行ったところじゃないと繋げられないみたいだが」


「もっと凄いスペシャルじゃないですか⁉ なんですかそれ⁉」


 そんなスペシャル、少なくともシオンは聞いたことがなかった。


「なんで……ヨシーダさんの情報が学院に残っていないんだろう」


 そもそも、ヨシーダが学院の卒業生であるならば、そのスペシャル、及びヨシーダという優れた人間の噂が残っているはずだった。


 なのに、そんな噂を聞いたこともなく、シオンは首を傾げる。


「そういや俺もそれは知らないな、なんでなんだ?」


「それは勿論、このスペシャルがばれたら色々と面倒なので、適当に【身体能力強化】と偽って、学園生活を過ごしていたからでござるの巻」


「急に忍者になるなよ」


「忍者ってそういう意味不明な語尾なのですか?」


 ファティマの中の忍者知識がどんどん変な方向に蓄積されていく。


 その隣で、シオンは驚きながら息を飲んで、アルを見つめていた。


 スペシャルを【身体能力強化】と偽って実力を隠し通し、学院側に「これ以上教えることがない」と言わせて卒業してしまったヨシーダは勿論とんでもなかったが、そのヨシーダを王家直属の騎士団でもなく、自分の強さを活かした傭兵団でもなく、アルハザード家の執事として己の意志で留めさせているアルに、底知れなさを感じたからだ。


「ま、まさか! ルミナちゃんの【加速】も⁉」


「私は普通に【加速】ッスよ? 兄貴とご主人みたいな化け物と一緒にしないでほしいッス」


 一瞬、ルミナも凄い力を持っているのかとシオンは焦るが、好意を寄せている相手がそんなに遠い存在ではないことに心底ホッとして、安堵の溜め息をついた。


 そんなシオンの隣で、ヨシーダとアルが化け物扱いされたことに地味にショックを受けていた。

次回更新は12/16 13時予定です

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