一抹
もしかして。持っているスマホを地面へと向ける。ライト機能がオンになっているそれは洞窟の地面を明るく照らし、彼に希望を突きつけた。行きに立てておいた木の棒が見つかったのだ。彼は拳を強く握り、額に流れる汗を拭うより先に喜びを噛み締めた。足を進める。いくらか経って、視界の奥で地上の光が漏れ出しているのが捉えられた。極度の緊張状態と長時間の彷徨を物語る筋張ったふくらはぎも、ゴールが見えれば話は変わってきたとアドレナリンを出し、ようやく彼は洞窟の入り口から体を飛び出させ、森林の中で思わず腰を下ろした。
荷物になるからと入り口の淵に置いてきてしまったリュックを息切れしたまま開け、その中からモバイルバッテリーを取り出す。ポケットを手で探り、自分のとっくに充電切れになったスマホを久しぶりに空気に触れさせるとその尻に端子を刺した。手に持っているもう一方のスマホに感謝したのは、それからだった。通信手段が遮断され、懐中電灯も点かなくなってしまった状態で洞窟内の暗闇を彷徨っている中、ふと、地面の真ん中にぽつんと落ちていた一台のスマートフォンを拾い上げると、奇跡的に充電が残っており、そのライトで壁を照らしながら進むことで自分はこのように生還できたのだ。
一息置いて、森のざわめきが聞こえる頃。余裕が出てきたらすぐにまた生来の好奇心が昂り始める。このスマートフォンは一体誰のものなのだろうか。見つけたのはかなりの深部だ。それに充電が残っているということは、まだ落ちてからそこまで時間が経っていないはずである。彼は画面を操作した。パスワードはかかっておらず、いとも容易くホーム画面に辿り着いてしまった。他人の携帯を覗き見るという罪悪感。だが、好奇心には勝てず、回り回って自分の生存の一助となったこのスマホの持ち主に感謝をしたいという親切心を盾にして、彼はメッセージアプリを開き、この持ち主の連絡先を確認した。
そこで、思わず目を見開いた。少なくも多くもないその連絡先一覧の中に、何故か彼の名前が入っていたのだ。それに自分がそのアプリで使っているアイコンとも同じで、単に同姓同名というわけではない。完全に彼の連絡先なのだ。だが、彼は所有者の名前にも、そして所有者の他の連絡先に並ぶ名前にも一切の見覚えがなかった。眉間に皺を寄せる。彼は、そんな自分を名乗る連絡先とこのスマホの所有者のメッセージの履歴を確認した。
最後の会話はつい今朝だった。自分のアイコンから吹き出しが出ている。
「それでは、先日伝えた所定の場所でお待ちしております。約束の通り、誰にも見られることなくアタッシュケースを持ち出し、その中身を確認することなく運搬下さい」
所有者が返事を返す。
「了解です。必ず、返してくださいね。どんな状態であっても。信じていますから」
それに自分を名乗る者が返す。
「それは約束を果たしてからの話です。では、お願いします」
メッセージはそこで途切れていた。彼は顔を上げ、洞窟の奥に続くどこまでも広がる闇にじっと目線を移した。




