第11話「選手が悪いわけではない」
初練習から1週間が立ち
「じゃあ、今日から順に一人ずつ
自分のプレーの長所と短所を教えてもらいたい。
最初だからそんなに緊張することはないぞ」
そう言って柔らかな雰囲気を作ろうとするが
選手たちの顔は、一様に緊張しているようだ。
「誰から始めるかな。」
皆の顔を見渡す。
まぁ、あそこからだな。
「佐藤」
「はい!」
「おまえからだ」
「わかりました」
わざわざ監督室で面談という形で行う。
「他のみんなはいつも通り練習をはじめてくれ。
宮本頼むぞ。」
「はい!」
宮本が他の選手を先導して練習が始まった。
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「佐藤、さっそくだが聞かせて欲しい。
自分でこの1週間考えた自分の長所と短所を」
佐藤がゆっくり話し始める。
「自分は今まで、Jリーグの下部組織にいたということで、
ボールを扱うことに自信を持っていました。
それに一瞬のひらめきを大事にして、局面で違いを作れるように指導を受けていました。」
「ユースに上がれなかったのは、フィジカルでの部分が足りなかったと結論づけて
この高校に進学した時に、フィジカルを鍛えようと頑張りました。
前監督もそういう部分を大事にしていたので、
トレーニングとしては求めていた部分がありました。」
「でもメンバーには選ばれなかったです。
走れない・戦えない、そんな印象を持たれていたのでしょう。
結局、同じ理由でここでも試合に出れない。
それが監督が来た最初の自分の印象につながったと思います。」
「それで」
続きを促す。
「でもフィジカルが原因ではなかったんじゃないかと思い始めました。
そもそも自分の強みが強みでなくなっていたのではないかと。
だからもう一回ボールスキルの向上に取り組みました。
さらに、監督に言われた頭を使うようになりました。」
「そして、自分の中で監督と出会って疑問に思った部分があります」
「それは何だ?」
「一瞬のひらめき、局面での違いってなんですかね。
それって指導者が選手にコンセプトを丸投げしているような感じがしました。」
「ここでは、監督からパス・トラップの指導を受けました。
橋本の使い方もアドバイスをもらいました。」
「それで上手くいきました。
橋本とはイメージが簡単に共有できたんです。」
「外から見たら、加藤へのスルーパスはひらめきに見えたかもしれないです。
でも自分からしたらひらめきではなく、ただ自分の目の前に
自然とスペースが広がったのが見えただけです。」
「監督が作る景色はこれなんだと」
佐藤はこちらをしっかり見ると
「自分のプレーの長所は、監督をはじめチームメイトと描く攻撃を形にするボールスキルを持っている点、短所はフィジカルが足りないことでのボールスキルを維持できずに低下していく部分です。」
そう言い切った佐藤の顔を見て
「わずか1週間なのに吸収力が凄いんだな。」
感心してしまった。
「佐藤、今回の課題に正解・不正解はないぞ。
だが、自分としっかり向き合ってきたかどうかは評価するつもりだ。
よく自分と向き合ったな。」
そう言う俺に
「ありがとうございます!」
笑顔の佐藤がそこにいた。
「では、次を呼んでくれ」
佐藤が次の選手を呼びに監督室を出て行った。
次の選手が来るまで思いを巡らす。
「選手個人が最終場面で違いを作らなければならないのは当たり前だ。
どの選択肢を選ぶか、ましてや監督の顔色を窺うなんてもってのほかだ。
でも、日本の指導は土台をしっかり作らない。
どんなコンセプトなのか、選手たちにどういう形を共有させたいのか。
それなのに結果だけは求める。」
「まさに指導力不足なのにな。」
誰かが見ていたら俺の表情は呆れているだろう。
コンコン
ドアを叩く音がする。
「入れ」
「失礼します!」
加藤が入ってくる。
さて、こいつはどんなことを聞かせてくれるだろう。
この後、見事に期待は裏切られる。
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