勇者パーティーとランチタイム
昼御飯を一緒に食べようとノエリアに提案してみた所、この建物内で一番豪華な部屋へと転送して貰えた。
そして出てくるのは、山の幸を多く含んだご馳走の嵐。
何故だか、俺の隣で座って目を輝かせながら料理を食すシオンとカリーナを見て不機嫌そうな顔をしたのだが、今までの勇者パーティーの冒険譚やら、シオン個人の冒険譚等を話していく内に結局は笑顔になって4人仲良く食卓を囲えた。
話していくと、昨晩は色々とゴタゴタしていたから自己紹介の1つも出来なかった為、丁度こうやって機会も出来た訳だしと、4人で自己紹介の流れとなり、改めて自己紹介を始めた。
勇者パーティーの自己紹介はさらっと俺がしておいた。元々、ノエリアには俺が説明しているから既に知っているし、なんならカリーナが幻兎族だって事も伝えてある。だからさらっとで良いのだ。
今度は逆になり、ノエリアの事も簡単にシオンとカリーナに話す。妹であり、超有能な非の打ち所のない完璧な女性だと伝えた。
そう伝えたのだが、1ついいかとシオンがノエリアに対して質問を投げかけた。
「ユクスとノエリアは兄妹なのだろう? 昨夜に出てきた婚約者だとか結婚だとかというのはどういう事なんだ?」
やっぱくるか。
この辺の説明は放置しておけば何となく流れるだろうと思っていたのだが、さすが勇者、抜け目無く聞いてきやがった。
絶対に面倒な説明になると思ったので、ノエリアに任せず俺が説明しようと思った矢先、それをノエリアに止められた。
ノエリアの方を向くと、その表情には確かに自信があるように見える。いいのか? これ、信じていいのか?
ノエリアのこのドヤ顔を俺は信じて良いのか? また面倒くさくなって……あぁでも、それでも前回は有耶無耶になってたし、最悪、理由話すの面倒だしそれでもいいか。
もしかしたら俺は考えすぎて脳が麻痺してるのかもしれなかった。けど、なんかこう、とにかく面倒くさいのだ。子供の頃の話をするとか、本当に嫌だし、もしかしたら魔族だとバレる危険性すらあるし。
兎にも角にも、ここは一度ノエリアに任せてみるか。
仮にもスーパー有能な自慢の妹だしな。
「分かりました。昨夜の話もちゃんと説明出来ておりませんでしたので、しっかりと説明させて頂きますわ」
カチャリ、とカトラリーをテーブルの上に置き、ナプキンの端を持ち上げて汚れを見せないように中面で口元を拭き、それを綺麗に元に戻すと、改めて口を開いた。
「いえ、説明なんて本当はいらない程、そんな些細な事なのですが、昔、お兄様とおままごとをして遊んでいた時に、お兄様と私は結婚の約束をしました。お兄様にとっては遊びの一環として言った言葉でしょうが、当時色々とあった私には今の今まで忘れられない言葉となってしまったのです」
少し残念そうに、俺の方を見て優しくはにかんだノエリア。
ノエリアが言った言葉は紛れもない嘘だ。
俺の立場、ノエリアの立場を考えて、そして出された嘘の話だ。
俺は、妹に嘘をつかせてしまった。
その罪悪感が俺の心を蝕んでいく。
ノエリアだって、本当は本当の事を言いたい筈だろうに。俺が適当な返事をするから、俺が悪いんだって言いたいはずなのに、俺を思って、嘘をつかせてしまった。
結果論にはなるが、これが俺が選んだ道だというならば昔に俺が選んだ、家を出るという選択は間違いだったと言えるだろう。
ああ、そうだ。
全部俺が悪い。
ノエリアの細い手が、俺の右手にそっと触れる。
反射的にノエリアの方を向いた。
「お兄様、張り詰めた顔をしておられますが、貴方は何も悪くありません。過去の悔いを嘆くのはおやめ下さい。
お兄様があの時、何かを選択したというならば、同時に私も選択したのです。お兄様はお兄様の道を。私は私の道を。後悔はお互いにしていませんよね? 私はこうやってまたお兄様に会えた。お兄様はこうやって、シオン様やカリーナ様、そして先程の冒険譚に出てきた、私は名前しか知らない方々と出会えたのですから。冒険譚を紡ぐお兄様達の表情を見るに、後悔なんて文字は微塵も感じませんでしたわ」
その言葉は、答えだった。
あの日、あの時のノエリアが選び、そして今まで生きてきた、過去のノエリアが導き出した答えだった。
その言葉はひどく俺の胸に突き刺さる。
しかし、不思議と苦では無かった。
ノエリアが優しくはにかんだ理由が分かった気がした。
個人的で勝手な俺の妄想でしか無いが、俺はもしかしたら、ノエリアからとっくに……。
