風船
投げかけられた社員の声を無視して、すぐさま会社を後にする。自動ドアに映っていた自分の顔がやけに必死だったのを思い出しながら信号を待っている間も足踏みを続けた。次の曲がり角だ。赤と青のほとんど境目で飛び出していく。
見えた。
馴染み深い携帯ショップ。と言っても、店内に入ったことは一度もない。足の動きを早め、私は店の前で子どもに風船を配る女性店員に近づく。
「……すいません、私も……それを……一つ……!」
いい年した男が脂汗を垂らしながら行う息切れ混じりの注文に、彼女は思わず狼狽する。そのまま護身用の武器を取り出すように、持っていた風船の紐をビジネススマイルと共に差し出されると、私はそれを静かに手に収め、内心穏やかで帰宅した。
ワンルームの窮屈な家の床に通勤バッグを下ろし、備え付けのクローゼットを開ける。中には大小様々、それでいて模様や色も多様な風船の群。内壁のホルスターからペンを取り、今日貰った風船の表面に大きく「42」と書くと、私はそれを中に入れ、代わりに「5」と書いてある風船を手に取った。
スーツ諸共脱ぎ散らかし、浴室へと入る。そして浴槽のへりにある針を手に取って、私はその風船を割った。響く破裂音。瞬間、体全体で感じる回想。確か、これは5歳の時に遊園地で貰った────。閉じ込められていた空気を味わいながら、私は今日も箱舟に浸かり長い旅路につく。




