魔族王子と部下と妹
更新遅れました。
正月中には新しいのが出せるといいなぁ…トオイメ
「……お兄様、また新しい女性の方ですか……! 本当の本当にやましい事なんて考えてないのですよね?」
抑えられた右拳をさらに強い力で押し返すノエリア。歯を食いしばりながらも俺にそう言った。
「やましい事? そんな事無くても、マスターは最終的に私を選んでくれますからね。ささ、今夜にでも、どうですか? マスター」
力強く踏ん張りながらも、握り返すように対峙するのはフウリン。
……こんなに力があっただろうか。
というかそもそも、あの右ストレートを片手で防げるのはやっぱりおかしい。
シオンぐらいじゃないのか? 俺の知る限りだと。あとまぁ親父とか師匠とか? 知らんけど。
ともかく、俺の知らない所で何らかの力が発動しているのか?
「お兄様に、下品な言葉を……投げないでもらえますか?」
「あら、いつまでも初心では男性はときめきを持ちませんのですよ? それとも本当にそういうのは未経験なのですか?」
「……っ!? その汚い口、原型も無いぐらいに壊してさしあげますよ!」
そう言うノエリアは素早く右手を引き、そして一飛びで後方へ飛んだ。
大気が揺れるような殺気と共に大規模な魔力を放出する。
彼女の美しい髪は魔力で逆立ちたなびいている。
「おま、今のノエリアに煽る事言うんじゃねえよ!? 死にたいのか!?」
「んー、いえ、用はあの子猫ちゃんを倒す口実が欲しかったんですよ。どうせ部屋に戻ればあのお二人が待ってると思いますし、ここでなら今夜は2人きり、ですね!」
「すまないが俺はお前が言っている事の9割以上が理解出来ない」
分かったのはノエリア相手にコイツはやる気だと、それだけだ。
いや、無理だろ。
魔族の中の天才魔族だぞ。
「一応聞いておきますが、私を倒す気でいると、そう言ったのですか?」
「ええ、たとえ貴方がマスターの妹君でも容赦は致しませんので。それに……」
言いきるよりも早く、フウリンは動いていた。
一回の跳躍でノエリアとの距離を一気に詰める。
どこからか取り出したナイフの切先が、ノエリアの細い首筋に襲いかかる寸前、それを上体だけ逸らしてノエリアはギリギリで躱す。
こいつ、ガチでノエリアを殺しにきてやがる。大動脈を狙った攻撃に一切の躊躇が無かった。
「……お、おいフウリン。お前マジでノエリアを殺す気じゃないよな……?」
そんな俺の問いに、キョトンと首を傾げるフウリンが言う。
既に空中で後転しながら距離を取りつつ俺の場所へ来ていたのだ。
「殺す気ですよ?」
呼吸するが如く、それをさも常識だと言うようにフウリンが言った。
「それに、恐らくですがこちらが殺す気で行かなければ、多分私死んじゃいますし。ほら、妹様も気合十分ではありませんか」
改めてノエリアの方を見た。
「は、はは、なんだこの戦場は……。勇者と魔王の戦いじゃねぇんだぞ」
そう漏らしてしまう。
逆立ったノエリアの髪の毛は、その艶のある黒色の色素すら魔力に変換されて雪のように白くなっている。
そしてノエリアの背後には無数の魔法陣が展開されている。そしてそれらは全て銃口のようにフウリンに狙いを定めているような気がしてならない。
俺はもう悟っていた。
コイツら、死合いをしてやがる、と。
止める止めないの問題じゃない。
下手すりゃコイツらの戦いの余波で俺が死ぬ事もあり得るだろう。
次元が違う。
そう思ってしまった。
俺よりも年下の、一見か弱そうな少女2人が戦い、殺し合うのだ。
俺には……コイツらを止められる術は、無い。
「ふふふ、お兄様に相応しいのは私ですよ? 砂利猫がしゃしゃらないで下さいますか?」
「あらあら、貴方こそ妹とかいう負け犬ポジションで遠吠えばかりで寂しくなりませんかぁ?」
「…………」
「…………」
両者が黙った。
だが、その瞬間に空気は凍えるように冷え切った。
ハイライトの消えた瞳で両者が啖呵を切った後の僅か3秒程度の空白。
そして……。
「「殺す」」
お互いにドスのきいた声で宣言する。