「お兄様がしてきた事に罪があるのか無いのかで言えば、罪悪感を感じるのでしたら、そこに罪はあるのでしょう。ですがお兄様ーーー」
ノエリアの手が、俺の頰に触れ、そして瞼に触れる。無意識の内に流れていた涙をノエリアは優しく掬ってくれた。
「私はね、お兄様。お兄様の事をとっくに許しているのですよ?」
ずっと前から、もしかしたらって思って、でもそれはただの俺の妄想でしか無くて、そう思って楽になりたいだけだって、ただ逃げていただけの臆病で嘘つきな最低なクズだと自分に言っていた。
でも、ノエリアのその言葉を聞いて、確かに俺は救われたんだ。
許されても良いって、その言葉を聞いて、俺に纏わりついていた何かが吹っ切れて無くなった。
嘘のように軽くなった。
反動なのか、違う理由なのかは知らない。
俺の頬から、涙が溢れて止まらない。
かつてこんなに涙を流した事があっただろうかと思える程、涙が出ていた。
この涙は、かつて過去に流せなかった分の涙だ。
俺は俯きこそすれど、ノエリアの方を向いた。
ノエリアの言葉を聞くべきだと思った。
「許されて、良い訳無いだろ……! 俺はあの時……」
目元に置かれていたノエリアの指が、今度は俺の唇の前に置かれた。
「いいのですよ、許されて。昨日も言いましたが、私は今、こうしてお兄様にお会いできている、この事実だけでいいのです。それと、殿方が簡単に他の女性の前で涙を流すものではないと聞いておりますよ。私以外、もう見せてはダメですからね?」
むっ、と勇者の口が釣り上がる。
何か言いたげなシオンはとりあえず放置。
「……そうだな、あんまし男が泣くのも格好悪いしな」
「でも、その反面、嬉しくも思うのです。私の見てきたお兄様は、あまり感情を表に出さないような方でしたから。ですから、嬉しいのです。お兄様の色々な感情、表情が見れて! きっと勇者様のお陰ですのね。勇者様、私のお兄様を変えてくださって、本当にありがとうございます。これでまたお兄様を1つ、好きになってしまいますわ」
コイツ、良い事を言ってるのに、最後で冗談を言うのが悪いところなんだよな。
ま、その冗談のお陰でしんみりとした雰囲気が和んできたから、逆に今は助かってるんだけど。
「さ、お兄様、私これから会議なんです。名残惜しいですが、ここでお開きにしてもよろしいですか?」
と、ノエリアから提案される。
「良い時間だし、そうだな、解散するか。シオンとカリーナも結構食ってたし、もういいだろ?」
「言いたい事は沢山あるが、今日は世話になった。一先ずは感謝しておく」
「美味しい食事をありがとうね。良い妹さんじゃないの、ノエリアちゃん。過去に何があったか知らないけど、ちゃんと大切にしなきゃダメよ?」
と、どこか素っ気ない勇者と、実は俺から聞いて全て知っているカリーナがそう言う。
って、この場で裏パーティーの事を知らないのって勇者だけなのか。
「時にお兄様、ここはいつ出ていくつもりでいらっしゃいますか? 私、昨日の仕事も残ってますので、明日の朝方までデスマーチ……もとい、やるべき仕事があるんです」
「一応、明日の朝までは居るよ。昼過ぎにはここを出ようと思ってる。2日後、闘技街で大会があるんでな。資金調達兼、腕試しに寄ってみるつもりなんだ」
俺がそう言うと、パチコーンと片目でノエリアがウインクしてきた。
勇者パーティーとして闘技街に行く事が伝わったみたいだ。
「……なんだ今のウインク。まさか、不純異性交友か!? それはユクスお前、不純だぞ!」
「落ち着いてシオン。多分何も無いと思う」
ガタッといきなり席を立つシオンをここも放置。
最近、アイツの行動がよく分からん。
「お兄様がこの街を出て行く前に、もう一度だけ顔を出せるように頑張ります! ですがお兄様、差し支えなければ1つだけ、聞いていただきたいお願いがあります……」
ノエリアからのお願いとなれば、身を粉にして何でもしようと決めてある。
シスコンだからではない、償いとして、何より兄として役に立ちたいのだ。
「なんだ? 俺に出来る事ならなんでもするぜ」
「えっと、遠くの地方で異性が異性の頭を撫でると、仕事の効率やらやる気やらが上がると言うおまじないを聞いてですね、その……私の頭を撫でては、いけませんでしょうか?」
上目遣いでノエリアがお願いしてきた。
ふむ、俺は遠くの地方の話なんざ聞いた事は無いが、きっと職務であちこち飛び回ってるノエリアが言うならきっとそうなんだろう。
