あなただけを見つめてる
オレが山奥に来て3ヶ月が過ぎた頃、ひまわりは絵を完成させた。
最後の晩餐をオマージュした作品で小さな子供たちが横長のテーブルで食事をしている。
食べているのはケーキだ。顔にケーキの破片がついている。
みんな無邪気で楽しそうだ。保護者がいないから自由気ままに振る舞っている。
床にはおもちゃが転がっていた。クマのぬいぐるみや積み木やヒモで引っ張る犬の引き車もある。
このアトリエにあるおもちゃと同じだ。自然と笑みがこぼれてしまう温かい絵で5枚の連作になっている超大作だ。
「時は来たぁ!明日、山を降りるよ!」
ひまわりは絵筆を掲げて見せる。
「オレも運ぶのを手伝おう。ちなみにいくらで売るんだ?
「1000万だよ♩」
オレは驚愕した。
「バカな!きみの絵の市場価格は最低10億だぞ!オレの見立てではこの絵は100億はくだらない!」
「知らないよ。そんなの。あんまりお金に興味ないしぃ」
ひまわりはくちびるを尖らせる。芸術家にありがちで金にうとい。完全にだまされている。
「いままでだれに売った?」
ひまわりは机の引き出しからかわいらしいウサギの描かれたピンクのメモ帳を取り出す。
「はいこれ」
感心なことにメモはしっかりとってある。オレはメモ帳をめくる。
世界的な大企業の社長や世界的に有名な著名人の名前と連絡先が並んでいた。
オレが知ってる奴も多い。
怒りが込み上げてくる。
金を持っているくせに出し渋りおって。
「きみが正当な値段で売ったのは無名時代の3枚だけだ。
あとはめちゃくちゃ買い叩かれているぞ。きみがお金に興味がないのをいいことにみんなやりたい放題だ!外道どもが。許せん!」
オレの心に怒りの炎がメラメラと湧き上がる。
「オレが正当な値段を払わせてやる。払えない場合は没収だ。いままで手元に置いて楽しんだだけでもとはとれている。転売していた場合は得た利益を没収してやる。不当な利益を得た者はだれ1人も逃さん。龍王子財閥からはだれも逃げられん。便所に隠れていても引きずり出して払わせてやる」
「こわーい。頼もしー」
ひまわりは祈りのポーズをとる。
「通帳は?
「これだよ♩」
口座番号をメモする
「すぐ戻る。きみは待機だ」
「あい」
ひまわりは敬礼する。オレはカッカしながら山を下った。怒りのあまり1時間で山をくだる。
クマにばったり出会したが道を譲ってくれた。
だんじ【断】 て 行おこなえば鬼神きじんもこれを避さくだな。
愛するひまわりへの粗末な扱いに対する怒りで疲労は感じなかった。
山を降りてすぐにスマホで椿に電話する。センチュリーがすっ飛んでくる。
「おかえりなさいませ。光輝様」
「まだ用はすんでいない。先に悪党退治だ。付き合ってくれ」
「はい」
オレはひまわりが絵を売った人物たちを訪ね歩いてとっちめてやった。
海外に作品が流れていたのでプライベートジェットで海外にも足を運んだ。
あらごとに強い屈強なボディガードも連れて行ったし、龍王子財閥の名前を出せばみんな従った。
正当な値段を払えない人間からは絵を没収して、絵の転売で不当な利益を得ていたものからは得た利益を没収した。転売で正当な値段を支払った善意の第三者からは倍の値段で絵を買い取る。
オレはひまわりの作品すべてを金にものを言わせて買い取った。
ひまわりのアトリエに戻る。
「きみの口座にすべて振り込んだ。1000億円は超えてるはずだ」
「すご〜い!お城が買えちゃうね!」
「買えばいいさ。お金は使ってこそ価値がある」
「ガンガン使って経済回しちゃうぞ~♩」
ひまわりはほくほく顔だ。
オレはリュックからお土産を取り出した。
「きみに似合いそうな服を買ってきた。帽子と靴とアクセサリーとバッグも」
「ほんと?うれしい♩開けていい?」
「もちろんだ」
ひまわりは鼻歌を歌いながら箱を開ける。
茶色い小さな水玉模様の落ち着いた色合いの黄色いワンピース、白いスニーカー、麻で編んだ渦巻き模様の小さくて丸いバッグ、おしゃれな麦わら帽子、向日葵のペンダント、すべて向日葵をイメージしたものだ。
「すごーい!超おしゃれ!着てみていい?」
「ぜひ着て欲しい」
「うん♩」
ひまわりは寝室に駆け込む。
着替えて出てくるとモデルのように美しかった。髪もめずらしく櫛通ししてきれいだ。
「とてもよく似合ってるよ。美しい」
