疑問
夜は日が昇りきっていない早朝に目を開けた。
体の倦怠感や熱はもうなかった。
夜はそばで夜を抱えて寝ていたリーシアの頭を撫でながら「ありがとう」と一言いってリーシアから離れた。すると腕を何かが引張った。
リーシアの方を見ると、頬に涙を伝わせながら目を見開きこちらを見て夜の腕を握っていた。
しばらくして…。
「お、おはよう…?」
夜は戸惑いながらおはようと言ってリーシアを見た。
「主、様……。」
硬直した2人だったが、瞬時にリーシアは夜の腕を引き夜を抱きしめた。
「く、くるじぃ…」
夜は締め付けられ苦しそうにしているがリーシアはただただ安堵し、夜を強く抱きしめた。
「良かった…戻ってきて下さって…良かった。」
そんなリーシアを見て夜は「うん、ありがと…。」と伝えた。
それからしばらく夢の事をリーシアに話した。負の感情に呑み込まれそうになったこと、誰かが助けてくれた事
その過程で他の人の精神世界に入ったこと、その持ち主と話をしたこと全てを話し、リーシアからは夜が寝ていた時のみんなの事を聞いた。
「そっか…みんなにも沢山迷惑かけたんだね。」
夜はあはは…と苦笑いをしながら寝ているみんなを見た。
「主様、皆さんが起きたらその隊長さんと言う方の所へ向かわれるのですか??」
「うん、助けるって約束したから。それに森に落ちてた物の事も気になるし…治して詳しく話を聞くつもり。僕の都合にみんなを付き合わせるのは申し訳ないと…思ってる。」
「少し寄るだけならなんの問題もありません。大丈夫です。」
「そっか…。」
日が昇り始め光芒が当たりを照らしている。
リーシアは照らされている夜を見て変化に気づいた。
「そう言えば主様、少し元のお姿に戻っていませんか??」
リーシアの言葉に夜は手や足を見て喉を触った。
「あー…。確かに呂律が良くなった気がする。体も…大きくなってる…。」
リーシアの言う通り夜の体は大きくなっていた。
「薬の効果が切れ始めてるのかも!もうそろそろ戻るんだと思う。この事も朝食の時に皆に話さないとね。完全に元の姿に戻った時みんなが混乱しちゃうから。迷惑かけたお詫びに僕が朝食を作るよ。」
「ではその間、私は主様の服をお作りしますね!」
「うん、ありがとう。」
久しぶりに持った普通サイズの包丁はなんだかとてもしっくり来た。
フライパンに油を引き、ベーコン次に溶いた卵を焼く、きのこをバターと一緒に炒め、サラダは野菜を適当にちぎる。それをパンに挟んで皿に並べた。スープは途中起きたジェイソンと一緒に作った。
みんなを起こして食事の準備をする。
夜の成長した姿にほとんどの子達がソワソワしていた。パンは美味しそうに食べていた。
盗賊の男の子。リシュンに夢の出来事を説明し、隊長さんの所までの道案内を頼んだ。
そして夢の出来事を説明しても信じてもらえないと思っていた夜は簡単に信じて道案内をすると言ったリシュンに驚いた。
相当切羽詰まっているんだろう…。
話し終えたリシュンに夜は朝食を渡した。
「リシュン君も食べて。」
「い、いただきます。」
ひと口食べるとリシュンは目を輝かせ喉に詰めそうな勢いでパンを食べた。
そして、朝食を済ませ馭者と場所を交代しリシュンの道案内で隊長さんの居るであろう拠点へと向かった。
「ここからは道が狭い。馬車は通れない。」
「じゃぁ、馬車はここに置いて行こう。馭者の人はここで待っててください。リーシア保護魔法お願い。他のみんなは着いてきて。」
そうして夜たちはリシュンの先導のもと、森の奥へ向かった。
「着いたよ。」
リシュンの目線の先を見るといつくかのテントとそれを囲むように粗末な柵が張られていた。拠点を覗いていると拠点にいた男がこちらを見た。正確にはリシュンをだ。男は持っていた薪を落としてこちらへ駆け寄ってきた。
「リシュン!!お前生きてたのか!!」
男の声に他の人間もこちらを見て駆け寄ってくる。
「ほんとだ!!生きてて良かったな!!!」そういい男達は涙を浮かべていた。やんややんやとリシュンの背中を叩いたり、頭を撫で回していた。皆仲間思いな人達なのだろう。
「や、やめろよみんな!!」照れくさそうにリシュンは仲間の手をはらった。
「俺の事はいいから!俺、隊長を治してくれるヤツらを連れてきたんだ!」
