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雷神の忌み子 ~五感を代償に、少年は永遠の冬を終わらせる~  作者: 蒼月よる


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語られない真実

 マルジャンナの勢力圏が近づいている。


 ラスラフは修練の総仕上げを行った。嵐の力を全力で引き出し、制御する。北の暗い空を見据えながら、右手に力を集中させた。


 嵐の紋章が光を放ち、ラスラフの周囲で空気が渦を巻く。意識を研ぎ澄まし、力の流れを操る。局所的な嵐──頭上の限られた範囲に、渦巻く雲と稲妻を生成する。直径十歩ほどの小さな嵐。雲が回転し、その中心から蒼白い稲光が一条落ちた。雷鳴が氷原に轟く。


 消す。


 力の流れを遮断し、嵐を消去する。雲が散り、風が止み、稲妻が消える。数秒で嵐を生成し、数秒で消す。制御は確実に向上していた。


 もう一度。今度はより大きな範囲で。頭上三十歩の空間に嵐を展開し、複数の雷撃を同時に制御する。三条の稲光が、ラスラフが指定した三つの地点に正確に落ちた。雪が蒸発し、蒸気が立ち上り、焦げた匂いが風に乗った。


 力は十分にある。第二段階覚醒の嵐の力は、個体の精霊なら一撃で砕ける威力を持っている。


 問題は、全力を出したときの代償だった。


 紋章が脈動するたびに、右腕の感覚がさらに鈍くなっている気がする。嵐の痣は手の甲から前腕、肘の上まで広がっている。全力を解放すれば、痣はさらに伸びるだろう。感覚の喪失もさらに進む。


 どこまで進むのか。それは──やってみなければわからなかった。



 ズラータは野営地の隅で、薬草の準備をしていた。


 腰には紡錘を帯びたまま。使い込まれた木製の紡錘に、摩耗した紋様がかすかに残っている。モコシュの力の媒介だったもの。今はもう光を灯すことはない。


 だが手は止まらなかった。


 薬草を分類し、調合している。止血用の粉末。解熱の煎じ薬。凍傷に塗る軟膏。巫女の治癒力に頼れない以上、物理的な治療手段を用意するしかない。モコシュの力がなくても、巫女の知識は残っている。薬草学の知識、応急処置の技術。力を失った後に残ったもの。


 苦い匂いが指先に染みた。


 乾燥させた薬草を石で擂り潰し、粉末にする。地道な作業だった。手を地面につけて過去の映像を読み取ることも、紡錘を通じて力を集中させることも、もうできない。だが──この手で薬草を擂り潰すことはできる。この指で傷口に軟膏を塗ることはできる。


 ラスラフに触れられるなら。


 掌の雷痕が、薬草の苦い汁で滲んだ。


 紡錘と薬草袋を並べて腰に帯びた。古い力と新しい手段。どちらも自分のものだった。



「坊主、本当にやるのかい」


 ドモヴォイがラスラフの前に立ち、見上げた。


 もじゃもじゃの眉の下の小さな目が、いつもの軽口の色を失っている。代わりにあるのは、素朴な恐怖だった。精霊にとって、神は「上の存在」だ。家の守護精霊であるドモヴォイと、冬と死を司るマルジャンナでは、存在の格が根本的に違う。


「あれは冬の女神じゃぞ。神じゃ」


 ラスラフは北の空を見た。渦を巻く暗い雲が、あの空の奥にいるものの気配を伝えている。


「やるしかない。マルジャンナを退けなければ、先に進めない」


 答えは簡潔だった。事実だけを述べている。だがその声の下に、恐怖がなかった。力への信頼が恐怖を押し殺している。嵐の力があれば、冬の女神にも対抗できる。そう信じている。


 信じたかった。


「北に向かう。明日、マルジャンナの勢力圏の中心に入る」


 ラスラフは空を見上げた。暗い空に、渦を巻く雲が見えた。雲の動きは遅いが、力を孕んでいた。凍りついた風が、ラスラフの頬を叩く。


 あの雲の中心に、冬の女神がいる。


 ラスラフは嵐の紋章に触れた。右手の甲で、蒼白い紋様が脈動していた。この力が、冬を砕けるか。この身体が、神に対峙して保つか。


 答えは、明日わかる。


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