世界を奏でる楽器
北の小さな集落は、他と同じように飢饉に喘いでいた。
ただ一つ違っていたのは、広場の片隅で古い歌を口ずさむ老人がいたことだった。
白髪を肩まで伸ばし、擦り切れた旅衣に身を包んだ老人は、丸太に腰かけて低い声で歌っていた。歌の旋律は古めかしく、カレが歌学院で習ったどの定型歌とも違っていた。
「ルーノイヤだ」
レンミンカイネンが小声で言った。
「各地を回って古い歌を語り歩く連中。最近はめっきり減ったが……こんな北にいるとは」
カレは老人の歌に耳を傾けた。言葉が古い。今のカレヴァの言葉とは少し違う響きがある。だがカレの言葉のルーノは、その古い言葉の奥にある「意味」を直感的に掴んでいた。
世界の始まりの歌だ。
「すみません」
カレが近づくと、老人は歌をやめた。目が鋭かった。老いて霞んでいるはずの瞳に、鷹のような光がある。
「何用かね、若い歌い手」
「歌い手だとわかるんですか」
「わからいでか。お前さんの身体から歌の匂いがする。それも——定型歌の匂いじゃない。珍しいな」
老人はカレをじっと見つめた。カレはその視線に、ロヴィアタルの眼差しに似たものを感じた。本質を見抜く目だった。
「サンポのことを伺いたいのですが」
「サンポ?」
老人の口元が微かに動いた。笑ったのか、何かを噛み殺したのか。
「お前さんたちもサンポを探しているのかい」
「はい。サンポを取り戻して、飢饉を終わらせたい」
「取り戻す、ね」
老人は立ち上がった。背は曲がっているが、立つと意外に背が高い。カレの目を真っ直ぐに見て、こう言った。
「あれは臼なんかじゃない」
カレの心臓が跳ねた。
「マーイルマン・カンネル——世界のカンテレだよ」
アイノの息を呑む音が聞こえた。
「世界を奏でる楽器。それがサンポの本当の姿だ」
老人は淡々と語った。
「古い歌の中に残っている。サンポが鍛えられる前、あれには別の名前があった。世界のカンテレ——世界を歌として奏でる楽器。穀物や塩を生むのは、世界のルーノを循環させる力のほんの一部にすぎない」
カレとアイノが顔を見合わせた。
あの港町の廃屋で見つけた古文書。そこにも同じ言葉があった。「マーイルマン・カンネル」。老船乗りもサンポを「楽器」と呼んだ。そして今、三つ目の情報源が一致した。
「俺たちは信じます」
カレが言うと、老人は片眉を上げた。
「ほう。珍しい。大抵は笑い飛ばすんだが」
「でも、そんなこと言っても誰も信じやしない。みんな臼だと思ってるからね」
老人は肩をすくめて笑った。飢饉に苦しむ世界で、サンポが楽器だろうと臼だろうと、人々にとっては穀物を生む魔法の道具でしかない。
アイノが沈黙していた。
カンテレ——自分が弾く楽器と同じ名前のものが、世界を支えていた。その事実が、アイノの中で何かを揺さぶっているのだろう。カレには、彼女が何を考えているか正確にはわからなかった。ただ、カンテレを抱く手に力がこもっているのが見えた。
老人は立ち去る前に、一度だけ足を止めた。
「世界のカンテレを弾ける者は、世界を歌い直せる者だけだ」
その言葉は、カレに向けられていた。
背中を向けた老人が街道の向こうに消えていく。カレの耳に、北からの遠い歌がまた聞こえた。前より少しだけ、大きくなっている気がした。
世界のカンテレ——あれが、自分を呼んでいるのか。




