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第十五章:王座の上の見慣れた顔

暗くてじめじめした廊下の奥に、高さ20メートルもある真っ黒な巨大なドアが立っている。ドアには無数の苦しむ魂がほられている。


このドアの向こうが、大陸最大の悪夢――魔王の間だ。


「ハァ……やっと着いた」


俺は死んで生き返るループを何回やったかわからないくらいボロボロの体を引きずり、ヒザに手をついてハァハァと息をあらい。うしろのプリーストたちがプロとして【大天使の超回復バリア】をキープしてくれていなかったら、俺は今ごろ炭火焼きのミンチになっていただろう。


(佐藤さん、まだ生きてますか?)

腰のリリアが弱々しい声を出す。

(私のサヤ、トラップの酸でボコボコに溶けちゃいましたよ、超ダサいです……天界に帰ったら経費で純金のやつに変えてもらいますからね)


「お前は自分のサヤのことしか頭にないのか!俺は魂まで焼かれそうになったんだぞ!」俺は心の中でつっこんだ。


俺のひどい姿とくらべて、うしろを歩く勇者ライアンとチートチームは、ホコリひとつついていないカンペキな姿をたもっていた。エルフの大賢者にいたっては、ライアンのマントのすそを直してあげている。


「おつかれさまです、前衛のおじさん。あなたの動きはすばらしく、退屈な障害物をカンペキにかたづけてくれましたよ」

ライアンは俺のそばに来て、あのさわやかなえがおを作り、まぶしい光を出す聖剣をゆっくりと抜いた。


彼は深呼吸し、リラックスした顔を一気にマジメな神聖モードに変えた。


「みんな、最後の聖戦だ。女神の名において、この世の悪を断ち切ろう!」


ライアンは重い真っ黒なドアを蹴り開けた。


「ドゴォォン――」


ドアの向こうのけしきに、俺たちは全員フリーズした。


山のような白骨もないし、血の池も、燃える炎もない。この広い部屋は異常なほどきれいで、まるで高級なVIPルームのようなインテリアだった。床にはふかふかの赤いじゅうたんが敷かれ、柱にはやさしい光の魔法ランプ。空気にはなんと……淹れたてのコーヒーのいい香りがただよっている?


そして、部屋の奥にある高い王座の前に、真っ黒な魔王のマントを着た人影が立っていた。


「魔王!お前の最後だ!」


ライアンは聖剣をかかげ、カンペキなヒーローのポーズを決めて大声でさけんだ。

「俺は勇者ライアン!天界の加護を胸に、今日ここでお前を……」


ライアンのセリフが終わる前に、王座の人影がゆっくりとふり返った。


メタルフレームのメガネをかけ、金髪のフロントヘア、おだやかでスキのないえがおの顔。その手にはなんと、湯気の立つホットコーヒーのカップまで持っていた。


「……え?」


ライアンのスピーチがピタッと止まり、口をぽかんと開け、神聖なオーラが一瞬でくずれた。


彼だけじゃない。うしろのエルフ2人も、プリースト4人も、ドワーフ2人も、全員カミナリに撃たれたように固まった。


そして俺は、その顔を見た瞬間、足の力が抜けてふかふかのじゅうたんにヒザから崩れ落ちた。


「ル、ル、ル……腹黒神っ!?」

俺は王座の魔王を指さし、裏返った高い声で叫んだ。


(ウソでしょ!?)

リリアがサヤの中でヤバい悲鳴を爆発させた。

(なんでうちの第3支部の副主任が魔王の席に座ってるんですか!しかも魔王のマント着てるし!これドッキリカメラかなんかですか!?もしアイツを斬ったら、天界に帰ったあと上司を殴った罪でクビになりませんか!?)


