ひまわり
俺の名前は龍王子光輝だ。龍王子財閥の長男で今年で18才だ。
兄弟は8人いる。
龍王子財閥は銀行・不動産・鉱山・商社・製造業など多岐にわたわたる事業を傘下(持株会社)に持つ巨大な企業グループだ。
一族企業なので親戚はみんなそれぞれの部門の会長を務めている。
高校を卒業したオレは龍王子財閥の総帥に就任した。
突然、祖父が亡くなったからだ。
オレは若い頃の祖父に瓜二つで、幼少期からの英才教育で祖父の思想と価値観をそっくりそのままコピーしている祖父のクローンと言ってもいい存在なのだ。
みんなオレに祖父の影を見る。
龍王子財閥総帥の権限は巨大だが、まだ一度も行使していないし、これからも行使しないだろう。
祖父が経営のマニュアルを完璧に作成したので経営になんの問題も生じないからだ。
緊急時の対応もマニュアルにすべて書いてある。
権限を行使するとすれば祖父の経営方針を大きく転換する時だが、そんなことは毛頭考えてない。
尊敬する祖父の理念通りに経営道を突き進むだけだ。
そんなオレだからみんな安心して総帥の座を預けてくれた。
オレはお飾りの総帥だが、オレがいるだけでみんな安心する精神的支柱だ。
若い頃の祖父が蘇ったような気がするのだろう。
総帥であるオレの仕事はすべての事業を総点検することだ。
不備があれば改善を提案する。
手はじめにホテル事業を点検した。
龍王子財閥はキングドラゴンホテルを全世界で展開している。高級感のあるホテルで富裕層から人気がある。
ロゴマークは王冠をかぶった龍だ。
総帥室にはホテルを龍が包み込んでいる絵が飾られている。
オレが特に何もしなくてもホテルの経営は順調であまりすることがなかった。
サービスもいいし食事も内装も洗練されていて完璧だ。
しかし、ひとつ気になったことがある。
ホテルの客室にはお客を楽しませるために絵が飾ってあるのだが、絵がいまいちでオレ好みじゃない。絵の値段も安いしテーマがバラバラだ。
会議でオレは絵を変えるように提案した。
「うちはファミリー層の使用率が高い。家族の絵か子供が遊んでいる絵を飾るべきだ」
オレの提案は満場一致で採用された。
「さすがです!」
「目のつけどころがいい!」
「常人とはまったく発想がちがう!」
みんな歯の浮くようなお世辞を述べる。まあ、悪い気はしない。
祖父は芸術にはまったく興味がなく、絵画はらくがき、クラシックは雑音だと考えていたからな。
仕事人間で会社を大きくすることしか考えていなかった。
早死にしたのは過労死だろう。
祖父とオレの唯一違う点はオレは芸術が好きだという点だけだ。
祖父は社内に飾られている絵画のレベルなど生涯、気にも留めなかったはずだ。
後日、どんな絵にするべきか決めるために世界的に有名な作家のカタログが秘書から手渡される。
オレはパラパラとめくっていった。
ふむ。
「陽気な家族」のヤン・ステーンなんかもいいな。
大村長府の「家族団欒図」もいい。
フレデリック・バジールの「家族の集い」も最高だ。
ふと「砂のお城」という作品が目に止まる。
パーティに参加するようなおしゃれな服と帽子で小さな女の子が砂浜で砂のお城を作って遊んでいる。ものすごい集中力だ。
少女と砂のお城の周りを見えないバリアが包んでいるように見える。
かなり出来のいいお城なのも面白い。
絵の醸し出す春の木洩れ陽のような雰囲気が好きだ。
毎日、テレビから流れる陰惨なニュースばかり聞いて冷めきった心がぽかぽかと温かくなり自然と微笑んでしまう。
憎しみをすべて吸いとってくれるようなやさしい絵だ。
作者は星咲ひまわりという作家で子供の絵ばかり描いている。
気に入った。
