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雷神の忌み子 ~五感を代償に、少年は永遠の冬を終わらせる~  作者: 蒼月よる


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別れの焚き火

 出立の前日に、猟師が帰ってきた。


 ヴォログダの門が開き、毛皮の外套を纏った男が雪を踏み越えて集落に入った。凍傷の痕だらけの顔。鼻の頭が黒ずみ、頬に白い凍傷痕が幾筋も走っている。北の苛烈さを、その顔が証言していた。


 男の名はボリスといった。ヴォログダの古参猟師で、北の氷原を知り尽くした偵察の専門家だと、ミロシュが教えてくれた。


 猟師はラスラフを見ると、足を止めた。痣を一瞥し、何も言わなかった。怯えも期待もなく、ただ情報を伝えるべき相手として認識した目だった。


「あんたがペルンの力を持つって男か。ちょうどいい。聞いてくれ」


 声に震えがあった。寒さのせいだけではなかった。


「北に行ってきた。偵察だ。三日かけて、マルジャンナの勢力圏の境まで。そこで──見た。冬の精霊の集団だ。今まで見たことがない規模だった」


「規模とは」


「百を超えていた。統率されている。ばらばらに動く下位の眷属じゃない。隊列を組んで、巡回している。まるで──軍隊だ」


 猟師の声が低くなった。


「仲間が一人、やられた。偵察中に眷属の一体に見つかって──追い詰められた。逃げる間もなかった。精霊の動きが速い。今まで相手にしてきた眷属とは桁が違う」


 ラスラフは黙って聞いた。猟師の手が震えている。寒さと恐怖の両方。仲間の死が、まだ指先に残っているのだろう。



 長老の居室に場所を移した。


 猟師ボリスが膝に手を置き、記憶を整理するように話し始めた。


「精霊の特徴を言う。通常の冬の眷属とは明らかに違った。まず大きい。下位の眷属の倍はある。全身に霜の鎧を纏っていて、普通の武器じゃ傷もつかないだろう」


「武器は」


「牙のような氷の刃を両手に生やしている。あれで斬られたら、鉄の鎧ごと砕かれる。仲間はそうやって──」


 猟師が言葉を切った。喉が動いた。


「……それだけじゃない。連中は声を出す。人間の言葉じゃないが、互いに意思疎通している。だから統率されているんだ。指揮系統がある。偵察と包囲と追撃を分担していた。獣じゃない。兵士だ」


「霜の牙」


 ラスラフが呟いた。ドモヴォイが集めた噂と一致する。


「そう呼ばれてるらしいな。猟師仲間の間では、そう言ってた。霜の鎧と氷の牙。マルジャンナの直属だろう。あいつらが南に下りてきたら──ヴォログダは持たない」


 猟師の目がラスラフの腕に向いた。蒼白い紋章を。


「あんたの力があれば、と思う。だが──無理に頼むつもりはない。ただ、北に行くなら気をつけろ。群れで来るぞ」



 集落の外れに出ると、白狼が待っていた。


 琥珀色の目が、ラスラフの報告を聞いた。猟師の証言のすべてを。白狼は一言も口を挟まず、最後まで聞いてから、低い声で分析を始めた。


「マルジャンナの先兵だ」


「やはりか」


「永冬の中で力を増した精霊を、直属の戦闘部隊として編成している。霜の鎧は冬の女神の力の凝縮。通常の冬の眷属とは比較にならん。Part 1で戦った下位の眷属が木の枝なら、霜の牙は鋼の刃だ」


 ヴェレスの声に、珍しく緊張があった。普段の皮肉が消え、師としての真剣さが前に出ている。


「第二段階覚醒後のおまえなら、一対一では勝てるだろう。だが油断するな。群れで来れば話は別だ。統率された精霊の集団は、数以上の脅威になる」


「俺が倒す」


 ラスラフは静かに言った。蛇の庭で修練を積み、第二段階覚醒を経た力がある。雷撃の精密制御。風の操作。天候の改変。冬の精霊を相手に負ける気はしなかった。


 ヴェレスが白狼の姿のまま、ラスラフを見上げた。


「油断するな」


 重ねて言った。琥珀色の目に、警告の色が濃い。


「力があるからこそ、力を過信する。おまえの父も──」


 言いかけて、止めた。何かを飲み込むように、白狼の顎が閉じた。


「何だ」


「いや。明日発つ。北に向かう。マルジャンナの勢力圏に近づけば、霜の牙との接触は避けられまい。準備をしておけ」


 白狼が立ち上がり、雪の上を歩き始めた。話を逸らしたことは明白だった。「おまえの父も」の続きが何だったのか。ペルンのことだろう。ペルンも力を過信して、世界を壊した。そう言いたかったのか。


 それとも──別の何かか。


 白狼の背中は答えを語らなかった。霜を纏った白銀の毛並みが、永冬の闇に消えていく。


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