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嘘つきは真実を灼く ~七つの聖火と嘘喰いの孤児~  作者: 蒼月よる


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灰の旅路

 出発の朝は、静かだった。


 荒野の彼方に、残された聖火がある方角を見据えた。地平線が薄い紫に染まり、夜と朝の境界が溶けていく。その境界線の向こうに──キアンの真実視が遠方を視た。微かだが確かな光が、地平線の向こうに揺らいでいた。白い光。嘘のない、純粋な炎の真実。遠いが、確かにそこにある。まだ燃えている聖火。三つ目の炎。


 最初の聖火──善思の火は、キアンの出身神殿で消えた。二つ目の聖火──不死の火は、遠い地で消えた。三つ目は、まだ燃えている。まだ。その「まだ」がいつまで続くのか、誰にもわからない。


 朝の空気は冷たく、砂漠の乾燥した風が露出した肌を刺した。だが三人の足元には、昨夜の焚き火の灰がまだ温かかった。灰色の粉が風に舞い上がり、朝日に透ける。温かさの残滓。炎は消えても、灰に温もりが残る。


 アタルが灰を踏みながら立ち上がった。老人の足取りは昨夜の重い語りの後とは思えないほど軽かった。あるいは、重荷を下ろした者の軽さだったのかもしれない。昨夜の語りで、三千年の沈黙の一部が──ほんの一部が──解かれた。


 アナヒドが銀壺の水で顔を洗い、髪を結い直していた。巫女の装束は旅の埃で薄汚れ、裾は擦り切れている。だが銀壺だけは変わらず澄んだ光を放っていた。アナーヒターの聖水。巫女の証。追放された異端者と共にいることを選んだ巫女の、唯一の聖なる持ち物。


 三人が並んで歩き出した。


 キアン──嘘つきの異端者。物心ついた頃から嘘で身を守り、嘘で居場所を作り、嘘で生き延びてきた少年。その少年に真実を視る力が宿り、嘘をつくたびに声を失っていく。異端として追放され、審問官に追われ、社会から排斥された。かつては逃げることしか知らなかった。嘘で逃げ、嘘で隠れ、嘘で生き延びる。だがもう逃げない。逃げる場所はない。逃げる必要もない。見ることを選んだ。真実を視ることを。


 アナヒド──使命を超えた巫女。アナーヒターの巫女としてキアンの監視を命じられ、共感力で他者の苦痛を受け取る力に苦しみながら旅を続けてきた。キアンの傍にいることが使命だった。だが関所で使命を捨てた。「私は使命で傍にいるのではありません」──あの白い言葉が、すべてを変えた。銀壺の水は旅を重ねるごとに減りつつある。だがまだここにいる。自分の意志で。


 アタル──知りすぎている老人。嘘でも真実でもない言葉を語り、火を素手で扱い、三千年を知る者の目でキアンを見つめる。聖火の起源を語り、ズルワンの名に息を呑み、三千年前の真実の一端を明かした。何者であるかは、まだ明かされていない。だがキアンの真実視は、この老人が「人間」という枠に収まらない存在であることを──色のない言葉の空白を通じて──薄々感じ始めていた。


 街道は荒野を横切り、遠くの山脈に向かって伸びている。背後には巡礼路の痕跡が霞んでいた。火の神殿の尖塔は既に見えない。追放令が追いかけてくるかもしれないが、振り返る者はいなかった。


「俺は嘘つきだ。でも──」


 キアンが嗄れた声で言いかけた。喉の奥に灼熱の予感が走る。嘘をつけば灼ける。だがこの言葉は嘘ではない。灼ける前に言い切る。


「でも、嘘を視ることはできる」


 喉は灼けなかった。白──真実。嘘つきが真実を探す旅。矛盾だが、それがキアンの道だった。嘘を重ねてきた者だからこそ、嘘が視える。真実を知らない者だからこそ、真実を探す意味がある。矛盾ではない。必然だ。嘘つきでなければ──嘘を視る目は宿らなかった。


 アナヒドが微笑んだ。小さく、静かに。


「嘘を視ることができるなら、真実も視えるはずです」


 白──真実。だがその白は温かかった。冷たい論理の白ではなく、信頼の温度を帯びた白。キアンの力を恐れるのではなく、信じている者の白。


 キアンは何も言い返せなかった。返す言葉が見つからなかったのではない。返す言葉に嘘が混じることを恐れた。「ありがとう」に社交辞令の影が差すことを。「そうだな」に虚勢の赤が灯ることを。だから黙って頷いた。頷くことに嘘は含まれない。


 旅の途中、日が高く昇った頃、三人は休息を取った。


 街道の脇の岩陰に腰を下ろし、乾いた風を避けた。アタルが火を起こし──素手で──小さな焚き火を作った。日中に焚き火を起こす必要はなかったが、アタルは火のそばにいることを好んだ。火が老人を慰めているのか、老人が火を慰めているのか。キアンにはわからなかった。


 焚き火の灰を、キアンは手に取った。


 灰は柔らかかった。指の間から零れ、風に舞う。白い灰。温かさの残滓。燃え尽きた薪の最後の形。炎が消えた後に残るもの。聖火が消えた後に残るもの。善悪の境界が崩れた後に残るもの。


 灰は終わりではない。


 灰は──何かが燃えた証拠だ。炎があった証だ。温もりがあった痕跡だ。そして灰は、何かが始まる前の土壌でもある。種を蒔けば芽が出る。灰の中から、新しい何かが生まれる。


 聖火は消えた。善思の火も、不死の火も。だが灰が残った。灰の中に──何が始まるのか。キアンにはまだわからない。だが、灰が終わりではないことだけは──嘘つきの直感が告げていた。


 灰を払い、立ち上がった。


 午後の街道を三人が歩く。背後に火の神殿、前方に未知の世界。キアンの視界には、嘘も真実も、すべてが色彩として灼けていた。赤い嘘と白い真実が、世界を彩っている。街道を行き交う旅人の言葉に赤が混じり、遠くの集落から祈りの白が立ち昇る。空の青には色がない。嘘も真実もない、ただの空。風にも色はない。ただの風。だが人間がいる場所には、必ず色がある。赤と白が入り混じり、灰色の境界を描いている。


 その色彩の中を、三人は歩いた。


 日が沈み始めた。西の空が燃えるような橙色に染まり、三人の影が長く伸びた。東の空には最初の星が現れ、その下に──三つ目の聖火の微かな光が揺らいでいた。まだ燃えている。まだ。


 キアンはもう怯えなかった。


 赤い嘘が視えることを。白い真実が灼けることを。善悪の境界が揺らいでいることを。声が嗄れていくことを。怯えないと言えば嘘になるかもしれない──喉が灼けるかもしれない。だが、怯えても歩くことはできる。見ることはできる。怯えながらでも、目を開けていることはできる。


 見ることを選ぶ。嘘を視ることを。真実を視ることを。灰色の世界を──自分の目で視ることを。


 嘘つきの少年が、真実を探す旅に出る。灰の中から。


 三人の足音が、荒野に響いた。遠くの聖火が、微かに揺らいだ。


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