キングドラゴンホテルの客室の絵をすべて彼女の絵にしよう。
いや、他のグループ企業に飾られている絵もすべて彼女の絵にする。
龍王子財閥お抱えの画家にするのだ。
昔の宮廷画家のようにな。金なら無限にある。
星咲ひまわり氏の絵に一目惚れしたオレは彼女とコンタクトをとるべくさっそく秘書の椿に電話をかけた。椿はオレの5つ年上のやまとなでしこだ。
星の数ほどいるガールフレンドの1人でもある。
椿は彼女の連絡先を調べて折り返しの電話をくれる。
「星咲氏は電話を持たない主義らしいです。住所は判明しました。秘境なので郵便配達も届かないそうです。直接、行って依頼するしか手がありません」
「この時代に電話を持ってないだと?手紙も届かない?ふ〜む、実におもしろい」
オレはあごをさすった。どうせオレがいなくても経営には問題ない。
「秘境とやらに行ってみようじゃないか」
オレは立ち上がった。
椿の運転するセンチュリーで星咲ひまわり氏の自宅に向かう。
車は3時間以上走り山奥に到着した。秘書は車を止める。
「これ以上は道がないので進めません」
「なにぃ?」
「登山グッズは後ろにあります。わたくしもご一緒します」
「いや、華奢で可憐なキミに無茶をさせるわけにはいかない。オレが1人で行こう」
彼女の玉のような肌に傷ひとつつけたくなかった。
美肌は宝石と同じだ。
オレは車を降りて外に出る。トランクルームから1人分の登山リュックを背負った。
まさか登山になるとは思わずスーツで来てしまった。
オーダーメイドの高級スーツなので汚したくはないが仕方あるまい。
「こちらが地図です。光輝様。ご武運を」
「ここで待つのは危ない。明日の正午に迎えに来い」
「かしこまりました」
「では、行ってくる」
オレは椿に口づけする。
「行ってらっしゃいませ」
椿は頬を赤らめて頭を下げる。オレは軽く手をあげて獣道へと足を踏み入れた。
地図ではまっすぐ北上すると星咲氏の家だ。
しかしまっすぐ進もうにも大木が道を塞いでいたり、崖になっていたりで迂回しないといけない。
迂回しつつも方向感覚を失わずまっすぐ北上する。
3時間ぐらい歩いた。
途中、猪に出くわし追いかけられて道に迷ったが、目印に石を積んだり木に傷を彫ったりしていたおかげで元の道に戻れた。
オレは龍に守られているからな。山でのたれ死んだりせん。
高級スーツはあちこち破れてボロボロになり泥まみれだ。
ポマードで固めた髪もぐしゃぐしゃになった。
ヘトヘトになりもはや歩く体力が残ってない。日も暮れかけている。
今夜は野営になりそうだな、と考えていたらようやく星咲氏の家が見えてきた。
開けた空き地に古めかしい煙突付きの屋敷がポツンと現れる。
メルヘンの世界に迷い込んだような気分だ。魔女の家みたいだな。
オレはドアをノックする。
「は〜い♩」
明るい女性の声がしてドアが開く。
髪がボサボサのかわいらしい少女が現れた。
青いパーカーにピッタリとした8分丈のデニムをはいている。
服にはところどころ絵の具がついていた。
ほっぺにも緑の絵の具がついている。
大きな目にはキラキラしたお星様が浮かんでいた。
年齢は12才ぐらいか。オレは営業スマイルを浮かべる。
「こんにちはお嬢さん。お母さんはいるかい?」
「ママはいないよ」
「星咲ひまわりさんのご自宅だと伺いましたが?」
「ひまわりはあたし!」
少女はニコッと笑う。オレは目を見開いた。
「きみはまだ小学生だろ?大人をからかうもんじゃない」
「あたしは18才だよ!選挙権もあるし結婚もできるもん!」
ひまわりはほっぺを膨らませる。こういうところが小学生みたいだが言わないでおこう。
