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Water Garden  作者: かづま
20/31

第20話 恐怖と決意

 時間はどれぐらいたっただろうか。

 視界がはっきりした時にはもう辺りも真っ暗だった。


 僕は、傷つき痛んだ体を持ち上げて、家へと向かっていた。

 何とか生きてはいる。そんな感じ。


 いじめが始まってからはボロボロになって帰ることは何度もあった。

 それでも今回が一番痛かった。体もそうだけど、それ以外も。

 不意に、涙が流れだす。


 島が現れてから先輩はずっと笑顔でいた。

 こびりついたような、不自然な笑顔。

 でもあの2人はその笑顔について何も感じていないみたいだった。

 ならもう、それでいいんじゃないか……。

 考えがよぎる。


 先輩もそうしたいから笑顔でいるんじゃないのか……。

 飯崎だって言っていたじゃないか。

 面白くないときも笑顔でいるって。


 よく考えたら、誰だってそうだよ。みんなそうやって生きているんだ。

 苦しいことがあっても、悲しいことがあっても、笑顔で誤魔化して生きているんだ。

 それが普通なんだ。先輩だってそうだ。僕がおかしいだけなんだ。


 笑顔になることもできず、溢れ出る感情を隠すために孤立して。いじめられて。

 そんな僕より、全然いいじゃないか。

 皆から好かれて、笑顔に囲まれて。

 先輩は、幸せじゃないか。


 もう僕がどうにかなることじゃない。

 どんなに手を伸ばしたって、届かないものなんだよ。

 もう、全てがどうでもよくなってきた。


 学校にも行きたくない。

 今度こそ、本当に殺されるかもしれない。

 もし、そうなったら。

 先輩だって嫌な気持ちになるよな。


 だったらもう、これ以上事が悪化しないためにも。

 僕は何もしない方がいいんだ。

 僕が身を引けば、全て収まることだったんだ。


 この家で、僕の家で。

 じっとしていればそれでいいんだ。

 僕は家の扉をそっと開けて中に入った。

 誰にも気づかれないように。


 無惨な僕の顔を見たらどんな反応をされるのかわからない。

 だから今は……。そう願っていたのだけど……。


「おっ、遅かったじゃないか〜。ごはん温めようか」


「真守……その顔どうしたの!」


 母さんと、父さんに見つかってしまった。

 僕の顔を見た母さんは、心配そうに僕に駆け寄ってきた。


「真守、大丈夫なの!? どうしたの! なにがあったの!?」


 僕は顔を背けて、小さな声で答える。


「……何でもない」


 母さんは僕の肩に手をやり、必死に迫ってくる。


「何でもないことないでしょ! 誰にやられたの!?」


「何でもないって……! もう終わったから……」


「何言ってるの! 母さん心配なの! 真守……!」


 涙を浮かべて叫ぶ母さん。

 その母さんに、父さんが寄り添う。


「母さん落ち着いて。真守も、とりあえず顔を洗ってきなさい。話はそれから聞かせてくれないか?」


「うるさい……。いつもいつも……! もう放っておいてくれよ!」


 僕はそう叫んで、二階の自分の部屋へと向かった。


「真守!」


 僕を引き留めようとする母さん。

 その母さんを引き留めるように手を取った父さんが見えた。

 でも、もうどうでもいいんだ。

 全部。忘れてしまえばいいんだ。


 部屋に入った僕は、扉を強く閉めた。

 窓も閉めた。カーテンも閉めた。全てを遮断した。

 1人きりになった部屋。


 さっきの出来事が、先輩の笑顔が頭に焼き付いて離れない。

 どうでもいいのに、離れない。

 叫びたい。叫んで全部消し去りたい。

 僕の頭から出て行ってくれ。


 ……。


 もう、死んでしまいたい。

 その方が楽なのかもしれない。

 そうすればすべてなかったことになるはず。


 ……。


 飯崎……。

 どうして。

 どうしてあのまま殺してくれなかったんだよ。

 どうしてだよ。


 殺してくれたら、それでよかったんだ。

 何で生きてるんだよ。

 ふと、見上げた先。

 目の前の机にあるカッターが目に入る。


 それを手に取る。

 カチカチと音を鳴らして刃先が少しずつ現れる。

 簡単だ。死ぬのなんて。