遂に始まってしまったらしい。
フウリンが岩から岩へと飛び移りながらノエリアへと詰め寄っていく。諜報向けであると自負しているだけはあり、かなりのスピードだ。並大抵の冒険者ならその動きだけで翻弄されるだろう。
対するノエリアは勿論ながら、翻弄される事は無くその動きをずっと捉え続けている。
動きに慣れてくると、無数の魔法陣の中の1つが起動した。
初級魔法【ファイアショット】。魔法に適正が少しでもあるならば、人間だろうが魔族だろうが誰でも使える、基礎中の基礎魔法。炎の弾丸を放つ魔法なのだが、今ノエリアが放ったそれには普通を超えた点が幾つもあった。
まずは無詠唱。まぁ俺との時でもそうだったのだが、あれは会話の中に詠唱を忍ばせていたと思っていたのだが、どうやら違ったみたいだ。恐らく魔力をかなり消費すると思うが、ノエリアの魔力量は桁が違うからな。それに、無詠唱であれば攻撃の予備動作が必要無い。いつでもどこでも撃ちたい時に即撃てるのだが、そんな代物をよくフウリンのやつは避けているよなぁ。
二つ目にその威力。
先ほども言ったが、この魔法はあくまで基礎魔法だ。当然ながら、一発で石の床にヒビを入れるくらいの威力も無ければ、雷のような光の速度も存在しない筈なのだが、どうやら天才とは恐ろしいものだ。
基礎魔法でさえこれなのだから、コイツが上級魔法をぶっ放したら……ああ、だめだ。考えたくも無い。
対するフウリンも、素早く動いてはいるものの、一気に距離を詰めるような動きは一切していない。
お互いにまだまだ様子見の段階らしい。
両者ともブチギレてはいるけど、冷静ではあるんだな。
「ほら、逃げ回っているばかりでは私には勝てませんよ? それともここまで来る勇気はもうないのですか?」
「いいえ〜? 一瞬でも隙があるならその首刈り取ってますけどね?」
ドゴンドカンと爆発音が絶え間無く聞こえる。
「なら早くその隙、見つけた方がいいですよ? じゃないと私、本気を出してしまいますので」
「……今の刹那で十分です」
……何が、起きた?
フウリンが一瞬にて消えたのだ。
ノエリアの視線の先、10メートル強ぐらいの地点にいたフウリンは、文字通り一瞬にして消えたのだ。
フッと、なんの予備動作も無く。
咄嗟にノエリアの方を向いた時、消えていた筈のフウリンが背後を取っていた。
ナイフを逆手に構え、ノエリアの細い首筋に素早く差し込む。
が、魔力で出来た障壁がそれを許さなかった。自動で攻撃を防御する魔法のようなものだろう。流石ノエリア、抜かりはない。
そして今度はこちらの番だと言うように、ノエリアの魔法攻撃が始まる。
魔物の大群を簡単に死滅させるような量の魔法を背後に叩き込んだ。
土煙が舞うが、そこに風鈴の姿は無い。
……まただ、また先程みたく風鈴の姿が消えたのだ。
転移系統の魔法だろうか……と思ったが、それは有り得ない事だ。本来、転移の魔法には莫大な時間の詠唱と凄まじい魔力の消費が伴う。
すぐに出来る魔法なんて存在しない。
恐らくノエリアにも出来ないだろう。
さて、フウリンはどこへ消えたのだろうか……。
「いやぁ、流石はマスターの妹様ですね! 油断も隙もありません! あの一回でやらなかったら、多分今の私じゃ正攻法で勝つ事は無理ですね〜」
いや今度は俺の元に現れやがった。
音もなく、気付いたらそこに居た、というのが真相だが。
「……お前、俺の知らない能力があるな。転移系だと思うけど、何の能力なんだよ」
「あ、やっぱりバレますよね? 実は私自身も気付いたのは最近なんですよ。瞬間に色々な場所までひとっ飛びですけどね、ちょっと制限はあるんです」
「制限? 万能ではないのか。んで、何なんだよその能力ってのは」
「え〜と、その答えは妹様が答えてくれると思いますよ」
「ノエリアが? 分かったって言うのか?」
ノエリアの方を岩陰から恐る恐る見てみる。
たしかに、顎に手を当てて何かを考えていた。
いや、あの顔は答えは分かったが納得してない、って顔だな。いったい何なんだ?
