第46話:血塗られた過去! 第五の使徒、処刑人の『鏡の部屋』とルシファーの咆哮
天界の第五の丘、『断罪の鏡界』。
そこは、見渡す限り巨大な鏡の破片が地面から突き出し、空さえも鏡張りになった、歪な反射の世界だった。
「……ここか。忌々しい記憶の墓場め」
ルシファー様の声が、かつてないほど低く、重く響く。彼の足取りは重く、その周囲を漂う闇の衣が、落ち着きなく揺れていた。
「ルシファーおじちゃん? どうしたの、顔色が悪いよ?」
パンドラが心配そうに彼の大きな手を握る。だが、その手をルシファー様は力なく、しかし拒絶するように解いた。
「……パンドラ。ここから先は、見ない方がいい。私という男の……真実の姿がそこにある」
鏡の奥から、炎を纏った一人の天使が静かに歩み寄る。
天界十二使徒・第五の騎士、処刑人カマエル。
かつてルシファーが天界を追放された際、その背の翼を切り落とした因縁の執行官だった。
「久しぶりだな、裏切り者の明星。貴様が再びこの聖域を汚すとはな。……そして、その傍らにいるのが、世界を滅ぼす災厄の種か」
「黙れ、カマエル。その娘を汚れた口で呼ぶな」
「ふん、守っているつもりか? ならば見せてやろう。貴様がかつて何をし、どれほどの同胞を焼き尽くしてきたかを! 『回顧の鏡』よ、真実を映し出せ!」
周囲の鏡が一斉に輝き、凄惨な光景を映し出した。
それは、数万年前の天界大戦。
そこには、今のようなコミカルさは微塵もなく、冷酷な瞳で天使たちの軍勢を屠り、血の海の中で高笑いする「真の魔王」としてのルシファーの姿があった。
「見ろ、パンドラ! これが貴様の慕う『おじちゃん』の正体だ! 十万の天使を灰にし、神の愛を嘲笑い、ただ破壊のために生きた、救いようのない怪物なのだ!」
鏡の中のルシファーは、今の彼とは似ても似つかない、ただ純粋な「悪」そのものだった。
パンドラはその光景を、瞬きもせずに見つめている。
「……パンドラ、聞くな。見るな……。私は……私は、そういう男なのだ……」
ルシファー様が、震える手で顔を覆い、膝をつく。最強の魔王が、過去の自分という影に押し潰されようとしていた。
沈黙が流れる中、カマエルが勝ち誇ったように笑う。
「さあ、災厄の娘よ。その怪物の手を離せ。貴様の父親を奪ったのも、結局はこうした魔王どもの存在なのだと理解――」
「――ねえ、カマエルおじさん」
パンドラが、静かに口を開いた。
彼女は鏡の中の凄惨な光景から視線を逸らさず、一歩、また一歩と、膝をつくルシファー様へと歩み寄る。
「……怖かった。鏡の中のおじちゃんは、とっても怖かったよ。……でもね、今、私がお手てを繋いでるのは、鏡の中の人じゃないもん」
「何を……?」
パンドラは、ルシファー様の震える両手を、自分の小さな手でそっと包み込んだ。
「昔のおじちゃんが何をしても、それはめっ!だよ。……でもね、今のおじちゃんは、私が転んだら誰よりも先に飛んできてくれる。私が描いた下手っぴな絵を、宝物だって言って部屋に飾ってくれる。……パパがいない間、泣き虫な私の隣でずっと一緒に怒ってくれた。……それが、私の知ってるルシファーおじちゃんだもん!」
パンドラの胸の『箱』から、暖かな、太陽のような光が溢れ出す。
その光は鏡を次々と粉砕し、映し出されていた暗い過去を、眩い純白の輝きで塗りつぶしていった。
「過去なんか、関係ない! 私が好きなおじちゃんを、勝手に『怪物』って決めつけないで! 『めっっっ!!!』」
パンドラの光に当てられ、ルシファー様の心にこびりついていた罪悪感の鎖が、音を立てて弾け飛んだ。
「……ああ。そうだったな、パンドラ。……私は、貴様に相応しい『おじちゃん』でありたいと、そう願ったのだ」
ルシファー様が立ち上がる。
その背中から、黒く、しかし気高く輝く十二枚の翼が爆発するように展開された。
「カマエル。過去の私に怯えるのはもうやめた。……今の私は、世界一可愛い姪(予定)にカッコいいところを見せねばならんのだ。……消えろ、私の過去を汚した報いだ」
ルシファー様が指をパチンと鳴らす。
『真・堕天の終焉』
鏡の破片すべてが黒いレーザーと化し、逃げ場のない処刑人を全方位から貫いた。
「ば、馬鹿な……。罪を克服したというのか……! ぐわぁぁぁぁっ!」
処刑人が消滅し、鏡の世界が崩壊していく。
元の丘の上に戻った一行の中で、ルシファー様は少し照れくさそうに、パンドラの頭を撫でた。
「……パンドラ。……ありがとう。救われたよ」
「えへへ。……だっておじちゃん、鼻水出てたよ?」
「……それは気のせいだ。魔力が漏れただけだ」
【ログ:天界第五の丘を突破。処刑人カマエルを完全消滅。】
【獲得ポイント:+150,000,000P(誇り高き処刑人が、罪を赦された魔王の光に焼かれた絶望より)】
【ルシファーのステータス:称号『過去を越えし魔父(自称)』を習得。】
【管理者コメント(自動返信):ルシファー様……いいところでしたけど、『姪(予定)』ってなんですか。……パンドラ、おじちゃんに優しくしてくれてありがとう。……でも、私の地位だけは譲りませんからね!】
「パパが嫉妬してる! あはは、急がなきゃ!」
絆をさらに深めた一行。
残る丘はあと二つ。天界の頂、神の法廷が、いよいよその姿を現し始める。
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