「えへへ♩描いて描いて♩」
ひまわりをモデルにしてスケッチを描く。背景はひまわり畑にしておいた。
「おーいいじゃん♩」
「本格的なのは明日から制作する。写真を撮らせてくれ」
「OK♩」
オレはひまわりの写真をいっぱいカメラにおさめる。
どうしたことか。ひまわりへの愛があふれて止まらない。
彼女は可愛く美しく完璧な女性に思えた。
夕飯は鹿肉のロースト〜バルサミコソース〜 だ。
ひまわりはおいしそうに食べる。彼女の笑顔が見れて心が満たされる。
「ひとつ報告がある。きみの絵は龍王子財閥がすべて買い取った」
「なんですと!?すごいなぁ。よくかき集めたもんだ。きみはあたしのコレクターだね♩」
「改めてお願いする。きみを龍王子財閥のお抱え画家にしたい」
「う〜ん。やっぱり束縛されるのは嫌だなぁ」
「束縛はしない。今まで通りこのアトリエで暮らしていい。きみの自由を守る」
「おおっ!どうしたの?女の子を束縛して管理するのが大好きなのに?」
「そういうのはやめたんだ。女性の意思を尊重する」
「今まで女の子をみくだしてたもんね。成長したね。あたしのおかげかな」
「そうだな。きみとは人生7回分会話した。きみの人類愛を浴び続けてオレは変わった」
「あたしを染めるつもりが自分が染まっちゃった?」
「その通りだ。きみの色が濃過ぎた」
「勝った♩」
ひまわりはガッツポーズする。オレはポケットから向日葵の指輪を取り出す。
「ひまわり。オレと結婚してくれないか?」
「ちょっと前のきみなら断ったけど、いまのきみとなら結婚してもいいよ♩」
ひまわりは白い歯を見せて笑った。
ひまわりの差し出した手に指輪をはめる。
その夜、オレはひまわりと契った。
その後、オレは山と都会の2拠点生活を送りはじめる。
キングドラゴンホテルの絵はすべてひまわりの絵に差し替えた。
グループ企業の社屋に飾っている絵もすべてひまわりの絵に替える。
ひまわり尽くしだ。評判はすこぶるいい。業績も絶好調だ。
来客はみんな優しい気持ちになって帰っている。
ひまわりの絵から光のパワーが出ているのだ。
ひまわりとの結婚式は2人っきりで海辺の教会で開いた。
ひまわりはファンは世界中にいるが友だちが1人もおらず両親は赤ん坊の頃に交通事故で亡くしている。育ててくれた祖父母も小学生の頃に土砂災害で亡くなっているので天涯孤独の身なのだ。
とんでもなく可哀想な生い立ちだが本人はあっけらかんとしている。
基本的には1人が好きで小学生の頃からアトリエで自立した生活をしていたようだ。
小学6年生で院展に出品して入選して有名画家への道を歩み始めたらしい。
「友だちいないから結婚式あげられないと思ってたよ♩挙げられてラッキー♩」
「オレも友だちはいないからちょうどいい」
オレには取り巻きしかない。幼少期より利害関係のある人間関係しか築けなかった。
他人を見下す選民思想があったせいだろう。
祖父から人付き合いは時間とお金の無駄だと教わっていたのでビジネスフレンドしかいない。
表面上は華やかだが寂しい人生だった。
ひまわりに会うまでは。
ガールズフレンドとは全員手を切った。オレはもうひまわり一筋だ。
手切れ金を弾んだので文句はまったく出ていない。
椿からは手紙が届いた。
大事に胸ポケット入れていたが、アトリエで落としてうっかりひまわりに拾われて読み上げられてしまう。
「えーとなになに・・・出会った頃の光輝様はお金持ちのエリートで嫌なやつでした。貧しい人を見下していましたね。覚えているかわかりませんが、貧乏人は努力が足りない負け犬で体を壊して働けなくなった労働者はこの世界に不要な存在だと言い放ってましたよ。ホームレスの命より家畜の命のほうが価値が上だとまで言っていました。女性にも否定的で差別的で女性を蔑視していましたね。見た目でしか女性を評価してなくてお金の力で簡単に抱けると思っているのが何も言わなくてもビシビシと伝わって来てキモかったです。
お金と職を守るためとはいえあなたに毎晩抱かれるのは、正直、吐き気がしました。
でも、あなたは変わりましたね。星咲ひまわりさんの影響でしょう。
3ヶ月前、山から降りて来たあなたは絵の具まみれのつなぎを着てポマードで固めた髪型が崩れぐしゃぐしゃに乱れていました。いつもの冷酷な笑顔ではなく可愛らしい笑顔で声をかけられた時、わたくし不覚にもキュンとしました。
