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歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


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名を言え

 巨石から声が響いた。

 言葉ではなかった。意志だった。石に宿る古い意志が、カレの意識に直接語りかけてくる。原初歌の残響の中に眠っていた守護者——この遺跡を守り、試す者。

 名を言え。

 カレの全身が強張った。

 声は耳に届くのではなく、胸の奥に直接響く。石に触れたときに聴いた原初歌と同じ質感。だがこちらには明確な意志がある。問いかけている。試している。

「名を……」

 カレは巨石を見上げた。苔に覆われた灰色の石。その奥に、途方もなく古い何かが息づいている。

 真の名を言い当てろ。それが試練だ。

 カレは目を閉じた。言葉のルーノの使い手として、対象の本質を見抜く。これまでそうしてきた。火の名を、風の名を、獣の名を。直感で感じ取り、言葉にしてきた。

 だがこの巨石は、桁が違った。

 原初歌を纏った石の本質は、幾層にも重なっている。表面に苔がある。その下に石がある。石の中にルーノの刻印がある。刻印の奥に原初歌の残響がある。残響の底に守護者の意志がある。そのさらに奥に——石の真の名がある。

 感じ取れない。深すぎる。

 カレは歌おうとした。力を込めて、石の名を引き出そうとした。

 世界を聴け。

 守護者の声が遮った。

 力ではない。耳を澄ませよ。石が何であるか、世界に問うのではなく——世界が何を語っているかを、聴け。

 カレは戸惑った。

 これまで、カレの歌はいつも「問いかける」ものだった。対象に向かって歌い、名を引き出す。能動的な行為。だが守護者は「聴け」と言っている。受動的になれと。

 遺跡の外から、カンテレの音が聞こえた。

 アイノだ。

 遺跡の石組みの外側で、アイノがカンテレを弾いている。カレの試練に直接介入することはできない。だが音で支えることはできる。

 アイノの旋律が風に乗って渓谷に響いた。穏やかで温かい音色。カレの意識を落ち着かせ、集中を助ける旋律。戦闘のための音ではなく、信頼のための音。

「お前ならできる」と言っているように聞こえた。

 同時に、渓谷の入口で剣が閃く音が聞こえた。

 遺跡の気配に惹かれたのだろう。小型のヒーシが数体、木々の間から姿を現していた。黒い毛並みに赤い目。森が歪んで生まれた魔物。

 レンミンカイネンが、一言も発さずに剣を振るった。

 派手な掛け声も、挑発もない。ただ黙々と、近づくヒーシを斬り払っている。石と石の間に立ち、仲間の背後を守る。歌えなくても、聞こえなくても——彼なりの「歌」がそこにあった。

 カレは二人の存在を感じながら、目を閉じたままでいた。

 聴け。

 力を込めるのをやめた。歌おうとするのをやめた。ただ——耳を澄ませた。

 巨石の歌が聞こえる。原初歌の残響が聞こえる。守護者の息遣いが聞こえる。

 そしてその奥に——微かな旋律が聞こえ始めた。

 石の奥の奥。原初歌よりもさらに深い場所。世界が生まれる前の、最初の振動。最初の音。

 それは名前を持っていなかった。

 名前になる前の、名前の種。世界が名づけられる前の、名づけの力そのもの。

 カレの意識が、その種に触れた。

「聞こえる……もう少しだ」

 カレの唇から声が漏れた。

 アイノのカンテレが応えるように旋律を変えた。より深く、より静かに。カレの集中を支える音。

 レンミンカイネンの剣がまた一体のヒーシを退けた。足音すら立てずに。

 三人がそれぞれの場所で、同じ試練に挑んでいた。

 カレの意識の中で、巨石の旋律が少しずつ形を取っていく。まだ名前にはならない。だが輪郭が見え始めている。

 守護者が待っている。

 カレは耳を澄ませ続けた。


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