12.11 処刑人(5)司教の罠
罪人は、不道徳・不正行為を認めて悔い改める。
教会は、罪人に慈悲をかけてゆるし、更生を指導する。
ごく一般的な異端審問の流れだ。
しかし、ジャンヌの行動には「神の声に導かれて王太子をランスで戴冠させた」件が含まれる。もし、ジャンヌが過ちを認めて、公衆の面前で「自分が間違っていた」と証言すれば、それはシャルル七世のフランス王位継承を否定する根拠になる。
それこそが、異端審問の真の目的だ。
ジャンヌのこれまでの言動を否定して貶めることは、私を否定し貶めることに直結する。シャルルは正統と異端の区別がつかず、うそつき女に導かれた偽物の王である——と、教会を通じてヨーロッパ中に知らしめることができる。
だが、ジャンヌは、イングランド側が「してほしい」発言をしなかった。
処刑の舞台を整えて、生命の危機が迫っていると脅迫しながら、理屈と感情を交えて策を弄したが、上手くいかなかった。
野次馬の存在は、双刃の剣だ。
わあわあと泣きじゃくる少女は、何か過ちを犯したかもしれないが、大衆が恐れていた「邪悪な異端者」にも「狡猾な魔女」にも見えなかっただろう。これまでの印象操作が吹き飛び、「権力者にいじめられているかわいそうな少女」に置き換わってしまう。
「もういい。罪人を黙らせるんだ」
異端審問の主導者、ボーヴェ司教のピエール・コーションがうんざりして声をかけた。
フス戦争勃発の教訓から、強引な異端判決と処刑は得策ではないと考えたのだろう。野次馬がジャンヌに同情して、教会に反発する事態になることだけは避けたい。
「哀れなジャンヌよ。処刑などしないから泣くのをやめるように。自分が間違っていたと言うのが嫌なら、もう何も言わなくていい」
ピエール・コーションは高みからジャンヌを見下ろし、厳かに語りかけた。
「おまえは初犯ゆえ、教会は慈悲をかけると決めていた。安心しなさい」
ジャンヌの前に、文字が書かれている紙片が差し出された。
「……あたしは字が読めません」
「そんなことは分かっている。これからは神に従い、教会の管理下で更生すると誓うだけでいい。そのくらいなら出来るだろう?」
ラテン語とフランス語で書かれた文書が二通。キリスト教の総本山であるローマ教会に提出する文書はラテン語で書くのが慣わしだ。各教区には、地域の言語で書かれた控えが残る。
どちらにしろ、ジャンヌは書かれた内容を理解できなかっただろう。
「一番下の空白に署名しなさい。自分の名前を書くんだよ」
「あたしの名前……?」
「自分の名前さえ書けないなら十字架を書きなさい」
ジャンヌは涙をぬぐうと、おぼつかない手つきで羽根ペンを走らせ、言われるままに十字架を三つ書いた。
最初の異端判決はこれで終了した。
ジャンヌ・ラ・ピュセルは有罪判決を受けたが、初犯ゆえに命を取り留め、異端審問官たちは慈悲を示して教会の権威を高めた。シャルル七世を貶めるには至らなかったが、最低限の目的は果たせた。そんなところだろう。
死刑執行人は、手を下さずに済んだことに安堵しながら未使用の処刑道具と火刑台を解体し始めた。その一方で、興を削がれた野次馬たちはこの茶番劇に腹を立て、誰彼構わず罵声を浴びせ、石礫が投げられた。
「女を燃やせ!」
「役立たずを吊るし上げろ!」
司教ピエール・コーションは、安全な高みから下界の騒ぎを見下ろしていた。
視線の先では、命拾いしたジャンヌが連れていかれようとしている。
教会の管理下——すなわち、司教の籠の中へ。
「民衆が第二幕を求めていることは明らかだ」
この状況は、異端審問を完遂したいイングランドからすれば非常に好都合だった。