 よくあるじゃないか。

 これをちょっと手首に当てて、スッと引くだけで全部終わるんだから。


 僕が悪いんだ。

 僕が居たから、皆めちゃくちゃになっていくんだ。

 先輩も。飯崎も。

 僕がいなくなればみんな幸せなんだ。

 僕がほんの少しだけ行動すれば、終わるんだ。

 ほんの少しだけ。


 刃を手首にもっていく。

 血管を覆う薄い皮膚の上へと乗せる。

 その瞬間。

 冷たく、鋭い金属の感覚が全身に駆け巡る。

 まだ刃を押し当てただけなのに、少しの痛みが脳を支配するように広がっていく。


 怖い。


 僕は押し当てた刃をそっと離し、そして今度は逃げるようにカッターを投げ捨てた。

 手の震えが止まらない。全身。

 僕の心には恐怖だけがあった。

 死にたくない。怖い。


 ……。


 もうどうすればいいのかわからない。

 この期に及んで、いつまでも中途半端な自分に余計に嫌気がさす。

 死ぬこともできない、生きることもままならない。

 だったらもう、生きるでもなく、死ぬでもなく。

 ただ時間が過ぎるのをひたすら待てばいい。

 ただ一人で。


 僕は布団に入り込む。全部。どうでもいい。

 静まり返った部屋。

 もうずっとこのまま眠ってしまいたい。一生。

 ……でも、それも叶わなかった。


 それだけじゃなかった。

 1人きりになりたいという願望も、同じく叶わなかった。

 どんなに閉め切っても、この家で僕は1人きりになることなんてできない。


 床から、両親の話声が聞こえてきた。

 はっきりと聞き取れる。


「真守、本当に心配だわ……」


「母さん。ほら、お茶でも飲んで」


 でもその声を遮るためのイヤホンも、もう今はない。

 手を耳に押し当てることもできる。

 でも僕はしなかった。

 両親の話を聞きたいわけじゃない。

 もうどうでもいいから。

 聞いても聞かなくても、一緒だから。


「最近よく痣だらけで帰ってくるし……。やっぱりいじめられてるんだって」


「かもしれないなぁ。真守、おとなしい子だしな」


「でも何も話してくれないし……。私どうしたらいいか……」


「真守には真守の考えがあるんだよ」


「何!? あなたはそんなことばっかりで! 真守が心配じゃないの?」


「心配だよ! 僕も真守の父親だ。……心配だからこそ、そっとしてやりたいんだ」


「どうして……。私は助けになりたいの……」


「真守は素直なんだ。助けが必要な時は、必ず頼ってくれる。……僕たちは、真守が本当に助けて欲しい時に、いつでもしっかりと助けられるように、手を差し伸べ続けることが大事なんだ。だから今は一人にしてやってくれ」


「うぅ……。私、耐えられるか……」


「大丈夫。真守は強い子だよ」


 ……。


 どうでもよかった。何を聞いてもどうでもよかった。

 それなのに、なんだよ……。母さん……それに父さん……。

 いつもいつも余計なお世話なんだよ……。


 僕の目には今にも流れ出しそうな涙で溢れていた。

 僕は涙もそのままに、いつのまにか眠りについた。



 そして朝。

 あまりいい目覚めとは言えなかった。きっと睡眠の質も最悪だったのだろう。

 でも、僕の心は落ち着いていた。

 部屋から出て、リビングに降りる。


 それに気づいた母さんがおはよう、とあいさつする。

 続いて父さんと茉莉がおはようと言う。

 僕は静かに頷いて、食卓に並んだ食パンを平らげた。

 皆、それ以上あまり話さない。


 いつもに比べて静かな朝食だった。

 そして昨日のそのままの服で玄関へと向かった。


「真守」


 振り向くと、父さんと母さんが心配そうに僕の事を見ていた。

 そんな二人に、僕は静かに言った。


「ごめん……でも、僕は大丈夫だから」


 父さんは微笑んで。


「あぁ、いってらっしゃい」


 そして母さんも。


「真守、気を付けてね」


 僕は、少しの涙を拭って玄関の扉を開けた。

 そうだ。

 もうどうしようもないこともある。


 でも、それでも。

 手を差し伸べ続けたら、いつでもその手を取ることができるんだ。

 先輩。

 僕はもう逃げません。

 先輩が閉じ込めた叫びを声にするまでは。


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