暴かれた聖殿
都市の聖火殿で大礼拝が始まった。
礼拝堂は信徒で埋め尽くされていた。数千人。通常の礼拝の何倍もの人数が石造りの広間に押し寄せ、立錐の余地がない。香の煙が石の天井に渦を巻き、白檀の匂いが濃密に充満している。壁面の壁画──善神の勝利を描いた場面──が松明の光に照らされて揺れていた。祈祷の声が壁を震わせ、数千人の吐息と体温が礼拝堂の空気を重くしている。キアンは後方の柱の陰に立ち、人波に紛れていた。アナヒドが隣に、アタルが少し離れた位置にいる。
壇上に神官長が立った。
金の刺繍を施した白い祭衣が松明の光を受けて輝いている。銀の杖を右手に、左手を天に掲げた荘厳な佇まい。白い髭を蓄えた威厳のある顔。信徒たちの視線がすべて壇上に集まった。礼拝堂が静まり返る。
「信徒の皆よ。聖火は安泰である」
すべてが赤く灼けた。
キアンの真実視が、神官長の言葉の一音一音を赤い色彩で灼いていく。聖火は衰弱している。安泰ではない。最初の一文が嘘だった。
「信仰を深め、善き行いを重ねれば、聖火は永遠に我らを守護する」
赤。対策はない。信仰で守られる保証はどこにもない。永遠は嘘だ。
「恐れることは何もない」
赤。恐れることしかない。聖火は衰弱し、世界は変容しつつある。神官長はそれを知っている。知っていて嘘をついている。
神官長の演説が続いた。壇上の白い祭衣が光を纏い、銀の杖が掲げられ、声が礼拝堂に響き渡る。荘厳で、力強く、安心を約束する声。だがキアンの目には、その声の一語一語が赤く灼けて見えた。荘厳さの裏に計算がある。力強さの裏に保身がある。安心の約束の裏に──献金の期待がある。
怒りが沸いた。みぞおちの奥から、灼けるような熱が這い上がってくる。
抑えようとした。白を基準にせよ。焦点化。保留。修練で学んだ技術を総動員した。信徒たちの中の白い祈りに焦点を合わせようとした。あの老人の白。母親の白。農夫の白。白い色彩を探して、赤を保留しろ。
だが怒りが制御を浸食していく。白に焦点を合わせても、赤が視界の端から押し寄せてくる。貧しい信徒の荒れた手。食費を削った銅貨。献金箱。路地裏で見た高級な布地。裏口から出ていく酒樽。神官の贅沢な食卓。あの農夫の手が震えながら銅貨を数えていた場面が、怒りの燃料になって燃え広がった。
制御が崩壊した。
出身神殿の時と同じパターンだった。怒りが引き金を引き、真実視が暴走する。言葉が勝手に口をつく。だが今回は規模が違う。出身神殿では数十人の前だった。ここには数千人がいる。
キアンの声が礼拝堂に響いた。嗄れた声だったが、静まり返った礼拝堂では隅々まで届いた。
「聖火は衰弱している。あんたたちはそれを知っていて隠している」
信徒たちが振り返った。キアンの周囲の人々が後ずさりする。壇上の神官長が眉を寄せた。
「献金は聖火の維持には使われていない。三割が神官長の私邸の改修に、二割が神官団の饗宴費に流れている。聖火を守る特別な祈りの献金──あれは名目だけだ。去年の秋の分だけで銀貨八百枚。すべて東門の裏の倉庫を経由して──」
具体的な数字が流れ出した。止まらなかった。隠蔽の手口、私的流用の詳細、何年前から始まったか。真実視が嘘の構造を完全に解析し、それが声となって奔流のように溢れ出した。キアンの意志ではなかった。力が暴走している。怒りが引き金を引き、制御が吹き飛んだ。
信徒たちの間にどよめきが走った。最初は困惑、次に怒号。誰に向けた怒りなのか──キアンに対してか、神官長に対してか──混在していた。子どもが泣き出す声がどこかから聞こえた。神官長が壇上で蒼白になり、杖を握る手が震えている。
「黙れ! この異端者めが!」
神官長の叫びが赤く灼けた。異端者。あの言葉だ。出身神殿でも同じ言葉を投げつけられた。真実を語る者は異端者になる。
キアンは自分の声が止められない恐怖を感じていた。まだ言葉が流れ出そうとしている。喉が灼けている。代償の灼熱感と怒りの熱が混在して、どちらがどちらかわからない。アタルの教えが頭の中で反響する。怒りで真実を語るな。語ってしまった。武器として使われた真実は、もはや真実ではない。ただの暴力じゃ──暴力を振るってしまった。
アタルの手がキアンの肩を掴んだ。強い力。老人の手とは思えない握力だった。その手から伝わる熱が──聖火のような熱が──キアンの暴走を止めた。声が途切れ、喉が灼けて咳き込んだ。
騒動が広がっていた。信徒たちの一部が怒号を上げ、別の一部が出口に殺到し、将棋倒しの危険が生じている。神官たちが壇上で右往左往している。秩序が崩壊しかけていた。キアンが暴いた真実が、秩序を支えていた嘘を吹き飛ばした。嘘の上に建てられた秩序は、真実によって崩壊する。当然の帰結だった。
三人が都市から逃げるように立ち去った。裏路地を駆け抜け、城壁の小門から外に出て、街道を走った。キアンの息が上がり、喉が灼けて声が出ない。アナヒドが走りながら振り返り、キアンの腕を引いた。アタルが先導し、街道から外れて藪の中に入った。追手がかからないことを確認するまで、藪の中で息を殺した。
キアンの胸に残ったのは正義感ではなかった。
空虚感だった。
真実を暴いた。腐敗を告発した。だが何が変わった。神殿は崩壊しない。神官長は権力を握ったままだ。信徒たちは混乱し、傷ついた。キアンの暴露は真実だったが、誰も救わなかった。怒りで語った真実は、武器にしかならなかった。アタルの言った通りだ。
街道の脇の枯れ木の下で、キアンは膝に頭を埋めた。喉が灼けている。声が出ない。嗄れた呼吸だけが漏れている。
アタルが振り返らずに言った。老人は前方の道を見据えたまま、背中越しに声を落とした。
「今のは──おまえの力が語ったのか、おまえの怒りが語ったのか」
キアンは答えられなかった。答えはわかっていた。怒りだ。力が暴走したのは事実だが、引き金を引いたのは怒りだった。制御を破ったのは怒りだった。真実視が勝手に動いたのではない。キアンの怒りが、真実視を武器として振り回したのだ。
答えられなかったのは、答えがわからなかったからではない。答えを認めたくなかったからだ。