確かに、犬人族やら猫人族やらは撫でられると喜ぶみたいな話は聞いた事あるが、それみたいな風習がどこかの地に伝わったのだろう。
きゅっと目を閉じてノエリアは待っていた。
きっとセットやら大変そうな髪型を崩さないように優しくノエリアを撫でてやった。
「ふぁぁ……っ。お兄様ぁ……」
とろけるような声を出すノエリア。
やる気を出させてやろうと、もう少しだけ撫でていると、急にノエリアが勇者の方を向いた。
俺の視界からではどんな表情をしているのか分からないが、恐らく表情を見たであろう勇者がワナワナと震えているのだけは分かった。
一体どんな顔をしてんだ。
っていうか、どんな勝負をしてんだ。
「か、帰る! 邪魔したな!」
そう言った勇者は声を荒げて帰っていった。
追いかけるようにカリーナも出て行く。
「……シオンに何したんだ?」
「……? 特に何もしておりませんが、何か重要な事でも思い出しになられたのでは?」
「む、そうかな。まぁ近頃のアイツの行動は読めないからな。ま、年頃だし、そういう時期もあるだろ」
「……もし、頭を撫でて欲しいと言ったのが私でなく、勇者様でしたらお兄様はどうしてましたか?」
「んん? まぁ、同年代だからそりゃあ少しくらいは焦るさ、俺も男だしな。でも、それで少しでもアイツの助けになるならやると思うけど、それがどうした?」
「……いいえ、特に何も。さ、私はもう元気になりました。ですから、仕事をしなければなりません。お兄様も、この街にいるうちはごゆるりと。それではお兄様、また明日」
また、明日か。
前は言えなかった言葉。
「ああ、また明日、だ」
ノエリアは微笑んでくれた。
俺も笑顔になったと思う。
こうして少し波乱となったランチは終わりを迎えたのだった。
◇
スラスラと書類整理を終わらせるノエリアの仕事部屋に、コツコツと足音が1つ。
ノエリアはその足音だけで誰がやって来たのかが分かる。
聴きなれた足音だったからだ。
「お嬢様、ミルクコーヒーでございます」
カチャリ、と仕事用のデスクではなく、休憩用のテーブルの上にコーヒーが置かれる。
どこから出て来たのか、何も無かったテーブルの上に、コーヒーを置いた瞬間に茶菓子などが出現する。
「んー、と。そうですね、この仕事は今終わりましたので、休憩にしましょうか」
ノエリアがそう言うと、コーヒーを持ってきた彼が椅子を引いて待っている。
慣れたように椅子に座り、茶菓子を1つ、自分の席の前まで持ってくる。
「バーテル。あなたの言う通りにしてみたら、あの勇者に一泡吹かせられました! 流石は私の従者です! お兄様に頭を撫でられている私のドヤ顔を見たあの表情、本当にたまりませんでしたわ……!」
「ふふ、僕の言葉がお役に立てたようで何よりです。ですが油断はいけません。最後の質問、やはり兄上様は少なからず勇者を意識しておいでであります」
「た、確かに。私もそこが引っかかっていました。ではどうすればいいかとか、バーテルは分かりますか?」
ふふ、とバーテルと呼ばれるノエリアの従者は少し笑ってみせた。
「簡単ですよ。勇者と同じ立場に持って行くんです。要はどうにかして兄上様に意識をさせるのです。そして無邪気を装ってまた頭を撫でて貰えば、勇者は嫉妬に狂い、お兄様は女性としてのお嬢様の頭を撫でている。つまり、お嬢様の勝ちでございます」
「な、成る程……。流石は私の従者であり、魔国の参謀を任せられる男……。お兄様と同じ年齢だからこそ気付く事もあるんですね……! し、して、その意識をさせる手段とは既に考えておられで……?」
「ええ、勿論です。僕の策に抜かりなどありません」
ノエリアはゴクリと生唾を飲み込んだ。
こ、これで漸くお兄様と結婚が出来る。
ノエリアはユクスとの結婚を諦めるつもりなど毛頭なかった。
恋は敵が多いほど燃えるとは、まさにノエリアの事を言うのだろう。
勇者本人こそ気付いていないだろうが、彼女はユクスを意識している。恋かどうかは置いておき、何らかの感情はあると見た。
だから、本来ならば結構する予定もなかった【撫でられドヤ顔作戦】を決行に移したのだ。
妹として、女として、勇者には負けたくない。
負けられないのだ。
だから、この従者の話をする。
これで絶対に負けない事が確定するのだから。
そして、魔国有数の軍師が出した答えとは。
「脱ぎましょう、お嬢様」
ん?
