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悪役令嬢ルートを回避した聖女ですが、乙女ゲーム終了後に王太子の再婚相手になりました  作者: 杜咲凜
番外編 エリシアとイネス

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田舎娘と目立たない子爵令嬢

 エリシアが王立学園に入学した日、彼女はすぐに、自分が場違いなのだと知った。


 磨き上げられた大理石の廊下。

 美しい制服。

 花のように着飾った令嬢たち。

 誰もが当たり前のように優雅で、立ち居振る舞い一つにも、育ちの違いがにじんでいる。


 男爵家の生まれで、しかも田舎育ちのエリシアには、すべてがまぶしすぎた。


 特待生。

 女神の意識に触れた聖女候補。

 潜在能力だけなら、歴代でも類を見ない。


 神殿の大人たちはそう言った。

 けれど、それはこの場で彼女を守ってくれるものではない。


 気が付けば、領地から遠く離れた王都まで来てしまっていた。

 大好きな両親も、友人たちもここにはいない。


「……あの方が」


「平民に近い男爵家の」


「女神の再来、だとか」


 不意に聞こえた声に、エリシアは肩を強張らせた。


 悪意とまでは言えない。

 けれど、好奇心、警戒、値踏み。

 向けられている感情が、好意ではないことくらい分かる。


 エリシアは、人の気持ちを察することが得意だった。

 得意というより、分かってしまう。


 だからこそ、笑顔を作った。

 困っていないふりをした。

 大丈夫です、と言える顔をした。


 嫌われないこと。

 それが、この場所でうまくやっていくための最善だと思った。


 けれど、広すぎる廊下の途中で、彼女は足を止めてしまう。


(どこへ行けばいいの……)


 入学式の会場。

 説明は受けたはずだった。


 けれど、同じような回廊が続き、どこを歩いても似た景色ばかりが広がっている。


 誰かに聞こうにも、近くにいる令嬢たちは明らかに距離を取っていた。

 田舎娘。

 そんな視線が刺さる。

 中には、わずかな嘲笑も混じっている気がした。


 そのときだった。


「入学式の会場でしたら、こちらですよ」


 静かな声がした。


 振り向くと、一人の令嬢が立っていた。


 赤茶色の瞳。

 地味な眼鏡。

 栗色がかった控えめな髪。


 装いも、周囲の令嬢たちに比べれば華やかではない。


 けれど、なぜか目を引いた。


 首の角度。

 指先。

 立ち方。

 声の落とし方。


 すべてが自然で、けれど驚くほど整っている。


「ありがとうございます。私、迷ってしまって」


「初日は仕方ありません。こちらは廊下が似ていますから」


 令嬢はそう言って、ほんの少しだけ微笑んだ。


 その微笑みは、優しすぎなかった。

 同情でもない。

 値踏みでもない。

 興味本位でもない。


 ただ、困っている人に道を教えただけ。


 それが、エリシアには不思議だった。


「あの、私はエリシア・ローウェルと申します」


「イネスです。イネス・ベルティエ。田舎の子爵家の娘です」


 イネスは綺麗に礼をした。


 その瞬間、エリシアは思う。


(子爵令嬢……? 本当に?)


 けれど、それを聞くのは失礼だった。

 エリシアは慌てて礼を返す。


 イネスは何も言わず歩き出した。

 エリシアはその半歩後ろをついていく。


 不思議な人だった。


 周囲の視線は相変わらずエリシアへ向いている。

 けれど、イネスの隣にいると、その重さが少しだけ薄れる気がした。


 この人は、私を特別扱いしない。


 もしかして、私のことを知らないのだろうか。

 ――それなら、少し気が楽だった。


「イネス様は、この学園に詳しいんですね」


「少しだけです。入学前に地図を確認しましたので」


「それだけで、こんなに分かるんですか?」


「そうですね……少し校内を歩き回りましたし。最初は私も迷いましたから」


 淡々とした声だった。


 けれど不思議と冷たくはない。


 やがて、入学式会場の扉が見えてくる。

 エリシアはほっと息をついた。


「あの、本当にありがとうございました」


「いえ、お気になさらず」


 イネスはそれだけ言って、人の流れの中へ紛れていった。


 不思議なくらい、目立たなかった。


 さっきまで隣にいたのに、もうどこにいるのか分からない。


 けれど、エリシアの胸には確かに残っていた。


 あの人だけ、綺麗な空気をまとっていた。


 王都の貴族たちは皆洗練されている。

 けれど、イネスはその中でも、どこか違って見えた。


 その夜。


 寮のベッドに横になったエリシアは、何度もあの静かな声を思い出していた。


 ――もっと、仲良くなりたい。


 それが、彼女の抱いた最初の憧れだった。

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