「おや、ライアンじゃないですか」


王座の「魔王ルシアン」はメガネをくいっと押し上げ、ものすごくおだやかで、エリート感たっぷりな上品な声で口を開いた。

「5年ぶりですね、背が伸びましたね。人間界のご飯はおいしいみたいですね」


彼はコーヒーカップをライアンに向けて軽く上げ、まるで昔の友達とお茶会でもしているかのようだ。


「ルシアン……様?」

ライアンは聖剣をにぎる手をブルブル震わせ、ナマイキだった目にパニックとハテナを浮かべている。

「いったいどういうことですか?なぜあなたがここに?本物の魔王は?」


「ああ、そのことですか」


魔王ルシアンはカップを置き、カンペキなえがおのまま、ゾッとするようなことを言った。

「私は本体ではありません。ルシアンの『分身ナンバー007』です。本体は今ごろ、天界のオフィスで書類の処理をしながら、レジス主任にこき使われているはずですよ」


「分身?」


「ええ」

分身ルシアンは上品に足を組み、ていねいに説明を始めた。

「5年前、本体があなたをこの世界に転生させに来た時、もとの魔王が空気を読まずに転生のおジャマをしてきましてね。本体はその時、急いでレポートを出しに帰る途中で少しイライラしていたので、ちょっとだけオーラを出したら……うっかり、もとの魔王を魂ごと蒸発させてしまったんです」


部屋の中が死んだように静まり返った。


少しオーラを出しただけで魔王を蒸発させた!?


「でも、魔王が急に消えると、この世界の『正義と悪のバランス』がノルマをクリアできず、世界線が崩壊してしまいます」

分身ルシアンはやれやれと両手を広げた。

「本体は自分がやったミスをカバーするために、髪の毛を一本抜いて、少しだけパワーを持たせた私を代理の魔王としてここに置いたんです。私は毎日ちゃんとタイムカードを押して働き、魔王軍を回しながら、あなたという勇者が育って私を殺しに来るのを待っていたんですよ。世界のループを完成させるためにね」


「つまり……あなたはただのバイトの代わりですか?」

ライアンはポカンとしている。


「その通り。ですが」

分身ルシアンの言葉が変わり、メガネの奥の青い目がキラリと光った。

「私はやられ役として来たんですが、本体が私を作った時、どうやら『難易度レベル』を下げるのを忘れたみたいでして」


「どういう意味だ?」

俺はきたいを込めて聞いた。


「つまり、今の私のパワーは本体のほんの一部ですが、たぶん……この世界の最強戦力よりは、まだちょっとだけ強いかな、ということです」

分身ルシアンは立ち上がり、上品にマントのホコリをはらった。

「さて、思い出話はここまでです。魔王としての仕事はしないとね。さあ勇者ライアン、この5年で天界のチートをどこまで使いこなせるようになったか、見せてもらいましょうか」


ライアンは深呼吸し、目をマジメにして、すこし狂ったようなオーラを出した。


「そういうことなら、えんりょなく行きます!ルシアン様!」


ライアンがさけぶと、全身からまぶしい光が爆発し、【全データ限界突破】が発動した。彼は金色のカミナリになり、音を超えるものすごいスピードで聖剣を両手でにぎり、分身ルシアンの頭めがけて思い切り振り下ろした!


「超・聖光魔王スラッシュ!!!」


魔王城をまっぷたつにするほどのすごいパワーだ。


しかし。


「動きがバレバレですよ。剣の角度もまだまだですね」


分身ルシアンはやさしいえがおのまま、腰の剣すら抜かず、ただ軽く右手の人差し指と中指をスッと出した。


「カィン!」


きれいな金属の音がした。


ライアンの全力の攻撃は、なんと分身ルシアンの二本の指で、ピタッと止められてしまったのだ。


「こ……こんなバカな!」

ライアンは目を丸くし、全力で剣を押し込もうとしたが、聖剣はルシアンの指の間に根が生えたように1ミリも動かない。


「パワーだけじゃダメですよ」

分身ルシアンは軽く笑い、指をピンッと弾いた。


「ドゴォッ!」


言葉にできないほどのヤバい反動が剣から伝わった。ライアンは打たれた野球のボールのように何十メートルも後ろに吹き飛び、真っ黒な壁に激突して大量の血を吐いた。


「ライアン・リーダー!」


勇者チームがやっと動き出した。2人のエルフはすぐに最高ランクの【メテオストライク】と【絶対零度フリーズ】をとなえ、燃える巨大な石と魂も凍る冷気が王座に向かった。


ドワーフ2人もタワーシールドをかまえ、【突進アタック】で重戦車のようにルシアンをはさみうちにした。


国をひとつほろぼすほどのコンボ攻撃を前に、分身ルシアンは軽くため息をついた。


「効率が悪すぎますね。あなたたちのチームワーク、もし本体がチェックしたら、ぜったいにボツにされますよ」


彼は一歩も動かず、ただ天界のえらい神様としてのオーラをほんの少しだけ出した。


風も爆発もない。ただ純粋な、ランクが違いすぎる「重圧」が一瞬で降りてきた。


「ドゴォォン!」


絶対防御のドワーフ2人は、ルシアンの服のすそにさわる前に、見えないオーラに押しつぶされて両ヒザをつき、重いシールドはヒビだらけになり、床の石にめりこんで動けなくなった。


