29(改) 天ノ峰の端っこへ
だからといって、まさか先に行けと言われるなんて思わなかったんだけどな。
あの後直ぐにヒカリは、自分たちに地図を渡してきた。その、来訪者の住む在処が記されているものらしい。
それを頼りに住所へと向かうことになるのだが、ルイ曰く、そこは町のかなり外れにあるという。天ノ峰の人々がそこに近づくことは全く無い、はっきり言って何も損得がない場所らしい。
しばらく歩いて行くと、その内大きな施設が見えてくる。
思わずぎょっとするほどの衝撃が、そこにあった。
「何だ……ここ……」
門の先には広い範囲に渡って、幾つもの施設が立ち並んでいる。
その施設の一つ一つが小さいわけではなく、そのどれもが4,5階を越えている上に、良く見ると8階建てもあるのだから変な声が出る。
敷地は天ノ峰邸が何個分の広さだろうか。ただでさえ総合病院ほどの大きさな、あの家を遥かに凌いでいる。一瞬お城かと疑うほどの広さがあるその施設を、自分は想像だにしたことが無かった。
「あー……やっぱりそういう反応になっちゃうよね」
ルイの口ぶりからして、自分の反応は間違っていなかったようだ。そりゃあ、いきなりこんなのが見えたらな……。
「これ、学校だよ」
「これが!?」
「うん。ビックリだよね。私学ってすごい」
いやいや、私学だからで済まされる大きさなのか。明らかに学校の範疇を越えて、一つの町を形成しているじゃないか。それだけ大きい上に広い。
「小中高とあるんだけど、それぞれの校舎やらグラウンドやら、部活用の施設、体育館とか揃えてたら、とんでもない規模になったらしいよ」
「もしかして、天ノ峰家がここを……」
「何から何まで、全部ね」
確かにお金持ちだということは理解していたし、学校の理事長であるということも事前に知っていた。だが、ここまでの広さだとは誰も思うまい。
「しかも、元々天ノ峰家の私有地だった場所を使ったから、立ち退きだとか、人的被害とは無縁だったんだって」
「へぇ……昔から巨万の富を築いてたのか……というかルイ、やけに詳しいな」
「えへへ、父さん譲りの知識だよ」
「なるほどな」
自分も試験を受けて、来月からはこの学校で勉強をしているのだろうか。
……というか、未だ勉強道具を購入していないが、その辺りは大丈夫なのだろうか。
そう言えばまだ、ヒカリに受験をする旨を伝えていなかった。早いうちに言わないとな……。
道なりに進んでいくと、気付けば砂利道を歩いていた。
「なあ……本当にこの道なのか?」
不安にもなる。こんな舗装されていない場所に、住居なんてあるのか。
「ううん、合ってるはず」
ルイは真剣だ。地図と周囲の地形を交互に凝視して、照らし合わせている。それだけ、別世界の人間に会いたい気持ちが強いのだろう。
ルイは不思議なことにばかり興味津々だ。そんな彼のような人間をオカルトマニアと言うらしい。
「かじった程度だから、僕はにわかだよ」と彼自身は言うが、自分はそう思えない。その世界の扉に触れた時点で、既にマニアの領域へと足を踏み入れているように思う。だから、別に否定しなくてもいいと思うんだけどな。嫌なのかな。
「わっ!」
ルイはよろめいて、そのままドサッと転んでしまった。周囲と地図を眺め過ぎて、足元が見えていなかったらしい。真剣になり過ぎると、こういうことも起きるんだな……。
「大丈夫か?」
「うぅ……大丈夫……」
幸いにも目立った外傷は無さそうだが、その目には涙が。
流石に本気で泣いている訳ではなくて、転んだショックみたいだ。
ぬかるんでいなかったのがせめてもの救いか。汚れも最小限に止められたし、これなら進むのに支障はないだろう。
ルイは立ち上がると、直ぐにズボンに付いた砂ぼこりを払う。そして……。
「え……!?」
いきなりなので驚いた。まさか突然手を握ってくるなんて……。
「こうすれば、転ばないかも」
「あ、ああ……そうだな……」
頭がショートしてしまいそうだ。とてもあつい。きっと、彼が突飛な行動をしたせいだろう。自分の考えが及ばない行動をされてしまうと、ドキドキしてしまう。
でも、この間みたいに発狂寸前になるようなことは控えたい。冷静になれ、落ち着くんだ……。
「ベガ、顔真っ赤だよ」
「なんでもない、気のせいだ気のせいっ」
「本当かなあ」
何でもないわけじゃないんだ。だけど見栄を張る。
心の内を、ルイに覗かれたくないんだ。今日に限って、どうしてだろうな。
「あ、何か見えてきたよ」
「どれどれ」
うまい具合に話が逸れて良かった。そう思いつつ、彼の示す遠くを見てみる。
「うわぁ……」
力強く、そして、身長よりも高いであろう緑によって形成された、深い繁みが広がっていた。
まだしばらくは、長い道のりが続きそうだ。




