↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
口だけの商人、神の戦争を生き抜く ~戦の女神が俺に本気なのは誤算だった~  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
282/372

商人の怒り

 モトの猶予は、三日だった。


 翌朝、冥界からの通信があった。モトの声ではなく、文字だった。祭壇の表面に灰色の文字が浮かび上がり、消えた。


「三日。三日のうちにバアルが降伏しなければ、街ごと冥界に沈める」


 三日。


 アシュタルは文字が消えた祭壇を見つめた。三日。たった三日で——バアルとモトの戦いに決着をつけなければならない。


 いや、決着は無理だ。決着がつくなら昨日ついていた。バアルは負け、モトは勝った。だがモトは——止めを刺さなかった。架け橋の器に興味を持ったから。


 興味。


 モトがアシュタルに興味を持った。それは——交渉の余地が「まだある」ということだ。


 だが三日。三日で何ができる。


 帳面を開いた。現状を整理する。


 バアルの状態:戦闘不能。神力が大幅に消耗。回復には最低でも一週間。三日では足りない。


 モトの要求:バアルの降伏。つまり嵐の力を手放し、冥界の支配下に入ること。バアルが受け入れるはずがない。


 アシュタルの手札:架け橋の器。だが使い方が分からない。


 アナトの状態:不明。帰還の兆候はあるが確定していない。


 ウガルの状態:半壊。北側市場が壊滅。民心はさらに動揺。モト派が勢力を伸ばしている。


 三日で——何ができる。


 帳面を閉じた。何もできない、と思いかけた。だがそれは——商人の発想ではない。


 何もできないのではなく、何をすべきかが分からないだけだ。分からなければ——調べろ。聞け。探せ。


 まずはモトの興味の正体を探る。モトは「架け橋の器」に興味を持った。なぜか。何がモトにとって重要なのか。


 それを知るためには——モトと話す必要がある。だがモトは「三日」と言った。三日以内に結論を出せ、と。


 交渉のテーブルに着く口実が——必要だ。


 バアルの神殿を出て、街を歩いた。半壊した北側市場を通り過ぎ、港に向かった。復旧作業が始まっていた。瓦礫を片付ける人足、板を打ちつける大工、怪我人を運ぶ女たち。街は——壊されても、動き続けている。


 人間は、しぶとい。


 港の波止場に座った。昨日と同じ場所。海を見た。穏やかな海。ヤムの領域。


 ヤムが「仲裁する気はないか」と言ったのは——つい数日前だ。あの時は条件が見つからなかった。今も見つかっていない。だが——状況が変わった。


 架け橋の器。


 モトの興味。


 この二つが——新しい変数だ。


 帳面に書いた。


「モトが興味を持っているのは、架け橋の器の機能。バアルとモトの力を媒介する能力。——それがモトにとって何を意味するか?」


 仮説を立てた。


 仮説1:モトは架け橋の器を利用して、バアルの力を吸収したい。——だがそれなら、アシュタルを殺して印を奪えばいい。殺さなかった。ということはこの仮説は違う。


 仮説2:モトは架け橋の器を破壊したい。エルの計画を潰すために。——だがそれも、殺せば済む。殺さなかった。


 仮説3:モトは架け橋の器を——使いたい。自分のために。何かの目的で、媒介機能を利用したい。


 仮説3が——最も可能性が高い。


 モトが架け橋の器を「使いたい」と思っている。それは——モトにとっての「旨味」になりうる。


 モトがテーブルに着く理由。それは——架け橋の器を使うことで、モトが何かを得られる可能性があるから。


 何を得られるのか。


 分からない。だが——三日の猶予がある。三日のうちに、その答えを見つける。


 立ち上がった。帳面を腰にしまった。


 波止場から港を見下ろした。商船が何隻か停泊している。乗組員たちは甲板で不安そうに空を見上げていた。昨日の戦闘の後、港に入ってくる船は減っている。ウガルの危険を聞いた船乗りたちが、寄港を避け始めたのだ。


 経済が止まりつつある。商人として、それは痛い。だが今は経済より命だ。


 歩きながら考えた。三つの仮説のうち、仮説3が正しいとする。モトは架け橋の器を使いたい。何のために?


 死の神が「媒介機能」を求める理由。


 モトは冥界の支配者だ。冥界の中では全能に近い力を持つ。だが地上では力が減衰する。冥界と地上は——断絶している。もしその断絶を「媒介」で繋ぐことができれば——


 モトは冥界にいながら、地上に影響を及ぼせる。安定的に。持続的に。投影や一時的な顕現ではなく。


 それはモトにとって——莫大な利益だ。


 だが待て。それはバアルにとっては最悪の事態だ。モトが常時地上に影響を及ぼせるなら、バアルの領域は浸食される。


 つまり——仮説3が正しいとしても、単純にモトに架け橋の器を使わせるわけにはいかない。条件が要る。使い方を限定する条件。


 契約だ。


 架け橋の器の使用条件を、契約で縛る。モトに利益を与えつつ、バアルの損害を最小化する。——それが、仲裁の条件になるのではないか。


 まだ仮説だ。検証が必要だ。だが——方向が見えた。


 三日。たった三日で——バアルとモトの戦いに決着をつけなければならない。


 いや。決着ではない。決着は力でつけるものだ。アシュタルがやるべきは——合意だ。合意は言葉でつけるものだ。


 言葉を、探す。


 三日以内に。


 波止場を離れ、事務所に向かった。帳面に仮説3の詳細を書き留めなければならない。そしてバアルに相談する。架け橋の器を——交渉カードとして使えるかどうか。


 足取りは重かった。だが——止まってはいなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。