そして空中のメテオと氷の魔法は、ルシアンから3メートルのエリアに入った瞬間、ぜったい的なルールの壁に当たったように、音もなく消え去った。


「な、なんで……私たちの魔法がぜんぜん効かない……」

エルフはぜつぼうしてへたり込んだ。


うしろのプリースト4人はパニックになりながらライアンに【超回復バリア】をかけたが、ライアンのケガはものすごくゆっくりとしか治らない。分身ルシアンのオーラには高いランクの「神のバツ」の属性があり、ふつうの回復魔法ではすぐに消せないのだ。


30秒もかからなかった。この大陸を無双した、ドン引きするほどの重課金チートチームは、分身ルシアンがまだ本気すら出していないやさしいえがおの前で、完全に全滅した。


広間には、倒れてうめき声をあげる勇者たちだけが残った。


分身ルシアンはメガネを押し上げ、クルッと顔を向け、柱のうしろでガタガタ震えている俺にその青い目を向けた。


「さて、次はそこの……見慣れないおじさんの番ですね」

ルシアンはていねいなえがおのまま、ゆっくりと俺に歩いてくる。

「本体からあなたのデータはもらっていませんが、ここまで来られたのなら、何かすごいパワーがあるんでしょう?」


おだやかで上品なのに、命をうばうようなものすごいプレッシャーのある目で見られ、心臓が止まりそうになった。


逃げ場はない!うしろの勇者チームは全滅、逃げるルートはゼロだ!


「ヤケクソだ!持ってるスキルをぜんぶぶつけて、少しでもHPをけずってやる!」


俺は歯をくいしばり、追い詰められたケモノのようにほえた。

「くらえ第一弾!『指先から火が出るやつ』!」


俺が右手を突き出すと、指の先に2センチくらいの、今にも消えそうなオレンジ色の小さな火がついた。


分身ルシアンは足を止め、俺の指先の火を見て、少し首をかしげた。


「……これは、マジックのショーですか?」


彼は軽く息を吹きかけた。


「フッ」


火は消えた。


広間がものすごく気まずい空気になった。


(佐藤さん、ターボライターなんか出してハジかかないでくださいよ!)

リリアが俺の脳内で大泣きする。

(早く私を使って!私でアイツを斬って!)


「クソッ!第二弾!『超高周波・聖剣バイブレーション』!マックスパワー!」


俺は腰のリリアを引き抜き、鉄剣が一瞬で1分間に1万回のうるさい音を立てた。俺は目を閉じ、熱くなった鉄剣を大剣のようにかまえて、ルシアンの頭めがけて振り下ろした!


「ブイィィィン!」


予想通り、分身ルシアンは二本の指を出して、ものすごいスピードで震える剣の刃をピッタリとはさんだ。


「うん、この震え方はなかなかユニークですね。肩こりのマッサージによさそうです」

ルシアンは笑って感想を言う。


だが、剣をはさむ力はペンチのように強い。リリアはダメージを与えられないどころか、強くにぎられたままムリヤリ震えさせられたせいで、ルシアンの指の間でひどい悲鳴をあげた。


(うわあああああっ!止めてえええ!私の脳みそ(あればだけど)がシェイクされちゃう!吐きそう!オエェーッ!ルシアン先輩はなしてよぉ!私リリアですよ!)


残念ながら分身ルシアンには本体の記憶データがなく、彼は5年前のリリアを知らない。


「これもダメか!なら第三弾だ!」


俺はバラバラになりそうなリリアを引っ込め、ムリヤリ鼻のムズムズを呼びおこした。


「ハックショォォン!!!」


【百発百中のクシャミ】が音の2倍のスピードの水弾になり、ルシアンの顔面に飛んでいく!


