信仰の色
アナヒドの提案で、都市の聖火殿の礼拝に参加した。
拒む理由がなかった。正確に言えば、拒む理由はいくらでもあったが、アナヒドが「信徒として祈りたい」と言った時の声が白かったから、断れなかった。真実の色。アナヒドにとって祈りは形式ではなく、生活の一部であり、呼吸のように自然なものだった。その白さに嘘はない。キアンは嗄れた声で「わかった」とだけ答えた。
聖火殿の礼拝堂は、出身神殿の礼拝室の何倍もの規模だった。石造りの天井が途方もなく高く、柱の一本一本に善神と悪神の戦いを描いた浮き彫りが施されている。祭壇の上で聖火が揺らぎ、その光が天井の暗がりに届かないまま、途中で溶けて消えていた。壁一面には善悪の歴史を描いた壁画が広がっている。善神アフラ・マズダーが光の剣を掲げる場面、悪神アンリ・マンユが闇の蛇を放つ場面──壮大な物語が石壁を覆い尽くしていた。数百人の信徒が跪いて祈りを捧げている。香の煙が石の天井に渦を巻き、白檀と乳香の甘い匂いが礼拝堂を満たしていた。神官たちの祈祷が荘厳な響きで壁に反響し、低い声が腹の底に響くように振動する。
壮大な儀式だった。厳粛で、美しく、圧倒的だった。
キアンの真実視は、その壮大さの裏側を容赦なく視ていた。
神官たちの祈祷の多くが赤く灼けていた。壇上で両手を広げて祈る主席神官の声──形式的な敬虔さ。その横に控える副神官の低い唱和──権力への追従。後列で目を閉じている若い神官の沈黙──保身の計算。声は荘厳で、旋律は美しく、言葉は善を称えている。だがその言葉の半分以上が嘘の色に染まっていた。赤が祈りの声に纏わりつき、荘厳さの裏側で灼けている。善を称える声の中に、善とは無縁の計算が潜んでいた。
だが──すべてが赤いわけではなかった。
信徒たちの中に、白い色彩が混じっている。最前列で跪く老人の祈り──白く澄んでいた。善なる生を願い、死後の魂が光のもとに召されることを心から祈っている。その老人の隣で、若い母親が幼い子を抱きながら目を閉じていた。病の治癒を願う祈り。白い色彩が母親の唇から立ち昇り、天井の暗がりに向かって揺らいでいた。後方の席で、粗末な服を着た農夫が不器用に手を合わせている。その祈りも白かった。収穫を感謝し、来年の豊作を願う素朴な信仰。
赤と白が入り混じる礼拝堂。嘘の祈りと真実の祈りが同じ空間で共存している。神官たちの赤い声が天井に反響し、信徒たちの白い祈りがその隙間に揺れている。人間の複雑さそのものが、この礼拝堂に凝縮されていた。キアンは焦点化で制御を保ちながら、白を基準にして赤を「保留」した。暴くな。視るだけだ。視るだけに留めろ。
礼拝が終わった。信徒たちが立ち上がり、静かに礼拝堂を後にしていく。キアンは柱の陰でアナヒドを待った。アナヒドは礼拝の後もしばらく跪いたまま、目を閉じて祈っていた。銀壺を胸に抱き、唇が微かに動いている。その祈りの色は白だった。澄み切った白。嘘のない祈り。巫女としての形式ではなく、アナヒド個人の信仰が、静かに揺れていた。
回廊に出た。石柱の間から中庭の光が差し込み、石畳に幾何学的な影を落としている。アナヒドが歩きながら問うた。穏やかな声だが、その奥に真剣な問いの重みがあった。
「神殿が嘘で満ちているとして──信仰そのものも嘘なのですか」
キアンは答えに詰まった。
真実視は嘘を視る。人の言葉に含まれる虚偽を色彩として識別する。だが信仰の真偽は──判断できない。神が存在するかどうか。善悪の二元論が正しいかどうか。聖火が世界を守っているかどうか。それらは嘘と真実の範疇を超えた問いだった。嘘を視る力は、究極的な真理を視る力ではない。キアンの目が捉えるのは、あくまで人間の言葉に含まれる虚偽だけだ。
「嘘をつく神官と、真実に祈る信徒が同じ場所にいる。信仰が嘘かどうかは……わからない」
喉は灼けなかった。正直な答えだったからだ。わからないことをわからないと言う。それは嘘ではない。
アナヒドは少しの間黙り、それから小さく頷いた。納得したのか、それとも自分自身に問い続けているのか。その表情には、巫女として信仰に仕えてきた者の──揺らぎがあった。信仰を疑うことへの恐れと、疑わずにはいられない誠実さが、アナヒドの横顔に同居していた。
夜になった。宿の部屋に三人が戻り、アタルが手のひらの上に小さな炎を灯した。蝋燭ではない。アタルの掌から直接立ち昇る、風に揺れない穏やかな炎。その炎の色には嘘も真実もない。いつもの透明な空白。キアンはその炎を見つめながら考えた。
善の側の組織が嘘をつく。善が善であるために嘘をつく必要がある。聖火は衰弱しているが、それを伝えれば秩序が崩壊する。だから嘘をつく。秩序を守るために。人々を守るために。だがその嘘が搾取の温床になっている。善のための嘘が、悪のための嘘に変質している。善悪二元論の世界で、善の側が嘘をつく。それは世界の構造に矛盾がないか。善が善であるために嘘をつく必要がある──それは、善なのか。
答えは出なかった。キアンの真実視は嘘を視る力であって、善悪を裁く力ではない。嘘が視えることと、何が正しいかがわかることは、まったく別の能力だった。
アタルが焚き火のそばで呟いた。炎が老人の皺だらけの顔を照らし、影が壁に揺れている。
「善と悪を分けた者が──善の側に嘘が入ることを想定していなかったとは言わぬ。想定した上で、分けたのじゃ」
キアンは目を見開いた。善と悪を分けた者。それは神話の中のアフラ・マズダーのことか。それとも──もっと具体的な誰かのことか。アタルの言い方は、教義を引用する者の言い方ではなかった。知っている者の言い方だった。
「……なんでそんなことを知ってるんだ」
アタルは沈黙した。掌の炎が微かに揺れ、また静まる。老人の瞳に炎の光が映り込んでいるが、その奥にある感情は読み取れなかった。真実視でも──アタルの内面は透明なままだった。嘘もなく、真実もなく、ただ静かな空白があるだけだった。
沈黙が長く続いた。炎が揺れ、影が揺れ、夜の静寂だけが部屋を満たしている。キアンはそれ以上問い詰めなかった。問い詰めたところで、アタルは答えないだろうと直感していた。この老人は、聞かれたことに答えない時がある。答えないこと自体が、ある種の答えなのかもしれなかった。




