83 次の町でお買い物
さて、翌日にはリディナ王国を出発。
観光する場所もありますが、そうのんびりしている時間はありませんので次の町へ。
城下町のある湖畔から離れて再度山道へ。
新しく馬車も調達して、次の町、さらにその先の港町を目指すことになります。
旅程に思いを馳せながら馬車に揺られていると――。
すると横でふむむ、と唸るような声が。
「それには、何かかかれているんですか?」
シルヴァさんがいつにもまして熱中しています。
むむ、うーむ。顔をまっかにして蒸気がでてきそうなぐらいに熱心に読み込んでいます。
書物が思いの外上物だそう。
「……」
返事をしません。
「はは、こりゃ駄目だ」
ルビーさんも呆れ笑い。
「あ、これは失礼」
シルヴァさん、ようやく気づきました。
「今は失われてしまった魔法の情報がいくつも乗っているんです。ひょっとしたら復活させられないか、と」
「どんな魔法なんですか?」
「例えば、いろんなものに変身する能力」
別人、はたまた動物。中々に夢がありますね。ファンタジー世界はこうでなくちゃ。
「もし復活させられたら、わたしたちにも教えてくださいね」
「ええ、みなさんにお見せしますよ」
小国リディナ王国はもうまもなく通過。
ここまでは道中何事もなく、国境の近くの町に到着します。
ルサルという名前だそうです。
ここは鉱山地帯でもあります。
有名なリディナ産の金属は、実は城下町ではなく、この辺りで産出されるのです。
町から見上げられる高い禿げ山の至る所に金属を加工しているらしき、精錬所の煙がもうもうと立ち上っています。
そして、山には至る所に採掘する坑道の入り口が見えます。
掘削した土砂をひっきりなしに搬出し、まわる水車。
鍛冶工場、金属加工している煙がそこら中に見えます。
驚くことにリディナ城下町にも負けず賑わっています。結構な人々。
ここで一泊するのもいいのですが……。
まだまだ昼過ぎたばかりで、日没までだいぶあります。
「どうされます?」
勇者様にお伺いを立てます。
「そうだな、行けるとこまで行こうか」
もう少し先にいったところにカラボという小さな集落があり、そこには宿もあるそうなので、勇者様の裁可の上、とりあえずそこまで行くことにしました。
ここは通過するのみ。
とはいえ、武具防具が揃うこの町をとおり過ぎるのも勿体ない。ちょっと散策することにしました。
「お、武器屋だ」
早速一軒の武器屋を発見。この町にはあちこちに武器を扱うお店があります。
入ってみると小規模なお店なのに、品ぞろえがなかなかだし小洒落ています。
いいものを取りそろえていて、産地直売所的です。
皆、冒険者としての本能に吸い寄せられるように店内へ。
「あら、いらっしゃい。冒険に必要なもの取りそろえていますよ」
お店の女主人がお相手してくれました。
金属の産地でもあるので、剣や鎧をはじめとする武具防具などもリディナの特産品です。とても丈夫でなおかつ軽い。
さて……店内を覗くと、確かに沢山の武器が充実しています。剣や槍、そして他の冒険者たちでごったがえしています。
「ねえ、エレちゃん、これこれ」
ルビーさんなんかは、もうお店に吸い込まれていて、盾や防具などを眺めているその目がハートマーク。あんなラブリーな目は男にも女にもしません。
けれども……。
「どれどれ……」
刀が二本くっついているものとか、盾が剣山のようになっていて、攻撃にも使えるとか、珍妙なものばかり。
懐が豊かになったからといって、また無駄遣いしては、元の木阿弥です。
「それ実際に使われるなら、買わないこともないですが……」
再びこの攻防。
「……」
勢いで買ってしまうものは、大抵後から後悔するものばかりに決まってます。
「なら、せめてこの胸当てだけでも、大事に使うからさ」
「まあ、いいでしょう」
リディナ産金属を使用した耐久力に優れ、軽い防具。実用性もあり、大きく値下がりしない代物なので、買っていて損はしません。
「勇者様は何かほしいものはありますか?」
一人に買ってあげて後は我慢なんてわけにもいきませんので……。
「俺はこれがいいな」
勇者様、手に槍を持っています。
「槍術できましたっけ?」
「いや。でも持っていたら練習すると思う」
「まあ……いいでしょう」
10000エール。
「ルビー殿、エレーナ殿、これは……」
魔法使い用の剣が売っていました。細くて短め。
さらに鞘にシルヴァさん好みの装飾が施されています。
うっあれは高そう。
「へえーこれは珍しい。魔法使い用だね」
シルヴァさんの物理攻撃能力は、わたしとほとんど変わりません。
ただ実戦経験の差で、もし勝負したら軍配はシルヴァさんにあがるでしょうけどね。
剣をひょい、ととりあげて、何度か素振り。こりゃおもしろいとの評価。
「一番大事なのは自分の体にあっているかどうかさ」
そしてシルヴァさんに渡します。
「い、いいんですか?」
あまり武器になれていないシルヴァさん、おそるおそる握る。
「ちょっと振ってみて」
言われてえいやっと振りました。
「こ、こうですか?」
「もっと思い切って、おっとでも勢い余って自分の身体に触れないようにね。意外に自分が邪魔になることがおおいのさ」
シルヴァさんに武器選びのこつをご教示されています。
さりげないわたしへの圧力ですね。
「自分の戦闘スタイル、決めわざ、体の動き、ひとそれぞれだからね」
「じゃあ、エレーナ、これ、頼んだぞ」
全会一致でわたしに迫ってきます。皆さん、新しいおねだりの手法を編み出しましたね。一致団結して攻めてくる。
「うっこれは……」
「エレーナ殿、お願いします」
20000エール。結構なお値段。値下げ交渉を試みます。
精一杯のキラキラした目でお願い。
「これ、なんとかできないでしょうか……」
「それは、本当にそれしかないものだからねえ」
笑顔のお断りでした。
有名なリディナの鍛冶工のドワーフさんが気まぐれで作った一点ものだそうで、かなりのプレミア値段。
初めて目にしますよ。魔法使い用の武器なんて。
「お似合いですよ」
女主人からもおだてられて、試しぶり。
上機嫌にぶんぶん振っています。
珍しい、シルヴァさんが剣を持っている姿。
「お買い上げ、ありがとうございます」
結局根負け。
最終的に買ってしまいました。
でも転んでもただではおかない。
実は気前よくやっているのは、リディナ産の金属を使った武具防具などは、値崩れしないという特徴があります。
いざとなったら、売却できる。
たまにはみなさんの物欲も満たして差し上げないと、道中不満たらたらになりますから。しばらくはおねだりされても我慢してもらいます。
そういう長期的なバランスも計算に入れてのことです。
「ついでにエレちゃんも何か買ったら?」
「いいえ、わたしは結構です」
買ったら、わたしも戦闘に加わらないといけないじゃないですか。