ひまわりさんと交流をはじめてから、あなたはだんだん口調も柔らかくなり、女性や貧乏人を見下す発言をしなくなりましたね。
美醜や能力の有無で人を判断することもなくなり彼らに対する毒舌も影を潜め慈善事業にも積極的に取り組みやさしさあふれる太陽のような人間になりました。
短期間で魔法のように人を変えることができるのはどんな女性なのかわたくしは気になり、ひまわりさんをぜひ紹介して欲しいと光輝様にお願いして一緒にけわしい山を登りましたね。
魔女の暮らすようなアトリエで紹介されたひまわりさんはとっても素敵な女の子でした。
わたくしでは勝負になりません。あなたを振り向かせるのはあきらめます。
光輝様のジビエ料理最高に美味しかったです。
最後に無理なお願いを聞いてもらえてすごくうれしかったです。
ひまわりさんには絶対内緒にしましょう。
あの夜のことは2人だけの秘密です♡
でわでわ。って浮気じゃん!泥棒ネコだ!」
手紙には両手で口をふさぐ笑顔の猫がらくがきされている。
「結婚式前のことだ」
「いやいや、セーフになんないよ!まあでも、椿ちゃん可愛いし凛々しいから断れないよね。あたしでもムリかなぁ。よし、許す♩」
ひまわりの怒りがおさまってオレはほっとする。
椿は会社を辞めて悠々自適に暮らしている。
オレが一生遊んで暮らせる金を渡したからな。
一度でも本気で愛した女には一生金に困らず幸せでいて欲しい。
挙式後、オレは妻を描いた画廊をワンフロアを使って作った。
客からの評判は上々だ。ひまわりは世界一可愛いから当然である。
妻の絵はライフワークで描いていこうと思っている。
大晦日、龍王子財閥全事業のトップを集めた会議でオレは宣言した。
「龍王子財閥は慈善事業に力を入れる。貧困をなくし格差を解消し、人が人を支配しない世界を作る。人類の平和のために貢献するのだ。世界的な生活保障のセーフティネットを構築する。最低限暮らせる保証があれば人は人を支配できない。女性軽視への反対運動も行う。女性差別を根絶するのだ。世界に愛をあふれさせる」
会議場はざわついたが、誰も反対意見を唱えなかった。
反対すればクビにされるからだ。
龍王子財閥の会長は絶対的な権力者で全社員の生殺与奪の権限を与えられている。
大企業の役職を失いたいものなどいない。
オレは祖父の経営方針を大きく変えた。
莫大な利益を一族で独占するのではなく人類に還元するようにしたのだ。
さらに各国政府に圧力をかけて国民に最低限の暮らしの保証をさせた。
どこの国に行っても最低限の暮らしは政府が保証するのだから、王と民の支配関係は崩れた。
これで劣悪な労働環境下で無理して働かなくてもよい。
お金持ちではなく魅力的な人間に人々は従うようになった。
金の奴隷ではなくなったのだ。ある意味奴隷解放だ。
それでも悪人はいるし戦争は終わらず独裁国家は存在し続ける。
オレは龍王子財閥の総力を上げて世界各国に道徳を解き続けた。
ひまわりが言っていたのだ。
やさしい愛にあふれた人間が人類の1%に達すると世界は相転移を起こし、湖の水が徐々に凍りはじめ閾値を超えると湖面が一気に凍るように現実が変わりすべての憎しみが消え去ると。
オレはひまわりの言葉を信じて人類を善導した。
オレたち夫婦にファンもすごい勢いで増えて世界は良い方向にどんどん変わっていった。
1年後の結婚記念日、世界に相転移が起こり世界で起こっていた戦争がすべて終結し独裁国家も崩壊する。
龍が地球を包んでいるような安心感が世界に充満した。
龍王子財閥は代々、龍神を信仰していたから龍神が力を貸してくれたのだ。
オレは社屋にある龍神神社で感謝の祈りを捧げる。
貧困解消や最低限の生活保障も女性差別禁止もすべてひまわりの願いだ。
平和で愛にあふれた世界を愛する妻が望んだから叶えてやっただけだ。
不可能に見えた問題も簡単に解決できた。愛は無敵だ。
オレは山に登って魚料理とジビエ料理を作った。
ひまわりといっしょに美味しい料理に舌鼓を打つ。
食事中、ひまわりから衝撃の告白もあった。
「じつはあたし出会った時から光輝くんを攻略してやろう!っておもってたんだよねぇ。イケメンだし龍王子財閥の総帥だからその気になれば世界を変える力があるでしょう?
