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春は巡り、冬を想う  作者: 猪口 零都


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5/5

5.巡る春に、冬を想う

 春の国に戻ると、草木は確かに少し、枯れかけていた。

 でも、私が一歩踏み出すたびに、足元から緑が滲み出すように広がっていく。花が、顔を上げる。空が、青くなる。いつもと変わらない光景のはずだった。


 でも、私には全く違って見えた。


 これは私が選んだ春だ。


「姫宮様、お帰りなさいませ」

「姫宮様がお戻りに!」

「やはり姫宮様がおられなければ、春の国はーー」


 人々の声が、四方から降り注ぐ。以前ならその声を、重さとして受け取っていた。でも今は、少し違う。


 まだ少し、重い。それは変わらない。でも重さの意味が、変わった気がした。


 夜、一人で窓の外を眺める。春の国の夜は穏やかで、星がよく見える。冬の国の、凍えるように静まりかえった暗闇とは違う。


 どちらが好きか、と問われたら。私はきっと、どちらも好きだと答える。

 春の温かさも、冬の静けさも。花の香りも、雪の冷たさも。変わらない安らぎも、流れていく時間も。


 どれか一つを選ばなくていい。そのことに、ようやく気づいた。


 遠く、冬の国の方角に目をやる。今頃あの城では、暖炉の火が赤く燃えているだろうか。雪しか知らない子どもたちは、いつか私の春を見て、どんな顔をするだろう。


 春の国に戻ってから、私は世界が息を吸う瞬間を探すようになった。


 風がやむ瞬間。雨が上がる瞬間。花びらが舞い終わって、空が静まる瞬間。


 あった。ちゃんと、あった。


 気づかなかっただけで、春の国にもーー世界が息を吸う瞬間は、いくつもあった。あの人に、次に会ったとき、そう伝えようと思っている。


 そしてもう一つ。


 冬の国にいる間、ずっと答えの出なかった問いがある。暖炉の火でも、春の陽気でもない温もりが、どうしてあの人の隣にはあったのか。


 春の国に戻った今も、答えは出ていない。


 でも次に会ったときーー言葉にしてみようと思っている。うまく伝えられるかどうかは、わからない。だけどあの人は、きっと最後まで聞いてくれるだろう。返事も相槌もないかもしれない。それでも、きっと、私の言葉に最後まで耳を傾けてくれる。あの白銀の大地のように、穢れなく雄大で真っ直ぐな人だから……。

 彼の冬に負けないように、私の春をもっと知ってもらおうと思う。




 この国は、いつも春だ。

 花は咲き乱れ、草木は芽吹き、人々は朗らかに笑う。


 それは変わらない。でも私は変わった。


 春を愛する理由が、今はある。

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― 新着の感想 ―
春の国を治める姫宮が、春を維持するための存在として感情が麻痺していく姿が印象的でした。 冬の王との出会いを通して、彼女の中に少しずつ変化が生まれ、春を嫌っていたのではなく、本当は愛していたのだと気づい…
春の姫宮、名前がないからこその品がとても好きです✿ まるで画面から花の香りが漂い、冬の息の冷たさが伝わってくるような文章力に脱帽です。四季の神の設定についてとても神話的かつ独創的で私はこんな物語が読み…
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