「これは失礼を。私は龍王子財閥の総帥・龍王子光輝です。あなたの才能をぜひ龍王院財閥で買い取らせて頂きたい」
オレは片手を胸の前に置いてお辞儀する。
貴族のお辞儀ボウ&スクレイプだ。
「絵の依頼かな?まあ、立ち話もなんだし入りなよ」
「お邪魔します」
オレは家の中に入る。邪魔にならないところにリュックを置かせてもらう。
動物や子供のぬいぐるみが床に散らかっていたり、テーブルは筆や絵の具、クレヨンなどで埋まっている。整理整頓やお片付けは苦手なようだ。雑貨屋で売ってそうなオシャレな小物が床のあちらこちらに散乱している。読みかけの漫画も開いたまま置いてあった。
壁に一枚の絵が飾られてる。
前歯の2本抜けた小さな女の子が野原で摘んだ花で花束を作り満面の笑みでこちらに差し出している絵だった。
間抜けな顔に似合わず着ている服は上品だ。
ボタンの多いピンクの襟付きシャツに高級そうな白いスカート。
親の深い愛情がうかがいしれる。
野に咲く花から生まれる甘い香りが絵の外にまで漂って来そうだな。
髪の毛に触れられそうだし肌の質感もいい。のどから手が出るほど欲しいな。
絵に見惚れているとひまわり氏が声をかけてくる。
「その絵はお気に入りだからいくらお金を積まれても売らないよん♩」
「残念です。ずっと見ていたくなる絵だ」
「ほい。お茶」
「ありがとうございます」
ネコの顔のマグカップを渡される。のどはカラカラだった。水筒の水は山登りで全て消費している。
オレはゴクゴクと一気に飲み干す。ぷはー、生き返る!
自分で思った以上にのどが渇いていたんだな。
「座って座って。って座るところないね。よいしょと」
ひまわりは木造のキノコ椅子の上に乗っていた画集とクマのぬいぐるみを床に下ろす。
「どうぞ」
オレはキノコ椅子に座った。悪くない座り心地だ。
ひまわりはぺたんと床にあぐらをかく。
「仕事の依頼だっけ?ごめんね。100年先まで予定は詰まってるんだ」
「絵の依頼ではなく、あなたの才能を丸ごと買い取りたいのです。お金はいくらでもだします!」
「だが断る!あたしは自由に生きたいんだよね〜。行きたいところに行ってやりたいことをやる。束縛は嫌い」
「あなたの自由は補償します。ただし監視カメラとボディガードは24時間つけさせてもらう。山からも降りてもらって我がホテルの最上級スイートルームで生活してもらいます」
「ぜんぜん自由じゃないじゃん。だる〜い」
「こんなところで暮らしていては不自由でしょう?食料や水はどうしているんですか?」
「水は近くの川から汲んでる。食料は缶詰がいっぱいあるし、狩りでどうにかしてるよ。猪とかウサギとかクマとかね」
野生児のような暮らしだ。壁に猟銃と弓矢が立てかけられている。どうやらマジのようだ。
「絵が完成した時はどうやって街まで運んでるんですか?」
「あたしが背負って運んでるよ」
「あの獣道を?」
「あたし山育ちだから健脚なんだ。この家もおじいちゃんの別荘だよ」
「1番近くの街まで20キロはありますけど?」
「そんなの小学校の片道だよ」
ひまわりはケロッとしている。田舎育ちは都会育ちに常識をはるかに超えている。
経歴によるとひまわり氏の最終学歴は小学校で、それ以降は自由に絵を描いて気ままに暮らしている。彼女を都会に縛りつけるのはミッションインポッシブルかもしれない。
「ここでの暮らしもすばらしいですが、やはり創作スピードを上げることを考えれば都会のほうが雑事の手間が省けて多くの絵が描けると思います。描きたい絵がいっぱいあるなら山を降りるべきです
「自然の中で描くほうが神様が降りて来てインスピレーションが起きやすいし神様の力をもらえるんだよね。まあ、いっぱい描きたい絵はあるんだけど、山から離れるわけにはいかないなぁ」
