もうすぐ大夜会
王妃は手に持った扇を戻ってきた騎士たちに投げつけた。
ゴットフラム大公の息子とクリスティナに大夜会への招待状を送った次の日、王妃はあることを思いついた。
大公の息子レオンが懸想している娘とローレンスが大夜会で密会していたらどうだろう?
お気に入りの娘とローレンスが浮気をしていればレオンは怒り狂うだろう。大公も自身の娘が妊娠中にローレンスが浮気などすれば見限るのではないか?
大夜会で隙を見てローレンスに睡眠薬を盛る。眠気が差したローレンスを休憩室の一室に誘導する。
そこにレオンのお気に入りの娘を下着姿で待機させておく。
頃合いを見計らってそこに踏み込み二人の姿を多数の人間に目撃させるのだ。
目撃者の中にレオンや大公自身がいれば尚良い。アルフォード侯爵やクリスティナに目撃させても良いな。
王妃は楽しくなってきた。『ティナ』といったか、とにかくその娘は必要だ。
王妃は子飼いの騎士たちにゴットフラム大公領まで行ってその娘を連れてくるように命じた。
平民の娘だ。報酬で釣られるとは思うが、もし断られたらさらってでも連れてくるよう命じた。
それなのに大夜会まであと三日の今日、騎士たちは手ぶらで帰ってきたのだ。
「申し訳ありません、王妃様。し、しかしその、その娘がいなかったのです。大公の息子と共に王都に行ったらしいのです」
「なんと!婚約者であるクリスティナと共にお気に入りの娘も連れてきたと申すか」
レオンは思ったよりも呆れた男らしい。そうであればこちらもつけ入る隙があるというものだ。
しかしその『ティナ』とかいう娘はあきらめなくてはならないか?大公の屋敷にいては手が出せない。一応別の娘も用意した方がいいだろう。
睡眠薬を盛る手段についてはローレンスの侍従を一人買収済みだ。
最近側近になったアルフォード侯爵の倅ダイラスがいるときは難しいが、今度の大夜会には妹のクリスティナが来るのだ。ローレンスの傍を離れることもあるだろう。
愛するネイサムのため、絶対にローレンスを排除してみせる。
ゴットフラム大公がローレンスに失望した顔を思い浮かべて王妃は含み笑いをした。
私たちは大夜会の二日前、王都のゴットフラム大公家のタウンハウスに到着した。
アルフォード侯爵家へは大夜会の後帰ることにして、それまではここに滞在する。
そして久しぶりにゴットフラム大公と顔を合わせた。
「クリスティナか!美人になったな!」
「父上、久しぶりに会った第一声がそれですか?もっと他に言うことがあるでしょう?」
「レオンも元気そうで何よりだ。仲良くやってるか?」
「もちろんですよ。それより——―」
「領地までクリスティナを連れて行ったことか?それなら謝らんぞ」
「レオン様、そのことはいいんです」
私は慌てて大公とレオン様の会話に割って入った。
「クリスティナは弱音を吐かなかった。もちろん強引に連れ出したのは私だが、クリスティナがもう嫌だと言ったら王都に引き返すつもりだった。婚約は諦めてな。
しかしクリスティナはボロボロになりながらも最後まで弱音を吐かなかった。それを見て辺境の嫁に相応しいと確信したのだ」
やっぱり大公は私を試してた。それは薄々感じてたから大公の前では絶対弱音を吐くもんかと意地になっていた気がする。
「しかし、屋敷に着いてからもいろいろあったようだな。それについては謝罪する。
息子がぼんくらで申し訳なかった」
レオン様がばつの悪い顔をした。
「いえ、その時はいろいろ思いましたが今となってはいい経験になりました。
それに……私楽しいんです。ゴットフラム領のお屋敷も領地の皆さんも何もかも大好きです!
大公閣下、私を連れて行ってくれてありがとうございました。領地の皆さんに、レオン様に会わせてくれてありがとうございました」
「父上、それについては俺も感謝しています。ティナを連れてきてくれて、出会わせてくれてありがとうございます」
私とレオン様はそろって頭を下げた。
大公閣下は照れくさそうな顔をして、「それならお義父様と呼んでくれるか?」と言ったので、レオン様に「まだ早い!」と突っ込まれた。
「あの、おじ様とお呼びしてもいいですか?」と私が聞くと
「もちろんだ。これからもぼんくら息子をよろしくな」と私の肩をがっしと掴み抱きしめられそうになったのでレオン様が慌てて止めに入った。
その後、急に真面目な顔になり大公—じゃなかったおじ様は言った。
「レオン、私は夜会には出ないぞ」
「父上?」
「シンディの部屋にいるつもりだ。
お前とクリスティナの婚約で情勢は一気に第一王子ローレンスに傾いた。王妃はかなり焦っているだろう。マルゴットの件も王妃が絡んでいる可能性が高い。
今回、王妃はお前たち二人をわざわざ呼び寄せた。何か企んでいるだろう。ゆえに私は夜会の間シンディの近くにいる。お前たちも十分注意しろ。クリスティナを守るのはレオン、お前だぞ」
レオン様は神妙な顔になり頷いた。
大夜会の日、私は朝から磨きあげられた。
ゴットフラム大公家のタウンハウスにはフルールとマーシャルという侍女がいて、アイリスと三人で私を飾り立ててくれた。
アイリスは上機嫌だった。
今まではいかに冴え無くなるかをモットーに私の支度をしていたのだ。
「やっと力いっぱいお嬢様を飾り立てることができる」と滅茶苦茶張り切っていた。
身支度が整い、レオン様が迎えに来た。
レオン様は私を見るなり絶句し、次に手を握りしめて言った。
「夜会に行くのはやめよう」
「レオン様?」
「俺は心配だ。夜会で男どもがこんなに綺麗な君を見たら危険だ」
「ふふっありがとうございます。でも大丈夫です。今までも壁の花でしたし」
「それはさえなく見えるように化粧をしていたんだろう?本当の君は女神のように美しいじゃないか。
君が大変身したと大騒ぎになるかもしれない」
「レオン様、それは大げさです。でも褒めていただいてありがとうございます」
ノックの音がしてノア様が顔を出した。
「イチャイチャしてないでそろそろ行くよ~」
そうして私たちは夜会に向かったが、一つ勘違いをしていた。
私はゴットフラム領で当たり前だが素の顔のままクリスティナとして過ごしていた。
だから皆はこの顔が〝クリスティナ〟だと認識している。
ゴットフラム大公に会ったときもおじ様は「クリスティナか!美人になったな!」と言ってくれた。
だからほかの人も私を見て綺麗になったとびっくりする人はいてもクリスティナと別人だと思われるとは考えてなかった。
大体、夜会にはレオン様とクリスティナが招待されているのだから、レオン様が別人を連れてくるはずがないのだ。
ゆえに私たちは後で王妃様の反応に首をかしげることになる。
なんでショックを受けたの?




