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34 防衛線その1

「ありがとうございました。またよろしくお願いします」


 組合の受付に挨拶をします。次があるのかどうかはわかりませんが。

 大金持って女一人はと危険だろうかということで護衛をつけたほうが良いと提案されましたが、辞退しました。

 この街は治安は比較的良さそうなので誰かに護衛を頼まなくてもよさそうです。


「さて……帰って金庫にしまわないと」


 宿へ帰る途中、誰かがつけてくる気配を感じた。

 お金の匂いを嗅ぎつけた飢えた狼がやってきたようです。


 さっきから背後をつけてくる足音がひたひたと。

 もちろん正体はわかっています。

 旅の資金の調達がついたとみるやいなや、おねだりが始まるのです。

 お金の管理はわたしの権限のもとにあります。

 戦闘ではあれだけの英雄なのに、街へ入ると結構我がパーティーの皆さんは結構な勢いで駄目になるのです。


 気を引き締めます。もちろん皆さんの働きや有能な職能を持っているのは知っていますが、ここは心を鬼にします。


 勇者様といえど、人間。お腹が減ります。

 戦士もあの怪力を出すにはご飯を沢山食べないといけません。

 魔法使いさんも、聖職者さんの治癒能力も精神力と体力が無ければ発揮できないので、きちんと食べて寝ることが必要です。

 あの自己犠牲の精神は尊敬に値しますがーー。


 そんなことを考えながら街の大きな通りを歩いていましたが……。

 ふと気づきました。

 やはりいます。影が後ろからちらちらと。

 つけられています。

 ぴたっと立ち止まって後ろを振り返ります。

 後ろをつけてきているその影に声をかけました。


「なんでしょうか?」

 