ひまわりは都会に来るつもりは毛頭なさそうだ。
仕方ない。こうなれば最後の手段だ。
「わかりました。あなたの才能を龍王子財閥で買い取るのはあきらめましょう」
「遠くまで無駄足を踏ませてしまったね」
「いえいえ、とんでもない。星咲先生に一目会えただけで眼福です。ところで、相談なんですが今夜一晩泊めさせていただけないでしょうか?」
「いいよ。もう遅いしね。遭難したら大変だ」
「ありがとうございます。お礼にそうじと料理をさせて頂きます」
「ほんと?ラッキー♩」
ひまわりの顔が輝く。
オレは内心、ニヤリと笑う。この小娘をオレに惚れさせてしまえば、オレのいうことをなんでも聞くようになる。野猿も山を降りるだろう。
幼少期よりありとあらゆる英才教育を受けて来たオレは料理も掃除も一流のプロに習った。
普段は執事とメイドに任せているが。やろうと思えば家事も完璧にこなせる超ハイスペックイケメンなのだ。
オレは掃除をこなして腕によりをかけて作ったシチューを振る舞った。
ルゥから手作りのシチューだ。
「わあ♩すごくおいしい!」
「おかわりもたくさんあります」
「やったー♩」
ひまわりはガツガツとシチューを食べる。胃袋をつかむ餌付け作戦だ。
「はぁ、まんぷく〜♩お部屋もすごいきれいにしてくれてありがとう♩」
「いえいえ、とんでもございません。一晩泊めていただけるのですからこのぐらいはさせてください」
「ベッドひとつしかないんだよねぇ。一緒に寝る?」
ひまわりの提案にびっくりする。
試されているのだろうか?
オレは変な真似をしてひまわりに嫌われるわけにはいかない。
ゆっくり時間をかけて心をつかんで惚れさせて男女の関係になるべきだ。
オレがいない人生など考えられないようにしてやる。
「いえ、寝袋があるので大丈夫です。失礼ながら、星咲先生は男性に対して警戒感を抱いたほうがよろしいかと」
「誰にでも言うわけじゃないよ。きみを信用してるんだ」
「光栄です」
「光輝くんは紳士だね♩」
「恐悦至極です」
確かにオレは紳士だ。同意なく女と関係を結ばん。
もめごとは避けるべきだからな。醜聞になれば龍王子家の名に傷がつく。
女性関係はクリーンにすべき、という教育も龍王子家の男児は全員受けている。
手切れ金もはずめという教えだ。
小学生の頃から女が切れたことはないが別れる段になって揉めたことは一度もない。
抱く価値がある女か判断するのにも時間をかけろと教えられてる。
オレの子供は龍王院家に連なる者になるからな。そう簡単に遺伝子をくれてやるわけにはいかん。
「お腹いっぱいだからもう寝るーおやすみー」
ひまわりはあくびしながら寝室に入っていく。
お子ちゃまだな。色気も何もありゃしない。
ベッドもぐちゃぐちゃだったのできれいにしてやった。明日は服も洗濯してやらねばなるまい。
オレは食器洗いに取りかかった。
身分を隠して龍王子財閥のグループ会社で下働きしていた1年前を思い出す。
下々の労働者の気持ちを学ぶための修行だ。
シーツやパジャマやタオルを畳む工場で働いたり、中華料理屋の皿洗いをしたり、介護施設の清掃や調理の業務もこなした。
それがいま役に立っている。
よいしょとはしゃぐのが上手くないと組織では出世できない、というが、オレはプライドが高いしはしゃぐのも下手だから本来なら社長にはなれない性格だ。一族経営だからトップに立てた。
ラッキーだな。どんなに働いてもトップにはなれないのだから野心がある人間は一族経営の会社はやめたほうが無難だ。考えごとをしながら洗いものをしているとすぐに終わった。
便所そうじと風呂掃除をすませてオレは泥のように眠った。




