嵐と蛇の共闘
勢力圏の深部に入った。
冬が深くなっていた。外側の永冬とは別の次元の寒さ。空気中の水分がすべて結晶化し、微細な氷の粒が光に舞っていた。吸い込む空気が凍り、吐く息が白く凍る前に、喉の奥で咳が出た。肺が焼けるように痛い。
だが──美しかった。
氷の結晶が、灰色の光を受けて虹色に散乱していた。数えきれない小さな結晶が空中に漂い、一歩踏み出すたびに渦を巻いて散る。足元の雪は氷に変わり、踏みしめるとガラスのような澄んだ音を立てた。木々はすべて凍りつき、枝の一本一本が氷の彫刻になっている。葉はなかった。樹皮もなかった。ただ透明な氷だけが、木の形を保って立っていた。
美しく、致命的だった。
ズラータの呼吸が荒い。ドモヴォイが小さな身体を丸め、もじゃもじゃの髭に霜がついている。ズラータの唇が青みを帯び、指先が白くなりかけていた。凍傷の始まり。結界で冷気を遮ろうとしているが、モコシュの力が衰えた今、結界の効力は限られている。
「長くは保たない」
ズラータが呟いた。声が霞んでいる。
ラスラフは嵐の力を使った。
右手から雷撃を放つ。蒼白い稲光が空気を裂き、冷気が蒸発した。雷撃の通過した跡に、一瞬だけ温かい空間が生まれる。凍りついた空気が溶け、蒸気が立ち上り、息が楽になる。
だがすぐに冬が押し戻した。
温かい空間は三秒と保たなかった。周囲から冷気が流入し、蒸気が再び凍り、元の凍てついた空気に戻る。マルジャンナの冬は、力で押し返してもすぐに再生する。穴を開けても、穴がすぐに塞がる。
持久戦の困難さが肌で分かった。いくら嵐の力で冬を退けても、永冬そのものが力の源泉であるマルジャンナに対しては、消耗戦を強いられる。力を使い続けることはできるが、代償も進み続ける。
冬との戦いは、時間との戦いでもあった。
前方に、何かが見えた。
氷原の向こう、凍った大気の向こうに、巨大な構造物が聳えていた。
氷の城だった。
人間が造ったものではなかった。建築ではなく結晶。氷が成長し、重なり、積み上がって城の形を成したもの。尖塔が幾本も天に向かって突き出し、壁面は半透明の氷で構成されている。内側から冷たい光を放ち、空の暗さの中で静かに輝いていた。
巨大だった。ラスラフが知る人間の建物とは桁が違う。城というより山だった。氷でできた山が、城の形をとっている。その規模が、マルジャンナの力の大きさを物語っていた。
「あの城を突破すれば、マルジャンナの本体に辿り着ける」
ヴェレスが言った。白狼の姿。琥珀色の目が氷の城を見据えている。
城の前に、無数の影が蠢いていた。
冬の眷属だった。獣型の氷の怪物が、城の前方に隊列を組んでいる。数は──数十体。百を超えているかもしれない。銀白色の身体が、氷の城の光を反射してぎらぎらと光っている。
ラスラフは嵐の力を高めた。紋章が脈動し、右半身に熱が走る。周囲の空気が渦を巻き始めた。
ひときわ冷たい風が、城の方角から吹いてきた。
「行くぞ」
短く言った。嵐の気配を纏ったまま、ラスラフは氷の城に向かって歩き始めた。