あたしに惚れさせてなんでも言うこと聞くようにさせて、あたしが望むやさしい世界を実現させようって計画だったの。とっても上手くいったよ。だましてごめん」
ひまわりは手を合わせてウィンクする。
オレはショックを受ける。ひまわりを攻略して利用するつもりが利用されていたのか。
しかも、ひまわりのほうがスケールがでかい。
オレは龍王子財閥だけの利益を考えていたが。ひまわりは全人類の利益を考えていた。
完全に敗北だな。
「別にかまわない。しかし、オレを攻略するのに女を武器にしたテクニックはまったく使わなかったな」
ひまわりは正攻法でオレを陥落させた。大したもんだ。
「できる女のさしすせそ使ってたよ?」
オレは過去の記憶を振り返る。
美術の話をしている時にひまわりは「すご〜い♩」など男に一度マウントを取らせる発言をたびたびしていた。知らないうちに乗せられていたようだ。
恋愛経験ゼロの無垢な少女に手玉に取られるなんてオレも純粋だな。
「よく知ってたなそんなの」
「小さなお友だちが教えてくれたんだよ。あたし1年に1回公園と海に行くの。子供の遊んでる姿をモデルにさせてもらうんだ♩」
「すぐ仲良くなれるのは精神年齢が同じなんだろうな。子供好きな女は好きだ。オレは嫌いだが」
「ディスってるよね?子供嫌いも初耳だよ。なんで嫌いなの?」
「騒がしいから」
「あたしも騒がしいよ?」
「なら免疫がついたから平気かもな」
「よ〜しこどもいっぱい作ろう♩」
ひまわりの周りに花が咲く。ひまわりは家族愛に飢えているのかもしれないな。
ひとりが好きといいつつさみしがりやでもある。
よくクマのぬいぐるみを抱いている。
ひまわりが我が子をモデルに絵を描いている姿が思い浮かんだ。
「あたし発達障害だからこども作るのためらいがあったんだよねぇ。発達障害の子って生きづらいし孤立するしいじめられて死んじゃう子も多いじゃん?まともな職に就けないしぃ。でも、光輝くんがセーフティネットのある社会にしてくれたから安心して産めるよ♩」
「自覚あったんだな」
「まーね♩」
「オレを動かしたのはきみだ。きみの手柄だよ」
「花を持たせてくれるんだね。やさちぃ♩」
オレはひまわりの変化に気づく。
「今日はめずらしくメイクしているな。部屋もきれいにしてるし料理も手伝ってくれた。成長したな」
「光輝くんが変わったから、あたしもちょっとだけがんばったんだ。ほめてほめて」
「えらいぞ、ひまわり」
「えへへ♩」
ひまわりの頭を撫でると子犬のようによろこぶ。
「ねえ、星を見よう!今夜は満月なんだって♩」
オレはひまわりに手を引っ張られてテラスに出る。
山奥は空気が綺麗だから星がきれいだ。
大きな満月が輝いていた。
「月光浴でパワーをもらうのだ!」
ひまわりは夜空に手を伸ばしている。
「龍が飛んでいるな」
「え、どこどこ?」
「龍神雲だ」
オレは指し示す。雲が口を開いた龍の顔に見える。胴体も少し伸びている。
「あたしも入道雲がミッキーの顔だったことあるよ」
「知ってるか?入道雲の向こうにはお城があるんだぞ」
「天空の城じゃん!超知ってる!」
ひまわりは大好きなアニメの話題に大興奮する。
ひまわりの輝く笑顔にそっと口付けをかわす。
「あたしね、毎日、お月様に祈ってたんだ♩世界がやさしさに包まれますように!って。そしたら光輝くんがやって来たの!神様が願いを叶えてくれたんだと思う!」
「きみの絵がオレを引き寄せた。神様じゃなくてきみの力だ」
「あたしの絵は大自然の神様からパワーをもらって描いてるんだよ?」
「それなら神様の力かもな」
「うん♩」
今度はひまわりのほうから口づけしてくる。
オレはもうひまわりなしの人生は考えられない。
オレに人を愛することを教えてくれてありがとう。
一生、大切にする。
庭に植えた向日葵が歌うように揺れていた。
参考文献・引用 めちゃくちゃわかるよ!印象派 山田五郎先生
僕らがインドで見つけた「お金」と「時間」の秘密 佐野直樹先生