「ほう?面白い高速の暗器ですね」


ルシアンは顔色一つ変えず、軽く手をあげた。すると、透明なバリアが一瞬でできた。


「ベチャッ!」


音の2倍のクシャミ水弾はバリアに当たり、そのまま100%の力で跳ね返ってきて、俺自身の顔面にクリーンヒットした。


「うわあっ!キモい!」俺は自分の顔のツバをふきながら泣きそうになった。


三つの技がぜんぶダメ。ルシアンのメガネをくもらせることすらできなかった。


「おじさん、あなたの攻撃スタイル……本当に個性的ですね」

ルシアンはメガネを押し上げ、笑いながらも少しあきれた声を出した。「もし他に技がないなら、このおふざけは終わりにしましょうか」


彼はゆっくりと手をあげ、指先にヤバいオーラを放つ黒い光の玉を作った。


「待って!まだ最後の技がある!」


俺は頭が真っ白になり、もうどうにでもなれと、第4のガチャスキルを使った。


「くらえ……『Give me five』!!!」


俺は両手を高くあげ、目をギュッとつむり、ぜつぼうのさけび声をあげた。


スキルが発動した瞬間。


分身ルシアンの指先の黒い玉が、音もなくスッと消えた。あの恐ろしい目に少し驚きが走り、その後、絶対にさからえない「フレンドリーなルール」が彼の動きをムリヤリねじまげた。


彼の顔のえがおがもっとマジメになり、なんだか……明るくなった?


勇者チームがユーレイを見るような目で見る中、さっきチームを全滅させた無敵の魔王は、なんと軽いステップで俺の前に歩いてきて、両手を高くあげたのだ。


「パンッ!」

「パンッ!」


二つのいい音をひびかせるハイタッチの音が、魔王の部屋に響きわたった。


ハイタッチの後、分身ルシアンは自分の両手を見て2秒ほど固まり、そして楽しそうに軽く笑った。


「いやあ、このスキルは面白いですね。強制的に敵の心をリセットしてフレンドリーにハイタッチするんですか?私がデザインしたスキルは本当にユニークだ」

ルシアンはうんうんとヒザを打ち、このスキルのアイデアに大満足しているようだ。


俺は両手をあげたままポカンとし、心の中に少しの希望を持った。

「じゃ、じゃあこのバトルはこれで……」


「もちろんダメですよ」


ルシアンは一瞬でえがおを消し、目をまた冷たくて感情のないものに戻した。


「仕事は仕事です。ハイタッチはハイタッチ。あなたが勇者といっしょに来た以上、どうか……安らかに眠ってくださいね」


彼はまた手をあげ、指先の黒い玉はバスケットボールくらいにふくらみ、あの恐ろしい破滅のエネルギーが俺のおでこをロックオンした。


終わった。

4つの技をぜんぶ出して、結果は魔王からほめられただけだ。


俺は足の力が抜け、床にへたりこんだ。隣には振動のダメージでまだオエオエ言っている鉄剣リリア。うしろには全滅した勇者チーム。もう逃げ道はない。


俺の目は、ゆっくりとシステムウィンドウの最後のスキルに向いた。

あの『謹賀新年!あなたの願いが叶いますように!』とポップアップが出るだけの、ゴミみたいな電子カードだ。


(佐藤さん……)

リリアがぜつぼうして泣き声を出す。

(私たち本当にここで死ぬんですね……自分の上司の分身に殺されるなんて……)


「……いや」


俺はせまってくる黒い玉を見つめ、ピンチのどん底で、逆にヤケクソの狂気が出てきた。


俺が一体どんな悪いことをしたって言うんだ!死ぬ前の最後の武器がお正月のスパムカードだなんて!


第5スキル発動!どうせ死ぬなら、最高にバカバカしく死んでやる!


読まなくても全く問題ない裏設定


分身とはいえ、魔王ルシアンのパワーは本体の半分もある。この世界の生き物からすれば、絶対に勝てないバケモノである。


しかし、もし勇者チームがカンペキに協力しあって、佐藤をイジメずにマジメにここまで戦い抜いてきていれば。ルシアンはいいところで「やられたー」とわざと負けて消えてあげる予定だったのだ。


残念ながら、ライアンがあまりにもナメた態度で戦い、チートにたよりきっていたため、魔王ルシアンは「こいつら、一度ここでボコボコにして、実家に帰って反省させたほうがいいな」と教育方針を変えてしまったのである。


(作者もここまで書いてきて本当に思うのだが……佐藤のおっさん、ルシアン本体に『ただ場をかきみだすためのおジャマ虫』として適当にこの世界にポイ捨てされただけなのでは……?)


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