「こいつらが隊長が言ってた…。」一人の男がぽつりと呟く。リシュンは男達に夜達を紹介した。自分が夜に助けられた事。他のみんなは夜の連れで、夜は隊長を助けてくれるという事。
隊長を助けてくれるという言葉を聞いた時男達は皆本当かと夜に群がった。
「本当に隊長を助けてくれるんだな!!?」
「はい、できる限りの事はするつもりです。」
夜の言葉に男達は希望を見つけたと言うように目を輝かせた。
「早速ですが隊長さんの所に案内してもらえますか?」
「あぁ、こっちだ!!」
案内された場所は周りのテントより少し大きいテントだった。テントの中から漂って来た肉の腐敗臭に夜は顔を歪ませた。
夜はテントの中に入り寝具に横たわっている男の側へ近寄った。男はヒューヒューと浅い荒い呼吸をしていた。
「隊長さん、助けに来たよ。少し荒療治になるけど我慢してね。」
「おう…、…後…ことは…任せた…ぜ…。」
起きていたらしく夜に気づいた隊長さんは苦しそうに笑った。
「隊長!」
「隊長!!」
後ろにいたリシュンの仲間たちが心配そうに隊長を呼んだ。
「うるせぇな…お前ら…こんな事で…俺が…死ぬわけ…ねえ、だろ、?治療の…邪魔になっちまう…お前らは外で待機してろ…。」
「隊長…」
「わかりました、行くぞ。」
心配そうな仲間を連れてもう一方の仲間はテントを出ていった。
「じゃぁ、頼めるか?」
「うん、任せて。治療中は魔法で麻酔かけてあまり痛くないようにするからその間は寝てて下さい。あ。そうだリーシア昨日僕に飲ませてくれた薬使ってもいいかな?」
「はい。構いません。」
「ありがと、それと治療を手伝ってくれると助かる。」
「わかりました。」
リーシアから貰った薬をお湯で溶かし隊長さんに飲ませた。
体の中の穢れや邪気はこれで消えるはず、次は外から。
夜は浄化魔法を使った。隊長さんの上にキラキラとした薄い膜が広がり隊長さんを覆った。しばらく待って効果の効き目を確認したあと魔法で全身麻酔をして外傷を治癒を使って治していく。大体の傷を治し夜は左脚を見た。
左脚は膝関節から下が無く、膝上が赤黒く変色し、傷口と傷口に最も近い部分は黒く変色していた。太もも部分には数箇所黄疸があった。
腐敗臭はここからしてたのか…。細胞が壊死してるのに回復はできない…。
「リーシア黄疸が出ているここまでを削ぎ落として、削いだ部分は燃やして。」
「わかりました。」
リーシアは短いナイフで隊長さんの脚を削ぎ落とした。
切られた脚の切り口からは血が垂れてきた夜は瞬時に切除された部分に高位治癒をかけ脚を元の形まで再生し治した。
夜は麻酔を解除して隊長さんの呼吸を見た。
もう呼吸は浅くしてない…あと2日もしたら元気になるかな。夜は隊長さんの額にのっていたタオルを替えテントを出て外で待っていたリシュンの仲間たちに伝えた。
「あと2日すれば元気になって目を覚ますはずです。今はゆっくり寝かせてあげて下さい。」
夜の言った言葉に男達は歓喜した。中には泣く者もいた。そしてよく見ると拠点全域にちらほら黒いモヤが見えていた。男たちも何人かは憔悴しているようだった。
「体の不調がある人達はこっちへ来てください!」
夜の声を聞いた憔悴している男たちが夜の近くへ集まる。
「術者に近い方が効果は増すはず…浄化。」夜は拠点全域に浄化魔法をかけた。キラキラとした光は黒いモヤを消していった。夜の近くにいた男たちは体の不調が消えて驚いていた。
治療はこれでよし…それと…
「どなたか黒い玉の場所を知っている方はいませんか?」
夜の質問に何人もが互いを見合わせている。そのうちの一人が「おれが案内するよ…。」と手を挙げてくれた。
「ありがとうございます。早速お願いします。準備が出来たら声をかけて下さい。」手を挙げてくれた男に礼を言い夜はジェイソンたちの元へ向かった。
ジェイソン達は拠点の端の方で待機していた。
「こんな所にいた、ジェイソン達にお願いがあるんだけどいいかな?」
「何でしょうか?」
「なになに!」
「何を手伝うの〜?」
シルとシゼはワクワクしていた。
「ここの人達心も体も疲れきってるから料理を作ってあげて。それとこの薬を完成した料理に混ぜてから渡して。」そう言ってシルに黄色の液体が入った瓶をシゼに青い液体が入った瓶を渡した。「2つとも濃度が高いから1つのお皿に1滴ずつかな。みんな頼める?」
「任せてください。」