んん?
んーーー???
眼前の男は何を言っているのだろう。
違う、ノエリアが聞き間違えたに違いない。
彼がそんなこと言う訳無い。
「も、もう一回言って貰ってもよろしいですか?」
かしこまりました、とバーテル。
先程と同じ、屈託のない顔で同じ言葉を放つ。
「脱ぎましょう、お嬢様」
ノエリアの対応は迅速だった。
聞き間違いじゃないと分かった瞬間、右手に魔力を精製。そしてぶっ放す。
【アークデストロイ】。無属性の破壊魔法。レーザーのように魔力を直線に溜めて放つ魔法だ。
逆に、ノエリアの動きに対応出来なかったバーテルはモロにそれを喰らう。
一応、魔力を吸収する素材で出来た部屋で大惨事にはならなかったが、吹き飛んだバーテルはタンスやらクローゼットやらに激突して目を回している。
「……バーテル、セクハラですか?」
胸元を押さえ、少し赤面したノエリアが仰向けに倒れるバーテルの前まで寄る。
「違いますお嬢様、もっとも効率的なやり方だと僕の脳が言うのです。お嬢様のそのたわわに実るおっぱいがあればあの男も簡単に虜に出来るのです! しかしながら軍師バーテル、お嬢様の気持ちも汲み取る事が出来ておりませんでした」
倒れたまま、熱弁を繰り広げるバーテルに、何故かノエリアも気圧されるようだっ
一歩引いてしまうノエリアに構わず、倒れたままバーテルは続ける。
「裸を兄と言えど男に見せるのに抵抗はありますよね。ですからこのバーテルをお使いください! 兄上様に見せる前に僕にそのおっぱいを見せましょう! その際の表情、仕草なども研究して、最も男に効く胸の見せ方を研究しましょう! さあ早くおっぱいを僕に見せ、っていいから早くそのでっかいおっぱい見せろやゴラァ!!」
従者と主人の関係も忘れたように、跳ね起きてノエリアに襲いかかるバーテル。
コーヒーを淹れた時に見せたとても紳士な彼の姿は無い。
ノエリアはため息をつき、襲いかかるバーテルをひらりとかわす。
反射するように、クルクルと体を回転させて縦横無尽に部屋の中を駆け回る。
「いい加減に、しなさいっ!!」
バーテルの素早い動きを超える速さでノエリアは動き、バーテルの鳩尾に鉄拳を叩き込む。
バーテルは動かなくなった。
そう、バーテルは軍師ではあるが、3代欲求に忠実なのがキズなのだ。
まぁ、興奮しなければ優秀な参謀なのは間違い無いが……。
それにしても、かの軍師が言った言葉が胸に残る。
「裸、かぁ……」
無意識に呟いた事に気付き、恥ずかしくなったノエリアは首をブンブンと振り、逃げるように仕事へ戻るのだった。
ちなみにバーテルは魂が抜けたように壁にもたれたままである。出ちゃいけない何かが口から出ている気がするが気にしない方向でいこう。
その日の仕事は少しだけ捗った気がした。




