エピソード3-⑪
ジークフリートは背中にルードウィヒとタッキーを乗せて空を飛んだ。よく晴れていて、景色がきれいだ。吹く風も心地良い。
「わあー、すごいや!」
初めての空中散歩にタッキーが感動している。
「ありがとうよ。こんなの墓守の仕事じゃないだろうに…」
ルードウィヒがジークフリートに礼を言う。もう二度と空は飛べない、と思っていたルードウィヒは本当に喜んでいた。
「構いませんよ。墓場には今、あなたしかいないんですしね」
ジークフリートは笑顔で答える。
時々出会う鳥たちが、大慌てで逃げていく。タッキーにはそれも面白かった。ルードウィヒは感慨深げに上空の空気を吸っていた。
ひとしきり飛ぶと、ジークフリートは墓場へ戻った。もう昼過ぎだった。タッキーはジークフリートの背中からピョンと飛び降りた。
「ありがとうございました、ジークさん。とっても楽しかったです」
「それは良かったです」
ジークフリートはニッコリ笑って、それからルードウィヒの体を背中からゆっくりと降ろした。
「ありがとう、本当にありがとう」
ルードウィヒは何度もジークフリートに礼を言った。
「いいんですよ。気にしないでください。あなたが満足して下されば、それが私にとっても嬉しいんです」
「本当に楽しかったよ…ああ、そのまま体を横にしてくれないか。さすがにちょっと疲れたよ」
ジークフリートはルードウィヒの体を寝かせると「ゆっくりお休み下さい」と声を掛けた。
その日、ルードウィヒはそのまま目を覚まさなかった。
次の日、タッキーがルードウィヒの朝食を持ってきても、まだ起きていなかった。
「ルーさん、朝ですよー。今朝はネズミを3匹も獲ってきたんですよ」
しかし、タッキーが話しかけても返事がない。
「ルーさん…?」
ただ寝ているだけにしては、姿勢がちょっと変だ。体を横にしている…のはわかるが、妙に首が後ろにのけぞっている。するとルードウィヒは
「グゥオオオ…」
と不自然な低い唸り声をあげた。
「ルーさん、大丈夫ですか!?」
タッキーはルードウィヒの頬をペチペチ叩いてみた。しかし、反応はない。そこへジークフリートがやってきた。
「どうしたんですか?」
「ジークさん、ルーさんが変なんです。なんか苦しそうに唸ってるんですけど、目を開けてくれなくて…」
その時、またルードウィヒが叫んだ。
「グウウウオオォォ…」
苦しそうな表情、そしてさらに首を後ろへそらせ、今度は目を見開いていた。
「ルーさん!ルーさん!」
タッキーが呼びかけるが、返事はない。
「ああ…もう少し早く気付けばよかったですね」
そう言うとジークフリートはルードウィヒの頭に手をかざした。パアーッと当たると、ルードウィヒの顔から苦悩の表情が消えた。見開いていた眼をゆっくり閉じ、反り返っていた首が少し元に戻った。
「ジークさん、今何をしたんですか?」
「彼の体の苦しみを感じなくする魔法をかけたんです」
「そうですか、もう苦しくないんですね。でも、まだ目を開けませんね」
ジークフリートは少し間をおいて、タッキーに話す。
「彼はもう二度と目を覚ますことはありません。…永遠の眠りについたんです」
その事実にタッキーは驚く。
「永遠!?それって、ルーさんは…」
「亡くなったんですよ。元々もうあまり長くない状態でここへ来ましたからね。さっき苦しそうになっていたのは、心臓が止まりかけていたからなんです。寿命が尽きて亡くなる場合でも、心臓が止まる瞬間は、とても苦しいものなんです。…墓守の本当の仕事は、その心臓が止まる瞬間の痛みを感じないようにして、楽にあの世へ行けるよう、手助けをしてあげることなんです」
ジークフリートはゆっくりと語った。
「そんな…そんな…ついさっきまで動いていたのに…生きていたのに…。ボク達まだ知り合ったばかりなのに…。もっと話したいことがいっぱいあったのに…」
ルードウィヒの顔は、とても安らかに見えた。眠っているとしか思えないほど安らかだった。だが、その瞼が再び開くことはなかった。
タッキーは、泣きじゃくりながら考えた。
(ここはドラゴンの墓場だし、ルーさんはもう、空を飛ぶどころか歩けもしなかったんだ。長く生きられる訳なかったんだ。でも毎日楽しくて、ついそのことを忘れていた…)
タッキーは昨日、一緒にジークフリートの背中に乗せてもらって、空を飛んだことを思い出していた。
(ルーさんの心は、今頃空を飛んでいるんじゃないかな…。高く、高く、そして自由に…)
母が泣きながら書いていた時は「どうして泣いているんだろう?」と分からないでいましたが、私もこの話を書いていて泣きました。皆さんはどうでしたか?
お読みいただきありがとうございました。