「……お兄様、今お兄様の近くに泥棒猫さんが居ますよね?」
「フウリンの事か? ああ、いるぞ」
「……成る程、大体わかりました。泥棒猫さん、貴方は恐らく【魔族落ち】なんですね?」
「ま、【魔族落ち】……って、そんなのとっくに存在しなくなっただろ。だってあれは、人間族が強さを求めて魔法で魔族になった種族な筈だ。そんな魔法なんてとっくに廃れているよな。それはおかしい……」
いや、待てよ。
フウリンは一度死んでいる。
それが関係しているのか?
「……確かに今の世に魔族落ちに関する魔法は存在しない。が、それが廃れる前、魔族落ちが存在していた時代の奴らなら可能なのか……?」
【古代種】。
そうだ、フウリンを生き返らせたのはカザイ。だが、そのカザイに力を分け与えたのは【古代種】の魔族だ。
奴らの時代ならば魔族落ちに絡むような魔法、または魔術を取得していてとおかしくは無い。
「魔族落ちの特徴は、体が魔力によって半分蝕まれてしまうけど、その分強力な能力が発現する。猫さんの場合は、人の影を自由に行き来出来る、と言ったところでしょうか?」
俺はフウリンを見た。
若干の焦りは見えたが、まだ余裕の表情をしている。
「こっちの手札はお見通し、という訳ですか。ええ、そうですよ。私は一度死んで『黄泉還り』の魔術によって魔族落ちへと生まれ変わったのです」
やはりそうか。
時限式の魔術の正体がそれか。
「ついでに能力は【影転移】。お二人が考えてらっしゃる通り、自分の影から対象の影へと転移させる能力です」
「そりゃまた、諜報向きな能力で。でもまぁ敵に回すと厄介な能力ではあるなぁ」
「マスターの敵になどなりませんからご心配をは無用ですよぅ〜!」
抱きつきながら猫撫で声で言ってきた。
またコイツ演技でノエリアの気を引かせようとしてやがるな。どれだけ勝ちたいんだか。
「……くっ、離れなさい泥棒猫さん! そこにいるとお兄様まで攻撃してしまいそうですから!」
「や〜ん! マスター、怖いですぅ〜! 怖くてぇ、泣いちゃいますぅ〜!」
「お、おいお前な……。もうややこしくするのは止めとけって……。そんな演技、すぐバレるっての!」
ノエリアの方を見てみる。
ブチギレていた。
ああ、演技とかそういうんじゃないのね。
単純にフウリンの事が嫌いなパターンだこれ。
煽ってたのはフウリンだしなぁ。
俺がノエリアの立場なら、怒り狂ってた自信があるしな。
「お兄様から……離れ……なさい……」
でも、今聞こえたその声はどこか震えているような気がした。
すぐに顔を覗くように首を向けると、ノエリアが涙を流していた。
「やっと……やっとお兄様と一緒に居られると思ったのに! 時間が合わなくて過ごす時間が減るかもしれないけど、今日ぐらいは一緒に居られると思ったのに……! なんで、なんで皆、私の邪魔をするんですか……。私はただ、ようやく見つけたお兄様と一緒の時間を過ごしたかっただけなのに……!」
泣きながら、そう叫んでいた。
魔法の雨はもう飛んでこない。
代わりに、大粒の涙がノエリアの瞳から流れ落ちる。
それを見て、流石に何かを思ったのだろう、フウリンはそっとしがみついたままだった俺の腕を解放した。ため息を一つ付き、ノエリアに向かって話しかける。
「……白けちゃいましたね。お互いに戦意喪失という事で、妹様。ここで私から提案があります。今回の件は引き分けにしまして、報酬を半分ずつ受け取る、というのはどうでしょう?」
「……半分? それってどういう……」
「そうですね、色々と思い浮かぶものはありますが、とりあえず時間も時間なので皆様眠る時間ではないですか」
「……分かりました。理解しました。それでいいですけど、右は渡しませんからね」
ん? どういう事? 今の会話で2人は何を理解した?
