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嘘つきは真実を灼く ~七つの聖火と嘘喰いの孤児~  作者: 蒼月よる


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灼ける告発

 追手の先遣隊が追いついたのは、荒野に入って三日目の朝だった。


 夜明けの薄い光の中に、三つの人影が浮かんだ。武装した神官が三人。白い衣の上に軽鎧を纏い、短槍を携えている。神殿の紋章が胸当てに刻まれていた。聖火と天秤の意匠──善悪の裁定を司る者たちの印。街道を外れた荒野にまで追ってくるということは、組織的な追跡が行われている証拠だった。キアンの居場所を絞り込む情報網が、どこかに張り巡らされている。


 先頭の神官が一歩前に出た。年嵩の男で、顎鬚を蓄えている。声は丁重だった。形式に則った、権威の声。


「異端審問への出頭を命ずる。これは正当な手続きである」


 丁重な口調。だがキアンの真実視が、丁重な言葉の裏を灼いた。「正当な手続き」が赤い。灼ける赤ではないが、暗い赤。保身と職務の嘘が混在している。出頭ではなく拘束が目的だ。この三人は「連行」の命を受けている。拘束の後に何が待っているかは──さらに暗い赤が示していた。拘束、尋問、そして恐らくは──処罰。真実を語った者への処罰。


 三人の神官の動きを読んだ。真実視が、彼らの身体の動きに含まれる「嘘」を灼く。右の神官が槍を僅かに引いた──攻撃の予備動作を隠す嘘。正面の二人が互いに視線を交わした──連携攻撃の合図を悟らせまいとする嘘。左側は空いている。空けてある。逃走路に見せかけた罠か──いや、左の空間に嘘の色はない。単純に人手が足りないだけだ。三人で荒野を走り回る余裕はない。


「右から一人、正面の二人は連携する。左は空いている。逃げるなら左だ」


 キアンがアナヒドに囁いた。嗄れた声。だが指示は正確だった。真実視が嘘を視るということは、意図を視るということだ。攻撃のフェイントは嘘であり、フェイントの裏に隠された本気の攻撃は真実だ。赤と白が入り乱れる戦場の中で、キアンの目だけが嘘と真実を識別できる。


 アナヒドが銀壺の蓋を開いた。水が噴き出し、透明な水流が弧を描いて、右から突進してきた神官の前に壁を作った。短槍の穂先が水に弾かれ、鈍い金属音とともに軌道が逸れる。連携パターンの発展。前回の戦闘で確立した動きが、精度を上げていた。キアンが視て、アナヒドが動く。目と盾。嘘を暴く者と、真実を守る者。


「正面が来る。水を集中しろ」


 正面の二人が同時に踏み込んだ。連携攻撃──一人が低く、一人が高く。高い方の槍はフェイントだった。赤い動き。本命は低い方──白い動き、本気の突進。キアンの指示に応じて、アナヒドの水が低い方に集中した。水流が槍を絡め取り、突進の勢いを殺す。衝撃で神官の体勢が崩れた瞬間、アタルが背後から迫っていたもう一人を杖で制圧した。老人の動きは無駄がなく、必要最小限の力で相手の膝裏を打ち、バランスを崩し、地に伏せさせた。


 追手を退けた。三人の神官は地に伏し、あるいは膝をついて動けなくなっていた。殺してはいない。アタルの制圧は正確で、致命的な傷は与えていない。だが追跡を再開するまでには時間がかかるだろう。


 地に伏した神官の一人が、呻きながらキアンを見上げた。その目に──恐怖があった。赤い恐怖。嘘ではない恐怖。キアンの力を目の当たりにした者の、本能的な畏怖。「異端者」という言葉が、呻きの中に混じっていた。異端者。真実を語る者が異端と呼ばれる。嘘が正統で、真実が異端。この世界の仕組みが、地に伏した神官の恐怖の中に凝縮されていた。


 だが代償があった。


 真実視を酷使したキアンの喉が灼けた。戦闘中は気づかなかった──集中が灼熱感を遮蔽していた。だが戦闘が終わった瞬間、堰を切ったように喉の奥から灼熱が噴き上がった。声を出そうとした。出なかった。唇が動いても、喉から音が出ない。声帯が灼けて動かないような感覚。前回の戦闘では数分で囁き声が戻った。今回は──戻らなかった。


 数分が経った。声は出ない。


 半刻が経った。声は出ない。


 一刻が経った。まだ出ない。


 キアンは地面に座り込み、喉を押さえていた。首筋の瘢痕が、指の下で脈打つように熱い。灼熱感が喉から首へ、首から顎へと這い上がろうとしていた。代償の領域が広がっている。声だけではない。いずれ──喉全体が灼け、首が灼け、顔が灼けるのか。その先に何があるのかは想像したくなかった。


 アナヒドが懸命にエワルの水で治癒を施した。銀色の水がキアンの喉を冷やし、灼熱感を押し戻そうとする。アナヒドの手が震えていた。共感力がキアンの喉の痛みを拾い上げ、彼女自身の喉にも灼熱の影が走っているのだろう。それでも手を離さない。水を注ぎ続ける。銀壺の中の水位が、また少し下がった。


 数時間後、やっと囁き声が戻った。喉の奥から、擦り切れた音が漏れ出す。声というより、息に音がかろうじて混じっている程度。だが──出た。まだ出る。まだ消えてはいない。


 キアンの最初の言葉。


「……ありがとう」


 喉が灼けなかった。嘘ではなかったから。


 礼を言ったのではない。感謝したのだ。言葉の形は同じでも、その奥にあるものが違った。社交辞令の「ありがとう」なら灼けていただろう。だがこれは──数時間の沈黙の中で、声が戻ることを祈りながら水を注ぎ続けた人間への、嘘のない感謝だった。


 アナヒドが目を見開いた。青い瞳が揺れ、そこに映るキアンの顔が僅かに歪んだ。驚きなのか、安堵なのか、あるいはそのどちらでもない何かなのか──キアンの真実視では、アナヒドの感情の色は読めなかった。嘘ではないからだ。真実視は嘘を視る目であり、嘘のない感情には色がつかない。


 キアンは慌てて目をそらした。


 嗄れた喉の奥で、「ありがとう」の残響が温かかった。灼けなかった言葉は、喉の中に温もりを残す。嘘を灼く力は、真実を温める力でもあるのか。それとも──灼けなかっただけで、温かいと感じるのは錯覚なのか。


 わからなかった。だが、目をそらした先の荒野の地平線が、夕日に染まって赤かった。その赤は嘘の赤ではなく、ただの夕焼けの赤で──キアンはその区別がつくようになった自分に、少しだけ驚いていた。


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