 果たして赤い狼が虎視眈々とわたしの懐を狙っていました。


「ねえ、エレーナちゃあん」


 似合わない猫なで声ださないでください。

 おまけに肩を組んできました。


「ねえ、エレちゃん、頼みがあるんだけどぉ」

 一回り、いやふた周りも三周りも大きいルビーさんは、大きな斧か槍のどちらかを常に抱えています。

 勇ましいです。

 そしてわたしの頭なでなで。

 顔をすりすりさせてきます。

 うっぷ。

 息がお酒臭いです……。まだ日は高いのにできあがっています。

 きっと酒場へ直行したのでしょう。そしてこの悪酔いっぷりからすると、安い木の実酒でも飲んだかと思われます。

 ルビーさん、一気に酒癖が悪くなるんですよね。

「は、はい、なんでしょう。ルビーさん」

 白々しく聞きます。まあ要求はわかってます。

「お金が消えちゃったんだよぉ」

 泣き上戸です。早速涙流しています。

「手足や羽がついているわけではないし、お金が勝手に消えることはないと思いますが……」

「でもほら、すっからかん」

 ルビーさん、お財布を広げてさかさまに。確かにからっぽです。

「お小遣いは先ほどお渡ししたと思いますが……」

 使っちゃったって素直に言ってください。

「収入は入ったんでしょう? ねえ?」

 わたしのお財布袋は今、お腹に隠しています。奪われないための予防です。

「これはこの先の旅の資金です。また次の街でお小遣いは渡しますから」

「だめだよお、今、ちょうだい、今日せっかく街についたのに後は寝るだけなんて耐えられないよう」

 グラングラン肩を掴んで揺らされました。

「ちょ、ちょっと、ルビーさん……」

 怪力にはちょっとこの体は細すぎます。

 ひょいっと持ち上げられて、足をばたばた。

「少なすぎるよ。ちょっと一杯飲んだだけなのに、ひどいひどい、うええええん」

 おいおい大声で泣き始めます。今日はまた一段と悪酔いしていますね。

 道行く人々が何事かと、こちらを見ています。

 なんかやばい人がいる……という視線をこちらにちらり、と送り、そして関わらないように、そのまま通り過ぎて行くのです。

 悔しいのは、わたしもそのやばい人の中に入っているのです。

 ため息を一つします。

「はあ……そう素直に言っていただければ……しかし、ドラゴンソードはどうしたのです?」


 まだ持ち上げられたままで、反撃を開始します。


「う……」


 ルビーさんが口をどもらせました。


  ☆   ☆   ☆


 とりあえず、これは3つほど前の町であった出来事です。


「これ……どうしても欲しいんだ! お願い、ごしょうだからっ」


 ルビーさんに店先で泣きつかれました。

 買ってほしいと強請られたその逸物は、お店の人によると、ドラゴンを貫くほどの強度を持つという剣です。本当かな? わたしは、武器防具の目利きは苦手です。

 ルビーさんは、初めて本物をみた、間違いない、ということでした。 

「ついこの間、前の街で新しい武器を買ったばかりじゃないですか。その鋼製の斧。まだもうちょっと使えるんじゃないですか?」

 あんまり頻繁な装備の買い換えは費用がかさむ上に、他のメンバーに不公平になります。

 ルビーさんに許したのなら、わたしも欲しい、ずるい、となるに決まっています。

「じゃ、これを売ってその代わりに……あとお酒は当分の間、我慢してください。節制ですよ、必ず」

 念を押した上で、交渉を成立させました。

「わかったわかったって」

 購入したドラゴンソードに頬をすりすりしていた姿がとても印象深かったです。


  ☆   ☆   ☆


 結局お酒を飲むことは我慢できていませんでした。その上、結局大して使っていません。


「この間、ドラゴンソードを無理して買いましたよね?」


 ルビーさんの目が泳いでいます。


「あ、あれはだって、すごく惹かれたんだもん」

「でも結局、あんまり戦闘に使ってないようですが……」

「握りがなんかあわなくて……こう、しっくりこないんだよなあ」


 素振りのジェスチャーで、アピールしてくれます。

 

「それだけで?」

「それだけって、言うけど、戦闘では結構重要なんだよ、武器との相性は。いいやつは、武器の方から手に吸いついてくる感じがするけど、あれにはなくて」


 実戦をあまり体験していないわたしにとっては武器の相性とか専門的なことはよく、わかりません。


「あの購入する前の時にもっと自分にあうかどうか、確認すれば良かったのでは?」


 使ってみないとわからないんだ、と言い訳がましいことをいいます。

 だいぶ苦しくなってきたようですね。


「あの分、まだ埋め合わせできてないと思うので、やっぱり我慢をお願いします」


 再び肩をつかまれてガクガク。むち打ちになっちゃいますって。


「もう、意地悪エレーナ、お金なんて死んだら天国へは持っていけないよぉ。せっかくあるんだから使わないと」


 泣き落とし、駄々をこね始めました。


「そ、それでも駄目です」


 それでもつっぱね続けてもなお、屈しないわたし。

 あきらめたのか、急にしょんぼりしたルビーさんに、銅貨をそっと三枚渡します。

 

「まあ、それもそうだと思いますが……」


 冒険者ギルドにまま見られる宵越しのお金は持たない主義。

 いつ命を失うかわからないスリルとやりがいに生きる人たちの習性です。

 そんな方々に、ご利用は計画的に……とは言いにくいのも本当のところです。


「わかりました。これだけですよ。これ以上は渡せません」


 厳しく突っぱねて、旅のやる気を失わせるのは私の本望ではありません。

 お金にケチになるのは容易いことです。

 でもわたしの役割は勇者様や他の方が健やかに旅できるようにするのが役割です。

 また特に戦士ギルドの連中は宵越しの金は持たないと言う気質であればあるだけ使ってしまうのは習性とも言えます。

 いつ命を失うかわからない時間軸にいきる戦士さんの意気を失わせないための配慮も必要だと思うのです。


「ありがとう! 恩に着るよ!」


 さすが○ル中一歩手前。お金を持って走り去って行きました。

 目指すは酒場。きっとわずか10分以内にあれも消えてしまうでしょう。

 ちなみに、お渡ししたお小遣いは、元々後からお渡しする分も計算に入れた額を渡しています。

 なので、痛くはありません。

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