いや意味わからんけど、知らぬ間に何かが進んでいる。けど、まぁ戦闘が終結したのは良かった事だろう。
「んー、まぁ割り切りましょうか。いいですよ。その案でいきましょう。場所は……すぐ近くに?」
「はい、この魔法陣からひとっ飛びで行けますよ」
そしてノエリアの手のひらから魔法陣が浮かび上がり、やがて俺たちを包み込むように肥大化する。
フワッとした感覚の後、視界に広がったのはかつていた魔王城のノエリアの部屋。
クローゼットも天蓋のついたベッドも、何もかもがあの時のままのようだ。
「お兄様、兄妹水入らず、とはなりませんでしたが、今日はご一緒に眠りましょう?」
「マスター、初めての添い寝体験ですね! あ、私なら声を抑える事は得意なんですよ?」
「ちょっと! 私の前で堂々と下品な発言はやめて頂けますか?」
「いや、その前に俺に説明してもらってもよろしいか? え? 何起きてんの今」
俺の右手を抱きつくように離さないノエリア。
対となる左手に絡みつくように触れてくるフウリン。
その両者が俺を挟んでバチバチしている。
が、恐らく当事者である俺はよく分からん状況で脳がパンク寸前なんだ。
説明してくれ、簡潔丁寧に。
「説明も何も、話し合いで平和的かつスムーズに和平が結ばれたんですよ。今はその報酬の受け取り期間に該当しますね」
フウリンの言っている事がさっぱり分からん。
「今日は……久しぶりにお兄様と眠れますね……どうか、こちらを向いて、お眠りになさってくださいますか?」
ノエリアの言ってる事も分からん。
「マスター! 左を向いてくださいな!」
「いいえお兄様! 右です! 右が正解です!」
誰か俺に説明してくれ。
妹と部下に挟まれてる状況が理解できない。
「えっと、とりあえず終わったんなら帰っていいか? 多分シオン達が待ってると思うから……ってうぉいノエリア!?」
抱きつく右腕を取りながら、ノエリアはベッドに進んでいる。
「いいえお兄様、今日はこちらでお休み下さい。私達もご一緒させて頂きますので」
「いやどういう事だって……ってお前もかフウリン!!」
左側も負けじとフウリンががっちりロックして逃げられないようにした後、前進させる。
「ええ、今日ばかりは私達とお休みになりましょう?」
い、いや、これはヤバい気がする。
ここで捕まったら、何か色々無くしてしまうような気がしてならない。
と、そこで俺は一筋の光を見つけた。
魔法陣の光だと気付き、またそれがここから出る唯一の手段だと瞬時に判断した。
さて、後はどうにかこの2人の拘束を解いて……
「って、力強いなぁオイ!! 畜生! びくともしねえって!」
そして捨てられるようにベッドに投げられ、その隣同士に彼女らが入り込む。
「もう離しませんから、ね? お兄様!」
「一緒ですからね、マスター?」
妹と部下にロックされながらベッドに入るって、どういう事なんだろう。
それにノエリアからは裏表のない明るい表情を感じるが、なんだかフウリンは怖い気がする。油断したら食われそうで……。
フウリンには悪いがノエリアの方を向いて……って、なんでコイツシャツの胸元開けてんの!? いつからそんな女の子になったんだ!?
逃げるように反対方向を向く。
って、近ァ!?
逃げた先にフウリンの顔があった。
唇が触れるか触れないか程度の至近距離。
あーもう!!
どっちも早く眠ってくれー!!
心の中でそう叫び、結局は2人が眠るまで真上を向いて過ごしたのだった。




