表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷神の忌み子 ~五感を代償に、少年は永遠の冬を終わらせる~  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/143

氷原の掃討

 三日目の朝も、ラスラフは一行の前方を独りで歩いていた。


 二十歩の距離。昨日と同じ。背後にズラータとドモヴォイの気配を感じながら、振り返らずに歩く。灰色の空の下、氷原はどこまでも平坦で、踏みしめる雪の感触だけが単調に繰り返された。


 右手の指先から、微かな放電が時折弾ける。制御しようとしている。ヴェレスに教わった方法で、力の流れを細く保とうとしている。だが完全には止まらない。感情が揺れるたびに、火花が散る。


 背後で、足音が変わった。


 ズラータの歩調が速まっている。規則的だった足音が、雪を蹴る音に変わった。近づいてくる。


 ラスラフは歩調を上げた。距離を保とうとした。


 だがズラータの足音はさらに速まった。走っているわけではない。だが迷いのない足取りで、確実に距離を詰めてきている。十五歩。十歩。


「来るな」


 言いかけた。口を開いた。


 だがその声が出る前に、ズラータの声が先に来た。


「離れないで」


 震えていた。声が。だがその震えの下に、折れない芯があった。ラスラフは足を止めた。振り返った。


 ズラータが立っていた。五歩の距離。外套の襟を合わせ、風に金色の三つ編みが揺れている。緑色の目が、真っ直ぐにラスラフを見ていた。


「私は放電を恐れていない」


 声は震えていたが、目は揺れなかった。


「恐れているのは、あなたが自分から離れていくことだ」


 ラスラフは言葉を失った。ズラータの目に浮かんでいるのは、怒りでも悲しみでもなかった。決意だった。恐怖を超えた場所にある、静かな決意。


 ズラータが右手を持ち上げた。掌を見せた。


 枝分かれした赤い雷痕が、焚き火の残り香を帯びた掌に走っている。三日経っても消えない、嵐の力の焼印。


「この痕は消えない。でも、あなたが触れた証でもある。私はこれを、呪いだとは思わない」


 ラスラフの胸が軋んだ。


「でも、次はもっと──」


「次がどうなるかは、私が決める」


 ズラータが遮った。声の震えが消えていた。


「あなたが決めることじゃない。私の身体に何が起きるかは、私が引き受ける。あなたが勝手に離れていい理由にはならない」


 断定的だった。いつものズラータの口調。感情を排した、無駄のない言葉。だがその言葉の下に流れるものが、以前とは違った。使命でも義務でもない。もっと生々しい、剥き出しの何か。


 ラスラフは何も言えなかった。答える言葉を持っていなかった。不器用な口が、震える言葉も、感謝も、謝罪も形にできなかった。


 ただ、立ち尽くしていた。



 二人は並んで歩いた。


 手は繋がなかった。触れなかった。五歩の距離が三歩に縮まったが、それ以上は近づかなかった。ラスラフの指先から時折弾ける放電が、それ以上を許さない。


 だが距離の意味が変わった。


 昨日までの距離は、ラスラフが自分から作った壁だった。触れれば傷つけるという恐怖が築いた、逃避の距離。だが今の距離は──二人で選んだ距離だった。今は触れられない。だが隣にいる。放電が止まるまで、この距離で歩く。それは孤立ではなく、共存だった。


 ラスラフは右手を握り、開いた。放電は止まらない。だがズラータが隣にいる。三歩の向こうに。触れない距離に。でも、確かに。


 後ろからドモヴォイの声が聞こえた。


 独り言のように、小さく。ラスラフの耳に辛うじて届く声で。


「……ああいうのを、絆っていうんじゃろうなあ」


 ラスラフは振り返らなかった。だが口元が、ほんの僅かに緩んだ。すぐに引き締めたが、ズラータが横目で見ていたかもしれない。


 氷原を、三つの影が並んで歩いていく。先頭の二つの影は、触れない距離を保ちながら、同じ方向を向いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