「やる!」
「できる!」
拠点にいる人達の手助けをジェイソン達に任せ材料を渡したあと夜とリーシア、案内役の男は東側の森へ入っていった。
結構進んだ頃から木に黒いモヤが付着しているのが増えてきた。
「お兄さん、黒い玉までは後どれくらいですか?」
「大体2キロくらいだ。」
「2キロか…」
つまり2キロ先まで穢れが広がっていることになる。隊長さんは小さな玉って言ってたし…一体なんだろ…。
「ここだ。」そう言って少し開けた場所を指さした。
黒い玉から黒い霧が出ていてあたりの木々や草花は枯れていた。
夜はヒュっと息を飲んだ。
この光景見覚えがある気がする…。そうだ…夢で……。木々が枯れて動物が干からびて…。
「リーシア…あの玉鑑定できる…?」
夜はありえないと言ったような表情をしながらリーシアに鑑定を頼んだ。
「分かりました…。邪鈺…と言うそうです。穢れや邪気を吸収し倍増させる人工物と記されています。」
夜の顔を伺いながらリーシアは答える。
「そんなものをなんで…。急いで邪鈺の効果を無効化させよう…。空虚…浄化。」
夜は魔法を使って邪鈺の効果を消し周りの邪気を浄化魔法で消した。
そして邪鈺のそばへ行き邪鈺を拾った。
なんでこんなものが…リーシアは人工物って言ってた。誰かが作った…?なんのために…作って怖くなって放棄したとか?こんなものが出回ったら自然が滅びてしまう。とりあえずサンプルとしてこれは持って帰ろう…。
もしこれを作った人が意図的にここに置いていたとしたら何をしようとしたんだろう…。
夜は邪鈺を握りしめ疑問を持ったまま拠点まで戻った。
案内してくれた男の人に礼を言ってジェイソン達の元へ向かった。
戻った頃にはジェイソン達は料理を作り終え傭兵の人達の何人かはぐっすり眠っていた。
「ただいま。」
「ヨル様おかえり!」
「おかえり〜!」
「みんなご苦労さまこれでここの人たちも元気になるよありがと。」
そう言いながら夜はシルとシゼの頭を撫でた。
「何から何までありがとう」
リシュンが夜達の側までやってきて頭を深くさげた。
「盗賊をした償いはするつもりだ。」
「大丈夫僕らはなんの被害にもあってないから。謝るならお門違いだよ。」
リシュンはばつが悪そうに首をさすった。
「あ、そうだリシュン君何かあったらここまで訪ねてきて。」そう言って夜はラージア国の住所を書いた紙を渡した。
これでまた黒い玉のようなものが現れてもリシュン君が伝えてくれるはず…。
「おう、俺を助けてくれたことも隊長を助けてくれたことも…ほんとにありがとう。」
それから少し話をしてリシュン達と別れの挨拶を告げて夜たちは馭者がいる場所まで戻った。
いつも通り馬車を浮かせ馬に支援魔法をかけ旅路を急いだ。
もうすぐ帰れるんだラージア国に…!
その日の夜。
1人の男が暗く長い廊下を走っていた。男はたどり着くと目の前にいたローブを着た男に報告をした。
「教祖様!!大変です!森に配置した邪鈺の信号が2箇所が消滅しました!!」
「消滅とは…どこの森だい?」
「ラージア国の国境沿いの森です!」
「ラージア国ねぇ…。あのいけ好かない王が治めている国かぁ。オークの実験の時も誰かに邪魔されたし何か後ろ盾でもついているのかなぁ??そうだ、誰かに監視させてよ。面白い発見があるかもしれないしぃ。あ、でも凄腕の子でお願いね近くからだど消されて無駄になるかもしれないからぁ。それにしてもあの邪鈺が消滅なんておかしいなぁ。じゃ、もう君下がっていいよぉ。」
「はっ!」そう言って報告をした男は部屋から出ていった。
ローブを着た男はブツブツと何かを話している。そして部屋の奥大きなドーム状のものに布がかかっている所まで歩いていきその布をめくった。
「ねぇねぇ君はどう思うぅ?」
ローブの男が話しかける布の先には檻があった。そしてその中には全てを諦めたような片方の羽がかない吸血鬼の少女がいた。
「…………。」
その問いかけに少女は答えない。
「何とか言えよぉ。ずっと君黙ってばっかりつまんないなぁ。」
そう言いながらローブを着た男は檻を蹴った。
「まぁ、いいやぁ。君は教団のお飾りだし静かにしててくれる方が動きやすいしねぇ。」
ローブを着た男はくるりと回って祭壇のような場所へ向かい座った。
「事が終わったら君の望みも叶えてあげるからさっ。」