78 漆黒の剣と少女
さらに大きく光赤い宝石をテーブルの上に置いた。
金目のものに少し目が利くガンガにはすぐにわかった。これは本物の宝石だ。
「足りないようなら……報酬をもっとあげてもいいわ」
さらにいくつもの色とりどりの宝石を置いた。
手下たちはざわめく。
だが、ガンガはすぐには飛びつかない。
「これは、どこで手に入れやがった。そこいらの冒険者が手に入れられるもんじゃねえ。ここまで大きな宝石は……この地上では取れない代物だ。天界か魔界か……」
ガンガはそれ以上は言わなかった。言わない方がいい。
少女の目をみた。薄笑いを浮かべている。
無精髭の顎をなでた。
顔にある十字の傷がひくついた。背中に悪寒が走る。
「さあて、どうしようかな」
ガンガは、向こう見ずのように見えて慎重な性格だった。
何かがある。
腹のさぐり合い。
「受けた方が身の為よ。受けてくれたら、あなたには手を出さないことを約束するわ」
ガンガを格下、雑魚扱いする少女に、聞いていた手下が憤怒する。
「こ、こいつ……何様のつもりだ、ガンガ様に向かって……こいつ」
だが大きな手でいきる手下を遮った。
「いいってことよ。ま、それぐらいおやすいご用だぜ」
「取引成立ね。頼んだわよ」
ようやくエンドラの顔から本当の笑みが漏れた。
ガンガも緊張が解ける。だが、約束してしまった。
身を翻そうとしたエンドラの背中に投げつけた。
「あいつきっと泣くぜ。おめえの本当の目的が、勇者にもルシオ(あいつ)にもないってことを知ったらな」
きっと浮かれてやがる、と笑った。
「目的が済んだら、ポイ捨てするんだろうが、いや、俺ですらもそうなんだろうな」
「いいえ、案外あれは楽しませてもらってるわ」
「勇者の皮をかぶったままでだまし続けるのか。俺たち以上の悪党……いや悪魔だぜ」
「ふふ、なんとでもいっていいですよ。でも、もし約束を破ったらーーその悪魔の名にかけて、報復しますから」
薄笑いを浮かべたエンドラの瞳は、碧眼から赤いものが宿り始めていた。ガンガは目を背けた。
「ふん、わかってるよ」
「い、いいんですかい? こんなくそガキの小娘のいいなりになってーー」
あまりに下手にでる彼らの首領の姿に臍を噛む部下たちがいた。
「ではこれで失礼させていただくわ。ああ居場所はあとで伝えておきますから」
「てめえ、いい加減にしろよ」
男は店を出ようとした少女の行く手を阻んだ。
ガンガの子飼い、そして鉄砲玉。気性が荒いことで有名。
少女の体より一回りも二回りも大きい。
「あら、なにかしら」
凄まれても微笑はまったく変わらない。
銀色の髪を手でかきあげて、男を見上げた。
「この間の礼がまだだ。親分がなんと言おうが俺が許さねえ」
さんざんに侮辱し、こき使おうとした。一味の面目を失わせた。
そして拳を振り上げた。
信じられない光景を周囲の者はみた。
拳が振り下ろされるやいなや、エンドラが腰に提げている剣を抜きざまに切った。
黒い一閃が走ったかと思うと男の胸にどす黒い刀傷が走っていた。
そして、そのまま倒れた。
少女はそのまま無言で出て行った。
「ひっ」
倒れた男に駆け寄った手下が首に手をあてて、腰を抜かした。
死んでいた。
一同は一連のことをみて、無言だった。
「か、かしら……」
信じられないものを目の当たりにした。
ガンガは、見逃さなかった。少女の剣は一瞬禍々しく黒光りする剣に変わっていた。
「少し前に北の地方からやってきた勇者一行がこの帝都から消えた件、直前に女とやりあってたらしいーー」
ガンガは呻くように呟いた。
「追うなよ、お前ら……勇者も魔王も俺たちには関係ねえ」
一部始終を視て動揺する部下たちに命令した。
「いいか、こいつのようになりたくなかったら、決して手を出すんじゃねえぞ」
横たわる仲間の屍には目もくれない。ただ一言、片づけろ、と指示しただけだった。
「俺の直感だ。あいつは、やばいーー」
裏社会で生き抜いてきた本能がそう呼んでいた。
「ルシオの奴、とんでもないものに取り付かれてやがる」
数多の修羅場をくぐり抜け、荒くれどもを手下においたガンガの足は震えていた。




